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ついに保てなくなって
車の中で『同時に一人エッチ』をしたあと、竹若くんが家まで送ってくれた。住所を聞かれて私は答えたものの、それ以外の会話はない。
気恥ずかしさもあったが、この空間にいるうちは非日常がつづく気がした。身体に余韻が残っている。
家の近くに着いても、降りることに抵抗を感じた。
竹若くんが不思議そうにしたため、送ってもらったお礼を言って外に出る。彼はこちらに向かって和やかな笑みを浮かべ、車で去った。
私は帰宅してまっすぐベッドへ行き、助手席でしたのと同じ行為に溺れた。竹若くん、とつぶやきながら自らを慰める。熱くなった身体が「もっと」とねだる。
快楽に溺れたあと、罪悪感は湧かなかった。
翌日、竹若くんが私を見て戸惑った。
きっと数値が乱れているのだろう。
私は、彼の姿を目にするだけでスイッチが入る。いまから仕事をするのだと分かっていても、相手の存在に胸を高鳴らせてしまう。
意識を逸らせよう、という努力も放棄した。
心も身体もコントロールできない。ああ、いっそ嫌われてしまいたい。
お互い、表面上はいつも通りに仕事をこなす。だが竹若くんは、ほかの人には分からない程度に動揺していた。
午後三時ごろ、私はほかの課への用事を作って席を立つ。
戻りの途中、書類をギュッと抱きしめて泣きたい気持ちをこらえた。彼に迷惑ばかりかけている……。そんな自分で嫌で仕方ない。
席に帰ると、竹若くんが小声で尋ねてきた。
「なにかあった?」
彼にすべてをぶちまけてしまいたい。
私はぎこちない笑みを向けた。
「気にしないで」
どうせステータスが狂うなら、メチャクチャになってしまえ。身動きが取れなくなるぐらいに。
心配そうな視線を無視して、私はパソコンに向き直った。
仕事は定時に終わった。
ホッとして机の上を片付けていると、隣から「芝辻さん」と呼ばれた。
やや強い口調だったので、私はこわごわ視線を向ける。竹若くんがどこか怒ったような顔をしていた。
「このあと俺に付き合ってほしいんだけど」
「わ、私、ちょっと用事が……」
「いろいろフォローしたよね? 俺、夕食を奢ってもらうぐらいの権利はあると思うんだ」
返事に詰まる。お礼をしたいと考えていたけれど、相手から要求してくるとは意外だった。
「そうだね。食べたい物ある? 駅の近くなら、たいていの店は揃ってるかな」
すると竹若くんが表情を正した。
「フレンチレストランがいい。ああいうところって一人じゃおかしいし、『お金は払うから食べてきて』とか言わないよね?」
私は即答できなかったものの、これは断れない、と感じた。
おずおずとうなずくと、彼は安心したように微笑した。
車の助手席に座れば、どうしても昨日の行為を思い出してしまう。私はごまかすように言った。
「どこかのコンビニに寄ってほしいの」
「ATM? その必要はないよ。レストランには行かない」
「えっ?」
困惑しているあいだに車が発進した。
竹若くんが進行方向を見ながら話す。
「今日、なんかゴチャゴチャ考えてたよね。細かいことは分からないけど、放っておけない。俺のせい?」
私は答えられない。数値は「イエス」と示しているだろうか?
「竹若くんには関係ない。そっとしておいてほしいときだってあるよ」
「嘘だ。芝辻さんはこの状況を嫌がってない」
「ずるい、見えることを利用して……。それでも一人になりたいの! いますぐ降ろして」
すると、相手の横顔が申し訳なさそうに目を細めた。
「俺は君を一人にしたくない。っていうか、手を離したくないんだ」
私たちは手をつないでいるわけではない。けれどその言葉にドキッとした。見えない結びつきが存在する?
