《133》

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 甲斐新府に入った。城下町が近くなると忠勝は先触れを出した。軍が城へ向かうことを住民に伝える為だ。それで馬に跳ねられるなどのいらぬ事故は塞げる。城下町の手前で忠勝は馬脚を落とした。新府の城下は焼けた家が多い。半年前、徳川織田の追撃をかわさんと、武田勝頼が火を放ったのだ。それでも大分復興は進んでいるように思えた。武田滅亡直後は見るも無残な焦土だったのだ。  七里岩が見えてきた。岩を切り取り、平らにした部分に真新しい漆喰の城塀が見えている。新府城だ。この城にも勝頼は火が放ったが、大分改修が進み、一応城の態は取り戻している。それでも規模は小さく、この城では長く籠城できないだろう。今後のいくさは城外でどれだけ忠勝が敵を引き回せるかにかかる。兵站線の守備が最も重要になるのだ。  釜無川の前に一つ、人影が見えた。忠勝は慌てて馬から飛び降りた。深く頭を下げて黒疾風を出迎えたのは、家康だった。 「戦時でございますぞ」 忠勝は家康の傍まで早足で進み、言った。 「お一人で、こんな場所に出てきてはなりません」 「百万の援軍が来てくれたのだ」 頭を下げたまま、家康が言った。 「非礼はできぬよ、忠勝」 「御館様」 「五ヶ国領有となれば、大大名だ」 言って家康が顔をあげた。その表情にはぎらついたものが浮かび上がっていた。 「それで織田とも戦っていけるようになると思う。もう少しだ。あと少し踏ん張れば、お前たちの苦労も報われる」 「御館様の前に立ちはだかる障壁は一つ残らず打ち壊します。それが俺の役目です」  家康が頷き、また拝礼の姿勢になった。 「やめてください、御館様。頭を上げてください」  家康は決して頭を上げなかった。忠勝は苦笑し、家康を見た。荷車の車輪を鳴らし、淄重隊が追いついてきた。
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