幸せの夢

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 彼がここに運ばれてから彼の顔をしっかり見るのは初めてだった。痩せ細った顔だったが、目鼻立ちは悪くなかった。ただ、髭は伸び切り、浮浪者という形容がよく似合う。  彼はどこで生まれ、どんな人生を送って来たのだろうか───。  こうして顔をまじまじと眺めていると、もうすぐ死ぬ人間に対しても多少なりとも興味が沸くものらしい。  どうせこの男も私も死ぬのだからどちらかが死ぬまでの暇つぶしにこの男の一生を想像してみよう───。そんな気分になった矢先だった。 「母様……?」  か細い声だった。しかし、間違いなく私に対する問いかけだった。瀕死であることに加え、モルヒネの副作用によって幻覚が見えているのかもしれない。 「ええ、そうですよ……」  この男の母のふりをしよう。私にとってこの男に母親と勘違いされることは好ましくなかったが、ここで真実を告げるほど残酷にもなれなかった。 「そうですか、母様。今日も学校で勉学に励んできましたよ。算術が特に面白いですね」 「それは良かったですね。あなたの頑張りは私にとっても嬉しいです。今日は疲れたでしょう、ゆっくり休んで良いですよ」 「本当ですか、母様!お厳しい母様からそんなことをいってもらえるなんて。頑張ったかいがあります」 「でも、今日だけですよ。明日から更なる精進を期待します」 「はい!母様の自慢の息子になれるように頑張ります!」 「元気のよいことですね……」
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