遮るものがない場所で

1/1
前へ
/20ページ
次へ

遮るものがない場所で

 生理は予定どおりに終わった。  言わなくても竹若くんには伝わったらしく、労わる眼差しを向けてくる。彼のフォローへの感謝を込めて、私は小さく会釈した。 「ご心配おかけしました」  すると相手がクスッと笑った。 「お安い御用です」  彼にお礼をしたいと思ったけれど、「そんな必要はないよ」と断られそうだ。考え込んでいると、竹若くんが安堵した口調で言った。 「やっと力になれたかな」 「先月までのこと、気にしてる?」 「体調が分かる相手は芝辻さんだけだから、いろいろ取り返そうとしてるのかも」 「いろいろ?」  彼はやや間を置いてから、教えてくれた。 「元カノがいたころ、大変さをちゃんと理解してなくて、いつもどおりに出かけてた。いま考えれば無理させたんだろうな。会うことがあったら謝りたいよ」 「べつに、それで別れたんじゃないんでしょ?」 「うん。ただ、歩み寄る余地があったなぁって」  こういう問題は恋人でも難しいのかもしれない。知る機会がなければ、男性は分からないままだ。  けれど、かつての竹若くんがうまくできなかったとしても。 「次の人を大事にしてあげられるよ」 「そうだね。今度こそは」  私は励ますように笑いかけたものの、心の中でモヤモヤした。  竹若くんに恋人ができたら、あたたかな心遣いはそちらに向けられる。そんな未来が一日でも先であればいい。  一週間は何事もなく過ぎた。  私のバイオリズムが安定している時期である。竹若くんからも、とくになにか指摘されることはなかった。  私は、この期間をとても長く感じた。  ふたたび波が高まるときを待ち望む。平穏が一番だと分かっていても、ただの同僚という距離がもどかしい。  時期が来れば、私たちは踏み込んだ関わりを持つ。その到来に焦がれる。彼が私を意識してくれる瞬間を。  八日目に顔を合わせたとき、竹若くんは気まずそうに赤面した。私が期待していたぶん、数値の上昇はより大きかったかもしれない。  奇妙な関係が始まったころは、いつまで続くのだろう、と絶望した。  いまは真逆だ。どちらかが異動になったり恋人ができたりすれば、関わりは断たれる。それは、明日いきなりやってくるかもしれない。  だとしたら、今日は私を見てほしい。  とくに打ち合わせなかったが、その日はお互い残業をした。社内の人が少なくなったころ、私は仕事を終えて席を立った。  竹若くんと「お先です」「お疲れさまです」のやり取りをして、課を出る。廊下を進むと、追いかけてくる足音が聞こえた。振り返れば、彼の姿があった。  相手が先を行き、私は追う。いつもの男子トイレが見えたとき、そこへ入っていく二人組がいた。  竹若くんは足を止め、近くの壁にもたれてスマホを見た。私も彼に倣い、ネットニュースを眺めた。内容はまったく頭に入ってこない。  やがて二人が出てきた。雑談しながら通り過ぎていく。  竹若くんはスマホを持つ手を下ろしたものの、なにか考え込んでいる。そして静かな声で尋ねてきた。 「芝辻さんは電車通勤だっけ」 「え? うん」 「俺は車なんだ」  彼はためらったあと、辺りをはばかる様子で提案した。 「……そこでしない?」  私は即答できなかったが、恥ずかしさを抑えてうなずいた。  私を助手席に乗せ、竹若くんは街中から郊外へ車を走らせた。  丘や田んぼが広がって、家が少ない地域に入っていく。さらにわき道へ逸れ、街灯から遠い場所で停車した。  人通りはない。ただ、窓から外が見えるため、二人きりでも落ち着かない。竹若くんがいったん降りて、トランクから膝掛けを手に戻ってきた。  私はそれを受け取って、自分の身体に掛ける。席に座りなおした彼が、前を向いたまま確認した。 「車内灯は消しても問題ない?」 「う、うん」  外から分かりづらいほうがいい。それに、車だと互いを遮る物がないのだ。この期に及んで羞恥を覚える。  竹若くんが付け加えた。 「ヘッドライトはつけておく。車が停まってることは分かってもらわないとね。車内が暗いから大丈夫だよ」  ドキドキが高まって思考がうまく回らない。  予定外のシチュエーションで混乱しているけれど、身体の芯には火が灯る。解消するまで帰れない。  竹若くんがスイッチをオフにし、車中が暗くなった。わずかな月明かりで、相手はうっすら分かる。  チラッとこちらを窺った彼と目が合い、私はあわてて視線を逸らした。  やや戸惑ったような声が聞こえる。 「緊張するね」 「どこでしても、きっと……」 「やめたかったら、それでもいいよ」  私は振り向いて、相手のぼんやりした輪郭を見つめた。 「いま、ステータスってどう映ってるの?」 「ほとんど分からない。芝辻さんがしっかり見えないとダメみたいだ」  ということは、この状態なら嘘をついてもバレないわけだ。  もし私が嫌がったら、彼はその気持ちを汲んでくれる。 「竹若くんは……できそう?」 「たぶん。芝辻さんは?」 「分からない。……やってみないと」  しばしの沈黙のあと、静かな声が促してきた。 「試そうか」  私は膝掛けの下に手を入れる。スカートをまくり上げて、ショーツの上から秘部に触れた。火照っている。  恥ずかしくて、つい、と視線を左へ背けた。  運転席から衣擦れの音が聞こえ、ベルトを外す気配がする。  彼はどちらを向いているのだろう。私が膝掛けをかぶっているから、こちらの行為は見えない。でもその気になれば、肩が跳ねたり身体が震えたりするところは、目に入るのだ。  一定の距離はあるが、こんなにさらけ出している。  竹若くんが熱い吐息をつく。 「芝辻さん、触ってる?」 「下着の……上から」 「こんなの嫌じゃない?」 「だ、大丈夫」  やっぱり自分たちはとんでもないことをしている。  でもやめたくない。一緒に気持ちよくなりたい。  運転席から「んっ」とかすかな喘ぎが漏れる。聴覚を刺激されて、相手のみだらな姿を想像してしまう。  私はショーツの中に手を潜り込ませ、秘部へ触れた。予想どおりにとけている。ゆるやかにいじるだけでビクッと身体が反応した。  思わず「んんっ」と声を上げる。  竹若くんが色っぽい吐息まじりに聞く。 「してる?」 「……クラクラする」 「俺たちしかいないんだから、素直によくなろう」  指で花芯をつつき上げる。電流のような快感が走る。 「あんっ、やだ、聞かないで」 「もっと感じて。俺も、ううっ」 「興奮してるの?」 「うん。芝辻さんは濡れてる?」 「こ、答えられないっ」 「じゃあ想像するよ。いやらしくなってるとこ」 「恥ずかしい」 「ああ、刺激的すぎる。もうヤバイ」  ハァハァと荒い息遣いが聞こえる。私の身体も高まっていく。 「やあっ、痺れる。こんなの死んじゃいそう」 「いいよ、いって。おかしくなろう」  体内で燃えさかる炎を、彼が煽る。  後戻りできない。身体が限界を訴えた。 「ああっ、いっちゃう……っ!」  喘いで昇りつめる。上半身を反らせ、ビクビク痙攣を繰り返す。  竹若くんも鋭くうめいて達した。  乱れた呼吸が車内を満たす。私は余韻に浸ってぼんやりした。  窓の外に広がる、なんの変哲もない草むら。いかがわしい行為とギャップがありすぎて、ガラス一枚へだてたそこは異世界のようだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

165人が本棚に入れています
本棚に追加