《133》

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 駿河を越え、甲斐の黒駒という地まで来た。家康が本陣を敷く新府まであと四半刻の距離である。背丈のある草が多く生い茂る場所で忠勝は黒疾風を二手に分け、草の中に埋伏させた。全騎に下馬を命じた。轡を掴んだ黒疾風が草の中に伏せる。 「俺たちは隠れて待機している。淄重隊は止まらずに先行しろ」 それだけ言い置いて、忠勝は丈長の草に紛れた。淄重隊の隊長は怪訝な表情を浮かべていた。忠勝の勘が働いたのだ。北条の部隊が近づいている。それも万の大軍だ。拓けた平野でぶつかれば衆寡の差がもろに出る。まずは奇襲で敵の機先を削ぐ。それが、小を持って衆に向かう時の常道。この先に埋伏地点があるという保証はどこにもない。丈長の草が多いこの地点を見つけた時点で忠勝は考えるよりも先に行動に移ったのだ。  淄重隊の最後尾に明らかな動揺が走る。現れたようだ。忠勝は鐙に足をかけ、馬に飛び乗った。それが合図になる。忠勝が馬腹を蹴った時にはもう、黒疾風全騎、駆け出している。二手の黒疾風。250ずつ。もう一隊の250は都筑秀綱が率いている。淄重隊に追いついた。淄重隊を囲む人溜まり。北条軍なのだろう。予想通り、1万以上居る。  北条軍は淄重隊の隊長を取り囲み、荷駄をこちらに渡せば命まで取りはしない、などと、呑気な威し文句をかましている最中だった。忠勝は挟み込むように、北条軍の左右に黒疾風を突っ込ませた。小さな生き物が巨大な生き物の横腹を食い破るように、黒疾風は北条軍の中を駆けた。蜻蛉切が5、6人ずつの敵を中空に巻き上げていく。
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