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「旦那様、男性化粧品をお勧めするセールスウーマンが旦那様とご面会を願っておりますが、如何いたしましょう?」
河本はセールスウーマンと訊いて興味が湧いておどけた調子で訊き返した。
「若いか?綺麗か?」
すると家政婦は下ネタに反応する女らしい笑みを漏らしながら、はい、それはもう旦那様と答えた。
「それはほんとか?」
「はい、たしかでございます旦那様」
家政婦がもろに羨む口裏を察した河本は、美人に敬意を払うように言った。「よし、では是非ともお目通り願おう。応接室にお通しするんだ」
「はい、かしこまりました旦那様」
家政婦がリビングを出て行くと、河本はいそいそと応接室に向かった。
トントンとノックの音がすると、「入り給え」と河本は言った。
「失礼します」とカナリヤの鳴き声かと思わせる美声で入って来たセールスウーマンを一目見て、その美しさに河本は舌を巻き脱帽した。タイトなレディースサマースーツ姿は凛々しくもありセクシーでもあり香水なのに麻薬のような陶酔させる匂いを漂わせ妖花を一層妖しいものにしている。
セールスウーマンは型通りの挨拶を交わした後、ソファに座り河本と向き合うと、名刺を差し出した。
○○コスメティックコーポレーション営業部販売員岸小百合とある。
「昨今は男性もお肌の手入れをすることが当たり前になりましたが、わたくしどもは殊に殿方と呼ばれるに相応しい方々のお肌を若々しく保つことに日々努めております」
「と言うと僕も一廉の殿方と認められた訳か」
「立派な門構え同様そのご容子も隆としてらっしゃいますから当然でございますわ」
「へへへ、褒めてくれてありがとう。ま、確かに僕は大手企業で要路につく身だが、大方、君は目ぼしい豪邸だけを回って不当に高い美容品を買わせているにも拘らず、その美貌で以てリピーターを勝ち取っているんだろ」
「そのような言い種で仰るなんて心外でございますわ。わたくしどもは真にお客様のお肌を思って仕事に励んでいるのですもの」
「殿方以外に対してもか?」
「また意地悪くお聞きになるのね…河本様ったら」
「ハッハッハ!河本様ったらときやがった。早くもお得意様か」
「馴れ馴れしいでしょうか?」
「いや、君みたいな美人にそうされるのは却って心地いいぐらいだよ」
「では、遠慮なく申しますが、お見受けしたところ河本様は男性にありがちな皮脂量の多いテカリ顔でございますね」
「もっとずけずけ言えば、親父あるあるの脂ぎった顔ってか」
「それでいて男性にありがちな乾燥肌でもありますから髭剃りで肌の皮脂膜や角質まで剃り落として、より乾燥しやすい荒れた肌になってしまうのでございます」
「何とも平然と痛い所を突いて来るね。確かに君の言う通りだ。だから君に任せる気になったよ」と河本は言いつつ被虐性欲を感じているのに違いなかった。「しかし、僕はもう50を優に過ぎている。こんな親父にも効くのがあるのかね?」
「もう遅いと殿方の方々は諦めがちですが、今からでも間に合います」とセールスウーマンは言ってにやりとすると、ビジネスケースから勿体ぶるように品物を取り出した。「これを御使用になればテカリ乾燥肌をばっちりケアできます」
河本は差し出された品物を手に取って能書きにある有効成分の欄を見たが、コラーゲンとヒアルロン酸くらいしか耳にしたことがなく美容のことなんか一度も考えたことがない男だし女たらしだから効き目があるのかないのか、そんなことはどうでもよく、ざっくばらんに言えば小百合と肉体関係を持ちたい、それにはリピーターになってチャンスを自ら作らねば・・・と野望を巡らすのだった。
