《133》

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 男に会えば小松はまず会話よりも棒での打ち合いを所望する。自分を打ち負かすような男でなければ、夫として認めない。小松の中で決めているらしい。今のところ、小松を打ち負かした男は誰一人として居ない。忠勝の娘という事で皆、遠慮があるのかもしれない。困ったものである。小松が嫁に行く日、来てほしいような、ほしくないような、忠勝は複雑な気持ちだった。  浜松の郊外で黒疾風と合流し、出発した。途中、原野の中に赤備えの姿を見つけた。直政は甲斐か信濃に出かけていて不在である。火薬が匂っていた。破裂音が轟く。藁で編まれた人形が並んでいる。赤備えは騎乗のまま鉄砲を撃ち出す訓練を行なっていた。  直政は槍ではなく、鉄砲を選んだ。山県昌景の時代から磨きに磨いてきた馬上槍を赤備えはあっさりと捨て、直政の方針を素直に受け入れた。馬上銃を扱う姿を見ていたら山県昌景の匂いはどこにもなかった。井伊直政の赤備えだ。  遠くの敵を倒せるし、力が弱い者でもいくさ場で活躍する事ができる。忠勝自身、鉄砲の利便性はよく理解している。 「それでも、俺はやはり槍だな」 忠勝は次々砕ける藁の人形を眺めて独りごちた。傍らの梶原忠が微かに頷く。一生、槍騎馬にこだわっていく。忠勝の中に強い決意があった。それでも鉄砲を否定するような気持ちはない。それぞれが己の信念のもと、力をつけていけば良い。軍の揺るがぬ精強さはその先にあるのだ。  駿河の江尻で淄重隊と合流した。隊長は武田の旧臣だ。その者の案内で軍を進めた。平らに均されていて、馬を往かせ易い路だった。武田の旧臣に聞くと、ここはかつて信玄棒道と呼ばれていた武田家の軍用道路であるらしい。騎馬の通過に特化した路なのだという。美濃、駿河、遠江と棒道は無数に伸びているらしい。だから、武田軍はいつでも電光石火の攻めができたのだ。
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