《132》

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「秀吉は今、足下を固めようとしている」 康政が言った。 「直政、秀吉からお前に何か接触はなかったか」 「は、どういうことでしょうか康政殿」 「俺には5日前」 忠勝が言う。 「康政には3日前に書簡が届いた。徳川家を捨てて羽柴へ来いとの誘いだ」 「引き抜き工作ですか」 「姑息な真似をする」 「おそらく、私と忠勝だけではなく、多くの者に秀吉からの誘いが掛かっていると思う。秀吉は自らの陣営強化とこれから信長の後継者争いの相手となりうる陣営の弱体化を狙っているのだ」 「俺のところにはまだありません」 直政は康政に向き、言った。 「もっとも、俺にはまだ華々しい戦歴はありませんから。秀吉は俺の存在自体を認識していないのかもしれません」 「もし、接触してきても毅然としていろ」 正面を見据えて康政が言う。 「秀吉は稀代の人たらしだ。隙を見せたらつけこまれる」  それで会話は止まった。無言で馬を駆らせるのは快かった。忠勝と康政の手綱捌きは無駄がなく、馬が気持ち良さそうに駆けているのが見ていてよくわかった。時々、直政は離されたが、必死に追い、黒い甲冑と白い甲冑に並び続けた。  井伊谷城の傍を通った。一枚板で作られた綺麗な家が並ぶ集落が見える。この辺りは豊かな民が多い。長く、直虎が善政を敷いてきた証である。これからは俺が、直虎殿がやってきた事を繋がなければならない。直政の決意が新たまっていく。  右側に塩見岳が見えてきた。それに並ぶ少し低い山は大無間山だ。直政の気が引き締まる。こちらから見た大無間山の反対側には神宮寺川が流れている。初めて山県昌景に出会った場所だ。
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