《134》

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 陽が西に傾いていた。空が赤らみかけている 。北条の本陣、若神子城の南東に造られた須玉砦に風磨小太郎以下120名は入った。風磨小太郎は全軍の総大将である北条氏政にこの砦の守備を任されている。土累の上に立ち、小太郎は部下に水を持ってくるように命じた。全身が熱くなっている。凄い男と対峙した。昼間、黒駒で出くわした鹿角の騎馬武者を思い浮かべた。向き合うだけで総毛立つことなどそうそうない。部下が運んできた柄杓の水を小太郎は一息に呑み干した。それでも身に生じた熱は一向に冷めなかった。いくさ場にはあんな男が居るのだ。やはり、いくさ人になって良かった。つくづくそう思う。  小太郎は10年前まで忍をやっていた。相模で一番大きな忍の一族、風魔党の棟梁だったのだ。伝統のある風魔党の忍として生まれ、将来は棟梁たる者になる事が当たり前の事として、幼少期を過ごしてきた。そんな中、小太郎は密かなる想いを抱いていた。いくさ人としていくさ場に生きてみたかったのだ。そう思うようになったきっかけは18の時、小田原城の合戦で上杉謙信を見た事だった。まさに武神だった。謙信は僅かな供回りだけを連れて北条軍に奇襲をかけ、ちょっとした遠乗りから戻るような気軽さで自陣に帰っていったのだ。あの時、小太郎の体の内で稲妻が走った。これこそが男の姿だ、と。小太郎の中にある、いくさ人への憧憬が止まらなくなった瞬間だった。  とはいえ、風魔に生まれた者に忍以外の生き方など、赦されるわけがない。小太郎はいくさ人への想いを心の奥底に無理矢理押し込め、日々を過ごした。小太郎が22の時、小太郎の父が死んだ。それで小太郎は風魔党の棟梁になった。
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