《133》

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 衣の感じから察するに、僧なのか。いや、僧にしては武氣が強烈過ぎる。これは、いくつものいくさ場を潜り抜けて初めて纏える武氣だ。この黒衣は何者だ。忠勝は腰を低くして腹に力を込めた。蜻蛉切はいつでも繰り出せるよう、腰だめにしている。 「本多忠勝殿ですか」 黒衣が言った。ひどい、しゃがれ声だった。聞いているだけで苦しくなってくる。 「いかにも」 忠勝は言った。黒衣との間合いは14歩。踵を少し浮かせる。いつでも動きに入れる態勢だ。 「突然、お声かけをしたご無礼、お許しください。遠目に鹿角の兜が見えましたので、ご挨拶をと思いまして」 「おぬしは」 「南光坊天海と申します。以後お見知りおきを」  忠勝は天海と名乗った黒衣の僧の全身を見た。黒衣ゆえの不気味さと隠れきらぬ強烈な武氣以外は特に危険は感じない。忠勝に対する害意のようなものは無いと判断しても良さそうだ。ただ、よく見ると、頭巾の右側、こめかみの辺りが微かに動いている。忠勝は何かを感じた。頭巾で覆っているその向こうにある表情、なぜだか鮮明に思い浮かべることができた。 「どこかでお会いしたか、天海殿」 「いいえ」と天海がかぶりを振る。 「本多忠勝殿と実際にお会いするのはこれが初めてでございます。ただ、名は以前より知っておりました。私が住んでいた、大坂にまでその武名は轟いておりましたぞ」 「大坂におられたのか」 「はい。大徳寺という寺におりました。今は縁あって、ここ浜松の本多正信様のお屋敷で食客として寄宿させて頂いております」  忠勝は顔を歪めた。正信の姿を想像しただけで胸糞が悪くなる。 「お聞き苦しい声で申し訳ありません」 天海が言った。忠勝の顔の歪みを違う意味で受け取ったようだ。 「童の頃、誤って毒草を呑んでしまい、それ以来、声がしわがれたまま戻らぬのです。聞き苦しい事は承知していながら、高名な鹿角の勇将の姿を目の当たりにし、挨拶せずにはいられなかったのです。失礼いたしました」  天海が丁寧に頭を下げ、きびすを返す。 「待て」 忠勝は言った。天海が頭巾の横顔を向ける。 「おぬしが参陣したいくさの話を教えてくれ、天海殿。いつ、どういったいくさ場に居たのだ」  
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