その後、小百合に使用方法などを簡略に教えてもらった河本は、試しに使わしてもらうよと言って一瓶買い、効果を感じたら幾らでも買うから一週間後の午後4時ごろにまた来てくれと頼んで諾われ、一諾千金に繋がることだしなと言を付け足すと、小百合が曰くありげに微笑んだ。
美人それも飛び切りの美人とは縁がなかった河本にとって思いがけなく飛び込んで来たチャンス到来を予感させる日曜日の昼下がりの出来事であった。実際、彼の猟奇的な性的嗜好を呼び覚ますチャンスが訪れたのである。
小百合を帰すべく態々門まで送った河本は、その様子を庭の手入れをしながら見ていた妻の京子に詰め寄られた。
「いやにご丁寧に送り出したわね。あれは誰なの?」
「見て分からなかったのか、セールスウーマンだよ」
「何の?」
「化粧品だよ」
「化粧品?なら何で私を呼ばなかったの?」
「男性化粧品だからさ」
「男性化粧品?そんなの売りに来たの」
「ああ、何でも今時は男も肌の手入れをするのは珍しくないらしいからねえ」
「だからって、あなた買ったの?」
「買ったさ。テカリ乾燥肌に効くんだってさ」
「ふ~ん、そう。なら私が経過を見てインチキかどうか確かめてあげるわ」
「インチキって言う奴があるか」と言いながらも河本はにやついていた。お前に確かめてもらって仮令、若返ったわねなぞと褒められても嬉しくないが、小百合に確かめてもらって褒められたらさぞ嬉しかろうし、踏み入るきっかけになると目論んだのだ。
小百合が自宅を訪れる予定日を二日後に控えた金曜日、河本は会社で小百合のことばかりにかまけていたので暇さえあれば若い女性社員にセクハラをするといった平生の自分に似ず静かにしていた。だから帰りもいつものように夜の歓楽街に足を運んでも一昔前で言えばハナキンだというのにクラブのねえちゃんと大いに破目を外すかと思いきや、矢張り小百合のことばかりにかまけ、クラブの姉ちゃんも霞んでしまい、グラスを傾けながら一途に小百合を思うといった具合に青年のような純な気持ちになったり小百合との不純な行為を想像したりしていたのだった。
翌土曜日、河本は毎日化粧水を使用した効果を確と実感した。肌が潤い、テカリが無くなり、毛穴までも閉まったと感じたのだ。で、京子に褒められた。
「あなた、ほんとに若返ったわね」
「そうか」
「ほんとよ、すごい効果ね」
そう言われて河本は意外にも嬉しくなった。京子如きに褒められたところでと思う程、京子は容色が衰え贅肉がついていた。無理もない、もう48なのだ。で、息子が既に独立していて夜、家政婦が帰ると、夫婦二人切りになるのに夜の営みは皆無となっていた。京子如きとやる気になるものかと河本は京子に性欲を全く感じなくなっていたのだ。だから偶にソープランドに行って若い子で性欲を満たしていたのだが、今は何としても小百合と・・・と野心に燃えていて、もし彼女と出来るなら幾ら払っても良いとさえ思っていた。
翌日曜日の午後4時5分前に小百合が約束通り河本邸にやって来た。この時刻を河本が選んだのは、この時間帯に京子がエステサロンに通っているからだ。
河本は小百合が来るのを今か今かと鶴首して玄関で待ちわびていたから家政婦を介さず自ら彼女を出迎えた。
「まあ!すっかり若返りましたね!」と劈頭第一に小百合が褒めたが、全身ずぶ濡れになっているので河本は嬉しくなるも不思議そうに言った。
「どうしたんだい?雨も降ってないのにそんなに濡れて!」
「夕立は馬の背を分けるとはよく言ったものですね。こちらの方は降ってなかったようですが、ここに来る前に激しい俄か雨に遭いまして」
「そうか、そりゃあ災難だったな」と河本は言ったが、これ幸いと家政婦を呼んでバスタオルを持って来させ、受け取ると、拭いてやろうと言って真っ先に突き出ている胸の部分を拭こうとした。けれども流石にそれは出来なくて烏の濡れ羽色に輝く緑の黒髪を拭き出した。
