《133》

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「逆落としに備えろ」 忠勝が音声を放つと、都筑秀綱を中心に、黒疾風が動く。小助が嬉々とした動きで秀綱の横についた。槍を構えた騎兵が丘の麓に沿って並んだ。 「風、ですか」 中根忠実が忠勝の隣に進み出てきて、丘を見上げて呟いた。 「北条軍にあのような旗の隊が居たかな」 「何せよ、警戒は解くな」 丘の上、はためく『風』の旗を睨み、忠勝は言った。 「おそらく、百を少し越える程度の数だが、先ほどの万の軍より、遥かに手強いぞ。正面からのぶつかり合いになれば、こちらも半分は失う覚悟をしなければならない」  『風』の一隊は前衛に徒を配し、その両側に騎馬が30ほどついている。丘と丘の間を抜ける風の音が不気味に鳴り響いた。忠勝の背中に汗が浮いている。快なり。忠勝は内心で呟いた。強者との対峙。この緊張感は何度味わっても良い。いつまでも、こうして強い敵と向き合っていたくなる。考えて、自嘲する。いくさ人の悪癖だ。丘の上、敵が反対側に駆け降りていった。  忠勝は横顔を見つめてくる梶原忠の視線を感じた。追いますか、忠は無言でそう訊いている。 「淄重隊の所に戻るぞ」 忠勝は言って駆け出した。黒疾風全騎が忠勝に続く。都筑秀綱がしんがりで敵の追撃を警戒しながらついてくる。 敵の気配はもう、どこにもなかった。  再び淄重隊と合流した忠勝は先行し、駆けた。淄重隊のしんがりには鳥居元忠隊がつく。遮ってくるものはもう何もなかった。淄重の荷車には3ヶ月分の兵糧が満載されている。
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