休眠期の終わり

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 休み明けが近付くことほど憂鬱なことはない。私の休み期間もあとわずかだ。  今思えば休みが始まる前が一番良かった。 休みに入ったら何をしようか、何を食べようか、いっそのことずっとのんびりだらだらと過ごしてみようか、など考えを巡らしているときが一番楽しかった気がするのだ。  それが今やどうだ。まだ休み期間は残っているというのに頭に浮かぶことは、もう働き始めることばかりだ。 ワーカホリックといえばそれまでだが、でも誰しもがこういった経験があるのではないだろうか。 あれだけ待ち望んでいた休暇だったはずなのに、いざ休暇が始まったらいつしか終わりのことばかり考えてしまい、次第に憂鬱になってしまう。それが休暇明け間近だとしたらなおさらだ。  私は近くに暮らしている仲間に思い切ってこのことを聞いてみようと思った。彼ももうすぐ休暇明けのはずだ。 「なぁ、休暇って本当にむなしいよぁ」 私が藪から棒にそう話しかけると、彼は少し驚いて 「どうしたんだ急に?」 と答えた。私は 「いや、君だってそう思わないか?休暇ってさ、始まる前は何をしようか計画を立てて毎日ワクワクしちゃってさ。あと何日で休みが始まるかなんて指折り数えたりして。でもいざ休暇が始まると案外だらだら過ごしちゃったりして、気付いたら休暇はもう残りわずか。ここまでくるともう休暇が終わって働き出すことばかり頭に浮かんでくる。正直ひどく憂鬱な気分になるんだ。いったい何のための休みだったのかなって」 「なるほどねぇ。休みを何よりも欲していたのに、いざ休みが始まると終わる時のことばかり考えてしまう。そういうことかい?」 「そうなんだ。こんな憂鬱になるならいっそのこと休みなんか無くたっていいんじゃないかとも思うぐらいだよ」 彼は少し考えると 「君のその話を聞いて昔の偉い人の言葉を思い出したよ “誰よりも休暇を必要とするのは、休暇を取ったばかりの人間だ ” ってね。どうやら君もそうらしいね」 彼はそう言うと愉快そうに笑った。私は 「いやしかし実際笑いごとじゃないぜ?君だってそう感じたことあるんじゃないか?」 私がそう言うと彼は笑うのをやめて 「たしかに、休暇が終わるのは誰だって嫌だろう。もっと休みたいと考えるのは至極当然のことだし、なんだったら働くことをやめて一年中のんびりと過ごしたいと考えることだってある。 でもそれって休暇といえるのかな?」 「どういうことだい?休暇は長ければ長いほどいいもんだろう?」 私がそう答えると彼は 「僕はね、働くからこそ休暇が輝くと思ってるんだ。たとえ一年中休みがあったとしても、君は何をする?何をしたって長すぎる時間をいずれ必ず持て余すこととなる。そうなると、だらだらと無為な日々を送るだけになってしまうんじゃないかな」 彼は続けて 「だからこそ毎日懸命に働いて、その上で限られた休暇を満喫する。その方が充実した人生を送っているような気がするんだ。それって人生にも当てはまるんじゃないかな」  私は彼の言葉を聞き、とても感心した。 なるほど、休暇が終わることばかり考えるのではなく、自分の人生にめりはりをつける一つの手段として、働くことと休暇を両立するわけだ。  休暇が終わってしまうことは誰だって嫌なことだろう。しかしそこにばかりにこだわるのではなく、まず日々懸命に働くこと、そして休暇も全力で楽しむ。このめりはりこそが休暇のみならず、限られた人生をも豊かにするのだなと気付かされた。 「そうか・・そうだよな。なんだか分かった気がするよ。すまないな、愚痴っぽいこと言っちゃって」 私がそう照れくさそうに言うと 「なぁに相談相手ぐらい、いつでもなるさ」 と彼は言った。彼のような仲間を持てたことも私の人生において大きな幸運だろう。 「さてと、もう休暇もおしまいの時間だ。そろそろ私は行くよ」 そう言うと彼は 「そうか、気を付けて。僕ももう少ししたら行くよ」 そこで彼とは別れ、私は外に向かう準備を始めた。  外に出てみるといい天気だった。快晴で雲一つない。私は良い気分になり、思い切って外に飛び出した。  すると、ふいに私の周囲に影ができた。おかしいなと思い、顔を上げるとそこには白い羽毛に黄色のクチバシを携えた一羽のサギがじーっとこちらを覗き込んでいた。  サギはあっという間に私をクチバシで挟んでひょいと持ち上げた。その瞬間私は理解した。  まったく、蛙の一生なんてこんなもんか。こんなことならあのままずっと冬眠していれば良かった。
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