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―――何よ、それ・・・ッ!
背筋がぞわりとして身の毛がよだつ。 もうこれ以上同じ時間を共有したくなくて、逃げようとした。
「まだ行くなよ! 話は終わっていねぇだろ!」
だが袋小路で行く手を阻まれば、身体能力で劣る真記では逃げられない。 触られてもいないのに蕁麻疹が出てはらわたが煮えくり返りそうになる。
「そこをどいてよ!」
「落ち着けって! いや、酷い目に遭うとか急に言われて焦る気持ちも分かるけど!」
押し退けてでも逃げたいところだが、これ以上晃良に触れれば精神が壊れてしまいそうだった。
「いいからそこをどいて! 私のことは放っておいて!!」
「俺はお前を助けに来たんだよ!」
「は・・・?」
「俺はお前の味方だ」
一瞬何を言い出したのか分からず、時が止まったように思えた。
―――・・・何?
―――この白々しい男は。
―――私の味方だって?
―――この世界で最も憎い男が私の味方?
―――・・・何言ってんの。
呆れを通り越して笑いが込み上げてきそうだった。 だが実際には真記は現在笑うことができない。 笑おうとしてみても悲惨な過去が脳裏に蘇り、感情が冷めていく。
固まっているといつの間にか晃良が顔を覗き込んできていた。
「ずっと疑問だったんだけど、どうしてそんな恰好をしているんだ? 高校の時と全然見た目が違うし、もっと明るい性格じゃなかったっけ?」
「・・・」
「でも可愛い顔とかそのまんまなんだな。 どうしてそんなに暗くなっちゃったのさ?」
「ッ・・・」
白々しい軽口に、できることならこの場で殺してやりたかった。 だが無理だ。
―――銃でも持っていれば勝てるかもしれないけど・・・。
たとえ包丁を持っていても負けそうだった。 真記を安心させるようになのか、晃良は自分のことを話し始めた。
「ちなみに俺は大学を卒業してからホストで働いてんだけど」
―――女の子を騙してお金を稼ぐ仕事って、このクズのような男には似合い過ぎる・・・。
―――恨まれて誰かに刺されればいいのに。
続けて晃良は溜め息交じりで呟いた。
「どうしてもお金が必要でさ」
「私には関係ないでしょ」
「あー・・・」
そう言うとバツが悪そうな顔をする。
「いや、ホストになって金を稼げるようになったからもう真記を騙すことはないって」
「私じゃなければいいって言うの?」
「別にそういうわけじゃない。 まっとうなホストだから客に酷いことなんてしないし」
「そんなの私が信じられるわけないでしょ」
疑いの目を向けていると晃良は溜め息をついた。
「どうしてそんなに俺のことを疑うわけ?」
その言葉にムッときて言い返した。
「元はと言えば貴方のせいじゃない!!」
「・・・」
「私をまんまと嵌めて、騙して! 私は貴方のことを信じていたのに! 大好きだったのに!!」
晃良は視線をそらした。
「あの事件のせいで私の人生はもう滅茶苦茶! もう人と話すことが恐怖でお先真っ暗なの!!」
何かを考えていたようだったが、今度は真剣な表情で見つめてきていた。
「・・・分かったら、もう私の前に二度と現れないで」
そう言ってこの場から去ろうとする。 また捕まえてくるかもしれないと思った。 しかし晃良はもう追いかけてくることはなかった。
―――・・・最悪。
―――晃良と再会するなんて。
泣きながら家へと帰った。 酷いことをされて殺したい程に憎んでいても、彼氏として付き合って笑い合った日々は決して忘れることはできなかったのだ。
―――もし恨みに身を任せることができたなら、どれだけ楽だったんだろう。
自殺未遂をしても死に切れなかったのは、そのような思い出がチラついたせいだったのかもしれない。
―――それでも終わった日々は戻らない。
―――あんなに優しくしてくれていた晃良は全て偽りだった。
―――もう信じられるわけがないよ。
家に帰るとすぐに風呂へ向かった。 晃良と知らない男たちに触られたところをゴシゴシと皮膚が赤くなるくらいに擦って洗った。
―――・・・痛い。
その痛みでも心の痛みは誤魔化せず、涙が止まらなかった。
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