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やさしく手を差し伸べられて
数日後、朝イチで顔を合わせたとたん、竹若くんが心配そうな表情になる。わざわざ席を立ち、こちらの椅子を引いて私が座るのを促した。
「ありがとう」
お礼を言うと、彼はふたたび着席して小声をかけてくる。
「無理しないで。しんどかったら、体調不良で早退すればいいんだから」
やっぱりごまかせなかったか。
病気ではなく、生理が始まったのだ。一日目と二日目が重いため、鎮痛剤を飲んできた。だが、仕事できないというほどではない。
以前、彼は「生理がきたことも分かる」と話した。ステータスが分かりやすく変動するのだろう。生理痛や倦怠感のほかにも、変化が起こっているのかもしれない。
恋人ではない異性に知られるのは恥ずかしいけれど、気遣いの言葉は嬉しかった。
「今日はほどほどに働くね」
「重い物を運ぶとか、動き回るときとか、振ってくれて構わないよ」
それは申し訳ないと思ったが、がんばりすぎたら相手をハラハラさせるだろう。
「うん。ただ、座りっぱなしもよくないし、すこしは大丈夫だから」
彼が微笑してうなずいた。
生理のときに同僚が思いやってくれる、というのは不思議な感じだ。
彼氏がいたころ、必要があればそれを知らせた。でも相手はどう対応すればいいのか分からなかったらしい。
疲れることはしたくない、寒い場所に行きたくない。と、こちらから言わなければならなかった。
私は、鎮痛剤を飲めばいつもどおりに過ごせる。
生理が重い子だと、出勤するだけでクタクタになるらしい。なんとか働いても、つらくて早退したりする。有休と同じぐらい、生理休暇が取りやすければいいのだけれど。
年配の男性は、保健体育の授業が男女べつで、習う機会すらなかったという。そのせいか、この話題にうろたえる。
職場の環境変化が、今日明日というのは難しいかもしれない。
ただ私は、状況を汲み取ってくれる存在がある。それだけで、ずいぶん心強かった。
鎮痛剤の必要がなくなった三日目。
ステータスにも反映したようで、竹若くんがホッとする。
私が事務所に書類提出をして戻る途中、別部署に出向いたらしい彼と廊下で鉢合わせした。
連絡事項を伝えながら歩いていると、私はなにもないところでつまづいてしまった。竹若くんがこちらの腕をつかんで、転ぶのを防いだ。
「ありがとう。うっかりしてた」
苦笑でごまかそうとしたが、相手は真面目な顔で提案した。
「すこし休もう」
「えっ?」
近くに休憩所があったので、そこの椅子に座らされる。「なにか飲む?」と尋ねられて、それは断った。
私は相手に尋ねる。
「もしかしてステータスが落ちてる?」
「体力の戻りがいまひとつだね。気力の状態はいいから、感じにくいのかもしれない」
指摘されて納得する。
片方が良好なら他方をカバーするのか。バランスが取れるのはいいことだけれど、自覚なく無理する可能性もある。
竹若くんが気付かなければ、私は普通に仕事をこなしただろう。
「風邪でも、症状が治まった直後は『病み上がり』だもんね。私が無頓着で、竹若くんのほうが把握してるのもおかしな話」
笑ってみせたものの、彼は真剣な面持ちのままだ。
「きっと、がんばり屋なんだと思う。微妙な体調の変化って気付きづらいし、感じ取っても、あまり公言しないよね。そのことを責めるつもりはないけど、芝辻さんはもっと自分を労わってほしい」
私が驚いていると、相手は続けた。
「すくなくとも俺には見えてるから、フォローしたい。無理させたくないんだ」
「ありがとう。じゃあ、竹若くんの調子が悪いときは教えてくれる?」
今度は竹若くんがビックリして、のちに表情を和らげた。
「そのときはお願いするよ。俺は、ほかの女性の力になれない。でも芝辻さんには助け船を出せる。だから頼ってくれると嬉しい」
彼は不意に申し訳なさそうな顔になった。
「これまで変調を目にしていたのに、手助けできなかった。ステータスが見えることを早く言えばよかった。今後は、気兼ねなくあてにしてほしい」
竹若くんが包み込むような笑みを向けてくれた。
私は胸が詰まって返事もできなかった。思いがけず視界が潤んで、頬を雫が伝う。
それを見て彼があわてた。
「俺、もしかして嫌なこと言った?」
「違うの。竹若くんの言葉が嬉しくて」
私は涙を拭った。
「このぐらいの状態だったら休むほどじゃない。でも『ちょっとしんどい』って思うときもある。なのに、弱音を吐くことができなくて。分かってる人がいると、すごく救われる」
そして、彼に向かって笑いかけた。
「ずっと心配してたんだね。ありがとう。いざというときは竹若くんに甘える」
「病気や怪我で誰かが休んだら周りがカバーする、それと同じだよ」
私の場合、頼れるのは竹若くんだけなので、厳密には同じではない。けれど、感じ取ってくれる人がいるのは大きい。
無理をしたとき、竹若くんにはごまかせない。不調をアピールできない私にとって、どれほどの助けになるか。
ステータスが見えるなんて、初めは、とんでもない事態だとパニックになった。でも、こんな恩恵があるなんて。
私のことを心配する人がいる。ありがたい、と素直に思った。
前向きな気持ちがステータスに反映されたらしく、竹若くんは穏やかに目を細めた。
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