「あの、あの、そんなことまでしていただかなくても」と言う割にはされるが儘にする小百合に対し河本は髪から肩、腕、背中、腰と拭いて行き、その際、ウェストのラインを確かめたが、他の部分は遠慮して、後は自分で拭きなさいと言ってバスタオルを小百合に渡した。その時の表情と言い拭いていた時の表情と言いエロ親父そのものだった。
小百合は適当に一通り拭いて行き、顔だけは自分のハンカチで拭いた後、コンパクトを取り出してメイクし直した。
その様子を河本は食い入るように見守った。その時の表情もエロ親父そのものだった。その内、河本は自分にとって好いことを思いついて言った。
「それでは風邪ひくかもしれん。着替えたらどうだ」
「着替えなんてある訳ないじゃありませんか」
「家内の奴を使えばいい。クローゼット部屋を案内しよう」
「えっ」
「脱いだ奴は洗濯乾燥機で乾かしてやろう。乾かす間だけ身に付けてれば良いんだ。あっ、その前に体を拭かなきゃいかんな」と言って河本は家政婦を呼んで新しいバスタオルを持って来させ、クローゼット部屋に小百合を案内し着替えさせるよう指示した。そして自分はランドリールームに向かった。
暫くして家政婦がランドリールームにやって来ると、河本は後は任せろと言って強引に家政婦から衣類を奪い取り家政婦を退けた後、早速ブラジャーとパンツを拝み倒し、二つとも匂いを嗅いだ上、嘗め回した。その姿は浅ましいのを遥かに通り越して変態男それも過度な変態男そのものだった。
河本は衣類全てを乾燥させた後、家政婦を呼んでクローゼット部屋に持って行けと指示し、小百合が着替えたら応接室に来るよう言付けた。
応接室のソファに腰を下ろし向かい合った二人は、異様な空気に包まれた。それは河本が醸し出すスケベ根性丸出しの雰囲気と色目を使う小百合の醸し出す婀娜っぽい雰囲気とが混ざり合って出来上がったものに違いなかった。
実は彼女は化粧品販売員に違いないのだが、自分の美貌を武器にパパ活もしていて金持ちの家を選んで訪問するのもあわよくば自分の誘惑に乗って体を求めて来た殿方から大金をせしめようと企んでいるのだ。だから河本はお得意様にするには打ってつけの絶好の人物だった。従って化粧品を河本に買わした後、彼の要求を呑んで後日、彼とラブホテルに行き、彼を自分の虜にしてそれからも病みつきになった彼からパパ活として何度もリピートを勝ち取ってその度に大金をせしめ、彼を仕事が手につかなくなる程、色気違いにして性的倒錯に陥らせた。お陰で馘首され離婚せざるを得くなった河本は、それでも小百合との関係を断ち切れず破滅の道を突き進んだ。正に河本にとって小百合はファムファタルであった。
全く因果なもので行き着いた先は精神病院だった。そこで河本はこんなことを呻くように将又、譫言のように呟くことがある。嗚呼、小百合ちゃん、小百合様。女王様。会いたいのは山々だけど今こうして距離を置いていても、どんなに離れていても女王様の肉体をまざまざと目に浮かべることができるよん。分けても女王様の美しい手を感じるよん。その手で僕のフランクフルトを月並みだけど触って欲しいよん。握って欲しいよん。しごいて欲しいよん。何なら抓ってみて欲しいよん。もっと言えば殴って欲しいよん。あっそうだよん。女王様の美しい足で蹴り上げて欲しいよん。そして唾棄すべき物として唾を吐きかけて欲しいよん。その時の女王様の表情と言ったら、そうそう、リアルに目に浮かぶよん。嗚呼、懐かしいよん。堪らんよん・・・
これは序の口でもっと卑猥な異常な変態的なことを呟くが、それは割愛させていただく。
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