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底なしに溺れてしまい
行為のあと、すこしウトウトしたらしく、目が覚めたのは夜中の一時だった。隣で、竹若くんが静かな寝息を立てている。
このままでいたいけれど、明日、というか今日も仕事だ。
昨日と同じ服で出勤するわけにはいかないし、ここに留まると朝方あわただしい。タクシーを呼ぼう、とベッドから出て服を着た。
こちらの気配で起きたらしく、竹若くんの声がした。
「帰るの?」
私は振り向いて、眠そうな相手に答えた。
「仕事もあるし」
「送るよ」
「いいよ。タクシーを使うから」
「俺が送りたいんだけど、迷惑?」
まっすぐ見つめられてドキッとした。
ごまかすようにつぶやく。
「往復するのは大変だと思って……」
「連れてきたのは俺だし。帰すところまでちゃんとしたい」
私だってそのほうが嬉しい。申し訳ないと感じつつも、甘えることにした。
相手がベッドから出て、紺のジーンズと白のポロシャツを着る。私は乱れた髪を整え直す。二人で家をあとにして、車に乗り込んだ。
会話らしい会話はなかった。なにをどう話せばいいのか、皆目、見当がつかない。隣を窺うと、竹若くんは真面目な顔で運転をしていた。
家の近くに着いたので、私はシートベルトを外す。
「ありがとう。気をつけて帰ってね」
「また明日……あ、もう今日か」
ちょっと笑い合ってから、私は降りてマンションに入った。すこしあとに車が遠ざかる。
部屋に戻ってベッドに腰かけ、ぼんやりする。
とうとう肌を重ねてしまった。キスや抱擁や、ひとつになった余韻が身体に残る。思わず赤くなった。
また抱いてほしい。竹若くんはどう考えているのだろう。
私の想いは彼の負担になる? ならない?
ひと眠りしてから、いつもどおりに出勤する。
隣の席の背中を目にすると、たちまち動揺した。何度も『いけない行為』に臨んだけれど、ここまで逃げたい気持ちになったのは初めてだ。
しかし回れ右するわけにもいかない。観念して、こわごわ歩み寄った。
気づいた竹若くんが振り返る。目が合って、私は顔を引きつらせてしまう。彼も一瞬だけ固まったあと、かすかに赤くなった。
ぎこちなく「おはようございます」の挨拶を交わす。
落ち着かない心境で午前の仕事をこなした。はたしてミスなくできているのか、自信が持てない。チェックを入念に行う。
もうすぐ昼だというとき、係長から書類を手渡された竹若くんが、私あての物を回してきた。そして周囲をちょっと気にし、小声で尋ねてきた。
「仕事のあと、用事ある?」
「ううん」
「夕食に誘っていい?」
私は顔が火照るのを感じた。仕事中だから手短にしないと、とコクッとうなずく。
すると竹若くんは安堵の笑みを浮かべた。
待ち合わせ場所で車の助手席に乗り込むと、彼が謝ってきた。
「昨日はごめん。食事が頭から抜けてた」
「私も忘れてた。そのぶん、朝食をしっかり取ったし」
「よかった。なにか食べたい物ある?」
私はすこし考えてから、ふと思い出した。
「そういえば、フレンチレストランに行きたいんだよね?」
「あれはただの口実だから。なんでもよかったんだ」
そして、竹若くんが唐突にハンドルに突っ伏す。
「今日も……ごめん、大半が下心」
私は思わずドキドキする。彼が言い出さなければ、自分から誘っていたかもしれない。
「私も。考えてることが一緒でよかった」
竹若くんが顔を向けて目元を和らげた。
「俺は見えるけど、『なにについて』とか『誰に対して』とかは推しはかるしかないんだ。だから見当違いのことを言ったら、訂正してほしい」
「うん、分かった」
私は恥ずかしい気持ちを抑えつつ、確認する。
「……数値、上昇してる?」
「まぁ……それなりに。でもいま落ちたら、俺ショックだし」
苦笑する彼に対し、私は顔を両手で覆った。
「こういうことがお見通しって、やっぱり慣れない……」
「俺に対してならいいんじゃない?」
「じゃあ、竹若くんの数値はどれくらい?」
「えっ? えぇと」
