《133》

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 戦闘力の低い淄重隊を襲うだけだと、油断していたのか、北条軍は黒疾風の速攻に対応しきれていない。忠勝が最接近してから武器を構えるような、ていたらくぶりである。 「戦いに出てきているのだろう、お前たち」 弱兵を弾き飛ばしながら忠勝は怒声を放つ。 「常に、不測の事態には備えておけ」  反対側から突っ込んでいた都筑秀綱とすれ違う。あっという間に敵の人溜まりの反対側に突き抜けた。そこで、別の軍が北条軍の後方に突っ込んでくるのが見えた。数は2千ほど。黒地四半に金の鳥居を模した旗が揺れている。鳥居元忠の軍だ。忠勝は黒疾風を一つに纏め、敵を討ち払いながら馬を進めた。 「俺の介入はそんなに必要なかったか、忠勝」 忠勝が傍まで行くと鳥居元忠が白い歯を見せて言った。 「いえ、助かりました、鳥居殿」 「何を言うか。ほとんど敵は瓦解しかかっているではないか。いつもながら、鮮やかなものだ」  敵の半数が逃げようとしていた。 「追い討ちをかけます」 忠勝は馬首の方向を変えて言った。鳥居元忠が軽く槍を上げた。忠勝は馬腹を蹴った。黒疾風が周囲を疾駆する。徹底的に北条軍を叩いておく。今後、淄重隊を襲えば、本多忠勝から痛撃を与えられると印象付けておくのだ。  9町ほど追ったところで、忠勝の体に突如として痺れが走った。電流に近い。これ以上進んでは危険。忠勝の体が警鐘を鳴らしたのだ。忠勝は黒疾風に停止の合図を送った。全騎が停止する。左側、若い鳥居小助があからさまな不満顔を忠勝に向けている。逃げる北条軍が遠ざかっていく。黒疾風が停止した場所は丘陵地帯である。忠勝は右側の丘を見上げた。少数だが、尋常ならざる武氣を発散させた一隊がこちらを見下ろしている。丘の上の一隊、白地に黒文字で『風』と大書された旗が見えた。
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