口で拒むのはたやすい。ただ、本心かどうかはすぐ見破られる。
でもそんな状況でなかったとしても、なんらかのつながりがあるなら断ちたくない。
私は遠くに去ってしまいたい。
と願うほど、あなたのそばにいたい。
私の状態がおかしいから、竹若くんは目が離せないんだ。それでも、隣にいてくれるのは嬉しい。
手を離したくないのは私。一緒にいられるなら、どんなことだってためらわない。
「竹若くん。私、今日も……したい」
口にしてから、恥ずかしくてクラクラする。
軽蔑されても仕方ない。どのみち、とっくに踏み外している。
竹若くんは黙り込んだあと、チラッとこちらを見て、視線を前に戻した。なにかをこらえるような表情でつぶやく。
「俺もそのことばかり考えてた」
車が進路変更して、昨夜と同じ方向へ進んでいく。
お互い、車に乗っているだけだが、すでに行為は始まったようなものだ。身体が熱くなる。
私は左側を流れる景色を眺め、かすかな息をついた。
目的地にやってくると、竹若くんはヘッドライトに照らされた道を見たまま、抑えた声で促した。
「膝掛けは後部座席にあるよ」
私はシートベルトを外し、腕を伸ばしてそれを取った。ふたたび座席に戻り、身体に掛ける。
相手が一向に車内灯を消さないので、不思議に思って声をかけた。
「竹若くん?」
彼はおもむろに視線を向けた。
自らもシートベルトを外し、こちらに上半身を傾けてくる。縮まる距離に、私は思わず身体を引いた。
竹若くんが熱っぽい瞳で見つめ、膝掛けの中に右手を潜り込ませて、スカートの下の太ももを撫でる。
私は硬直し、すぐに相手の肩を押し返した。
「なにするの」
彼の身体はびくともしない。私もこれ以上は下がれない。
竹若くんがいつもより低い声で告げた。
「こうしたら、芝辻さんの心が拒絶するかどうか」
私がハッとして相手を見上げると、彼はニコッと笑った。
「動揺してるけど、嫌じゃないみたいだ」
「み……見ないで」
愛撫してくる手を止めようと試みるけれど、まったく阻めない。私はいやいやと首を左右に振った。
竹若くんが語りかけてくる。
「触ってほしかった?」
私は顔を逸らした。
表情を隠しても、きっと数値に表れている。
「こんなことしたら……ダメ、お願い」
「俺の手で気持ちよくなって」
抵抗しようと動いたのがあだとなって、彼の手がするりと潜り込み、ショーツ越しに秘部へ触れた。それから優しく撫でる。
「火照ってるね……」
私はかぶりを振ったが、ムダなあがきでしかない。
拒もうとする両手に力が入らなくなった。ゆるやかな快楽を送られて、「あっ」と甘い声が漏れる。
「俺にされて感じる姿が見たくなった」
「はぁっ、こんなこと……」
「本気で嫌なら分かるから」
「性欲が高まって、流されてるだけかもしれないのに」
「うん。俺は弱みに付け込んでる」
竹若くんが熱情のこもった眼差しを注いでくる。
「遮る壁がなくて、二人きりで、自制するとかもう無理」
「竹若くん……」
身も心も痺れてどうしようもない。
触れてほしいと願っていた。それが叶って、抗うことができるだろうか?
彼の指がショーツの中へ入りこむ。じかに触れられる瞬間、つい口走る。
「ダメぇ……っ」
ぬかるんだ場所を、確かめるように撫でられる。
「や、いじらないで」
「もっとおかしくなって」
言うやいなや、彼は濡れた指で花芯を責めた。
私は相手の服をつかんで天井を仰いだ。
「ふあ、やぁあん!」
「このまま、いくところ見せて」
身体の高まりに合わせて、さらなる快感が送られてくる。最後の扉が開いたと思ったとたん、私は達した。
余韻に打ち震えたあと、目の前にある広い肩に頬寄せた。
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