彼が気まずそうに目を逸らし、ボソッと答えた。
「夕食をすっ飛ばして、連れて帰りたいぐらい」
聞いたくせに、私は赤面した。
その日は定食屋に入って食事を済ませた。お互い、気もそぞろだったけれど。
一緒にベッドに倒れ込んで、抱き合いながらキスをする。一度目はただ唇を重ね、二度目は舌を絡めて。
服越しにあちこちをまさぐられる。彼の手がスルスルッとこちらの上半身を裸にする。じかに触れ、舐め、吸う。
私は鋭く反応して、あられもない声を上げる。
竹若くんが私の手を取って、ズボンの前面を触らせた。すっかり大きくなっている。頭がクラクラする。
ショーツに潜り込んだ彼の指が、ぬかるみを確かめたあと中に侵入した。
「絡みついてくるよ」
「やっ、言わないで」
「本当に嫌?」
指が大きく出入りする。そのたびに、いやらしい音が立つ。私は喘ぐばかりだ。
それだけでもたまらないのに、竹若くんは指を二本に増やして、中をかき回す。絶え間なく快楽が弾け、私は限界を感じた。
「ダメ、いっちゃう……っ!」
容赦ない責めに抗えず、頂へ駆け上がった。
私が脱力していると、相手はこちらのショーツをはぎ取り、秘部に顔を埋めて舐めだした。
私は「や、やだ!」と取り乱す。
でも竹若くんは聞き流し、巧みな舌遣いで、こちらの思考を奪っていく。私は口で拒みながら、身体は従順に受け入れる。
数値を確かめるまでもなく、本音は丸見えだろう。
叫ぶように甘い声を上げ、すすり泣くように許しを請い、自分でも訳が分からない。そうやって押し上げられ、果てまで到達した。
準備を施した竹若くんが覆いかぶさってくる。私の足を開き、ゆとりのない表情をしつつも尋ねた。
「欲しい?」
「……分かってるくせに」
「それでも、言って」
私はためらったが、身体はもう耐えられない。つまらない意地を手放した。
「奥まで来てほしい……」
竹若くんは参ったように苦笑し、私の中を満たした。
「ああ、ヤバイ」
「お願い、キスして」
彼が抱きしめながら口づけをくれた。
舌を絡ませ、ひとつになった場所を擦らせる。私は「んうっ」とうめいた。
相手の責めは性急だ。けれど身体がとろけているから、甘美な悦びだけがある。私は彼にしがみついて、すべてを委ねた。
私がベッドから出ようとすると、竹若くんがこちらの腕をつかむ。不満そうな彼に戸惑いつつ、言った。
「いまなら終電に間に合うから……」
「俺が送っていく」
グイッと引っ張られて、すっぽり抱きしめられる。
嬉しいけれど、つい理性的なことを口にしてしまう。
「また睡眠が足りなくなっちゃうよ」
「そうだね。あ、だったら朝に芝辻さんを送って、そこから車で出勤すれば時間短縮になる。うん、いいアイディアだ」
竹若くんがこちらの反応を窺う。
「帰宅が明日だと困る?」
「……そんなことはないけど」
彼はよかったと笑い、こちらの頬にキスをした。
それから私の身体を愛撫していき、敏感な箇所をいじる。たまらず喘ぐ私を見て、相手は嬉しそうに言った。
「嫌じゃないみたいだね?」
私はムダと知りつつ、ちょっと彼を睨んだ。竹若くんは一瞬だけ申し訳ない顔をしたものの、行為をゆるめることはなかった。
私は四つん這いにさせられ、後方からの挿入を受けた。相手がリズミカルに奥を突く。
されるがままになっていると、彼が不意に動きを止めた。
「こっち見て」
顔を向けたら、竹若くんが覆いかぶさってキスをした。互いの唇を押しつけ合い、舌を絡ませる。
ふさがった口の奥で、私はねだる声を漏らす。
竹若くんが熱い吐息まじりにつぶやいた。
「かわいすぎ」
ベッドに突っ伏した私の腰をつかんで、激しく責め立てる。
「やぁあっ、もうダメ……!」
「いって。俺も――」
怖いぐらいの快感に見舞われて、半泣きで昇りつめる。
私はビクビクッと痙攣し、相手がうめくのを聞いた。
折り重なった状態で、二人の乱れた呼吸が繰り返される。竹若くんがこちらの肩や背中にキスをし、私は身悶えした。
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