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遮るものがない場所で
生理は予定どおりに終わった。
言わなくても竹若くんには伝わったらしく、労わる眼差しを向けてくる。彼のフォローへの感謝を込めて、私は小さく会釈した。
「ご心配おかけしました」
すると相手がクスッと笑った。
「お安い御用です」
彼にお礼をしたいと思ったけれど、「そんな必要はないよ」と断られそうだ。考え込んでいると、竹若くんが安堵した口調で言った。
「やっと力になれたかな」
「先月までのこと、気にしてる?」
「体調が分かる相手は芝辻さんだけだから、いろいろ取り返そうとしてるのかも」
「いろいろ?」
彼はやや間を置いてから、教えてくれた。
「元カノがいたころ、大変さをちゃんと理解してなくて、いつもどおりに出かけてた。いま考えれば無理させたんだろうな。会うことがあったら謝りたいよ」
「べつに、それで別れたんじゃないんでしょ?」
「うん。ただ、歩み寄る余地があったなぁって」
こういう問題は恋人でも難しいのかもしれない。知る機会がなければ、男性は分からないままだ。
けれど、かつての竹若くんがうまくできなかったとしても。
「次の人を大事にしてあげられるよ」
「そうだね。今度こそは」
私は励ますように笑いかけたものの、心の中でモヤモヤした。
竹若くんに恋人ができたら、あたたかな心遣いはそちらに向けられる。そんな未来が一日でも先であればいい。
一週間は何事もなく過ぎた。
私のバイオリズムが安定している時期である。竹若くんからも、とくになにか指摘されることはなかった。
私は、この期間をとても長く感じた。
ふたたび波が高まるときを待ち望む。平穏が一番だと分かっていても、ただの同僚という距離がもどかしい。
時期が来れば、私たちは踏み込んだ関わりを持つ。その到来に焦がれる。彼が私を意識してくれる瞬間を。
八日目に顔を合わせたとき、竹若くんは気まずそうに赤面した。私が期待していたぶん、数値の上昇はより大きかったかもしれない。
奇妙な関係が始まったころは、いつまで続くのだろう、と絶望した。
いまは真逆だ。どちらかが異動になったり恋人ができたりすれば、関わりは断たれる。それは、明日いきなりやってくるかもしれない。
だとしたら、今日は私を見てほしい。
とくに打ち合わせなかったが、その日はお互い残業をした。社内の人が少なくなったころ、私は仕事を終えて席を立った。
竹若くんと「お先です」「お疲れさまです」のやり取りをして、課を出る。廊下を進むと、追いかけてくる足音が聞こえた。振り返れば、彼の姿があった。
相手が先を行き、私は追う。いつもの男子トイレが見えたとき、そこへ入っていく二人組がいた。
竹若くんは足を止め、近くの壁にもたれてスマホを見た。私も彼に倣い、ネットニュースを眺めた。内容はまったく頭に入ってこない。
やがて二人が出てきた。雑談しながら通り過ぎていく。
竹若くんはスマホを持つ手を下ろしたものの、なにか考え込んでいる。そして静かな声で尋ねてきた。
「芝辻さんは電車通勤だっけ」
「え? うん」
「俺は車なんだ」
彼はためらったあと、辺りをはばかる様子で提案した。
「……そこでしない?」
私は即答できなかったが、恥ずかしさを抑えてうなずいた。
私を助手席に乗せ、竹若くんは街中から郊外へ車を走らせた。
丘や田んぼが広がって、家が少ない地域に入っていく。さらにわき道へ逸れ、街灯から遠い場所で停車した。
人通りはない。ただ、窓から外が見えるため、二人きりでも落ち着かない。竹若くんがいったん降りて、トランクから膝掛けを手に戻ってきた。
私はそれを受け取って、自分の身体に掛ける。席に座りなおした彼が、前を向いたまま確認した。
「車内灯は消しても問題ない?」
「う、うん」
外から分かりづらいほうがいい。それに、車だと互いを遮る物がないのだ。この期に及んで羞恥を覚える。
竹若くんが付け加えた。
「ヘッドライトはつけておく。車が停まってることは分かってもらわないとね。車内が暗いから大丈夫だよ」
ドキドキが高まって思考がうまく回らない。
予定外のシチュエーションで混乱しているけれど、身体の芯には火が灯る。解消するまで帰れない。
竹若くんがスイッチをオフにし、車中が暗くなった。わずかな月明かりで、相手はうっすら分かる。
チラッとこちらを窺った彼と目が合い、私はあわてて視線を逸らした。
やや戸惑ったような声が聞こえる。
「緊張するね」
「どこでしても、きっと……」
「やめたかったら、それでもいいよ」
私は振り向いて、相手のぼんやりした輪郭を見つめた。
「いま、ステータスってどう映ってるの?」
「ほとんど分からない。芝辻さんがしっかり見えないとダメみたいだ」
ということは、この状態なら嘘をついてもバレないわけだ。
もし私が嫌がったら、彼はその気持ちを汲んでくれる。
「竹若くんは……できそう?」
「たぶん。芝辻さんは?」
「分からない。……やってみないと」
しばしの沈黙のあと、静かな声が促してきた。
「試そうか」
私は膝掛けの下に手を入れる。スカートをまくり上げて、ショーツの上から秘部に触れた。火照っている。
恥ずかしくて、つい、と視線を左へ背けた。
運転席から衣擦れの音が聞こえ、ベルトを外す気配がする。
彼はどちらを向いているのだろう。私が膝掛けをかぶっているから、こちらの行為は見えない。でもその気になれば、肩が跳ねたり身体が震えたりするところは、目に入るのだ。
一定の距離はあるが、こんなにさらけ出している。
竹若くんが熱い吐息をつく。
「芝辻さん、触ってる?」
「下着の……上から」
「こんなの嫌じゃない?」
「だ、大丈夫」
やっぱり自分たちはとんでもないことをしている。
でもやめたくない。一緒に気持ちよくなりたい。
運転席から「んっ」とかすかな喘ぎが漏れる。聴覚を刺激されて、相手のみだらな姿を想像してしまう。
私はショーツの中に手を潜り込ませ、秘部へ触れた。予想どおりにとけている。ゆるやかにいじるだけでビクッと身体が反応した。
思わず「んんっ」と声を上げる。
竹若くんが色っぽい吐息まじりに聞く。
「してる?」
「……クラクラする」
「俺たちしかいないんだから、素直によくなろう」
指で花芯をつつき上げる。電流のような快感が走る。
「あんっ、やだ、聞かないで」
「もっと感じて。俺も、ううっ」
「興奮してるの?」
「うん。芝辻さんは濡れてる?」
「こ、答えられないっ」
「じゃあ想像するよ。いやらしくなってるとこ」
「恥ずかしい」
「ああ、刺激的すぎる。もうヤバイ」
ハァハァと荒い息遣いが聞こえる。私の身体も高まっていく。
「やあっ、痺れる。こんなの死んじゃいそう」
「いいよ、いって。おかしくなろう」
体内で燃えさかる炎を、彼が煽る。
後戻りできない。身体が限界を訴えた。
「ああっ、いっちゃう……っ!」
喘いで昇りつめる。上半身を反らせ、ビクビク痙攣を繰り返す。
竹若くんも鋭くうめいて達した。
乱れた呼吸が車内を満たす。私は余韻に浸ってぼんやりした。
窓の外に広がる、なんの変哲もない草むら。いかがわしい行為とギャップがありすぎて、ガラス一枚へだてたそこは異世界のようだ。
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