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まっすぐな、きみのせいで
屋上で待っていると、竹若くんが現れた。
呼び出されたからやむなく来た、という表情だ。私の前に立つが、クルッと背中を向ける。
「竹若くん……?」
「ただの同僚に、ステータスを見られるのは嫌だと思って」
すぐそこにいるのに、越えられない壁が存在する。
本当は「ステータスじゃなく、私の言葉を聞いて」とお願いするつもりだった。でも、それだと前と同じでは?
「あなたに見えることも、私という人間の一部だよ。強制はしないけど、できれば全部を見届けてほしい」
すると、竹若くんが気遣う面持ちで振り返った。
そして探るような口調で尋ねてくる。
「話って?」
聞いてほしいことはたくさんある。どういう順番で口にすればいいのか、整理できないほど。
でも、ひとつだけ決まっている。
改めて彼と相対し、私はハッキリ告げた。
「私は竹若くんが好きです」
相手が驚いて目を見開き、返事もできない様子だ。
私は言葉にできて、心のつかえが取れた。
胸の奥に咲いた花を、ようやく慈しんだ。それだけで、この想いは生まれてきた意味がある。
竹若くんが納得いかない表情でつぶやいた。
「芝辻さんは片野坂のことが……」
「こんなこと言うと、課長に怒られるけど。私は片野坂くんといるとき、いつもあなたのことを考えてた」
「えっ?」
「フォロー役を仰せつかって、その仕事に就いた。でも本心では、『これがなければ竹若くんと一緒に過ごしてた』って不満タラタラだったの」
「……そうなんだ」
彼は相槌を打ったが、腑に落ちない様子だ。
私の言うとおりなら、感情のベクトルが怒りや哀しみに向かうはず、と考えているのかもしれない。
私は説明を重ねた。
「だから、あなたと二人きりになる未来を想像した。片野坂くんはすぐ独り立ちするから、この状況はせいぜい三日。落ち着いたらちゃんと気持ちを伝えよう、って」
竹若くんが戸惑いつつも耳を傾ける。
そこで私は苦笑した。
「なのに怪我するし、体調不良だし……。かなり気が滅入った」
「……いろいろ重なりすぎたね」
「竹若くんと、会社で接するだけなのが淋しかった。でもあなたの気持ちを確かめていないのに、甘えていいのか分からなくて。それに、答えを求めなければ、曖昧な関係でいられる。抜け出す勇気が持てなかった」
「芝辻さん……」
「二人の時間が取れなくなったとたん、いつ終わってしまうのか怖くて。細いつながりでしかない、って思い知らされたの」
私はふう、とひとつ息をついた。
「ステータスの数値が落ちた原因が、そのせいかは分からない。でも私に思い当たるのは、これぐらい。証明のしようがないけれど、だからってぜんぶ呑み込んだら、きっと後悔すると思った」
竹若くんは呆然としたのち、小さい声で尋ねた。
「いまも怖い?」
私は自分の目が潤むのを感じ、感情をこらえてうなずいた。
「それでも、竹若くんとのことはうやむやにしたくない」
涙がこぼれて頬を伝う。
「気持ちをぶつけて、あなたを困らせたくない。けれど、想いがあふれて限界だった。ずっとステータス頼みだったから、ちゃんと自分の言葉で伝えたかったの……!」
視界が歪んで、相手がどんな表情をしているのか分からない。
私はなにもかも吐き出してしまえ、と叫んだ。
「好きです! 竹若くんのことが大好きです! 私の心の中にいるのはあなただけ。こんなに嬉しくなるのも、こんなに哀しくなるのも、あなただから! 信じてくれなくてもいい、私にとってはこれが正解なの!」
頭がメチャクチャで、きちんと表現できているのか客観視できない。スマートな告白なんて無理だ。
でも、自分なりの精一杯。
竹若くんのことだから、こんな女性を前にしたら突き放せないだろう。いまは優しくしないでほしい。
私は涙を拭った。
相手が迷惑そうな顔をしていても、腹を立てていても、それをきちんと目にしなければ。意を決して彼に視線を向ける。
けれど表情を確認することはできなかった。
その前に、相手が私を抱きしめた。
「た、竹若くん?」
「……ごめん」
謝罪の意味をはかりかねていると、竹若くんが深々とため息をついた。
「俺も芝辻さんが好きだ」
私は思わず耳を疑った。
「う、嘘! ありえない!!」
彼の腕がゆるんで、不満そうな視線を向けてくる。
「なんで信じてくれないの?」
「だって、さんざん振り回して……エッチなことも強要して」
「強要したのはこっちだけど」
「竹若くんはやむなく――」
「ハッキリ言うけど、どんな事情があったって、お付き合いでは勃たないよ」
ストレートすぎる言葉に私は絶句した。
相手が苦笑いを浮かべる。
「話したよね。芝辻さんで妄想する、って」
「それは、健全な男性としては当然の反応的な……」
「性的な目的だけなら、解消したあと一緒にいる必要ないよね?」
「あまり割り切った態度を取ったらかわいそう、とか……」
「ドライな関係であれば、プライベートに干渉しないことが優しさだと思うけど」
たしかに。
反論に困っていると、彼がふっと笑った。
「俺もいつから、とはハッキリ言えない。でもいま、芝辻さんを誰にも渡したくない。俺の隣で笑っててほしいんだ」
「……ほんとに?」
「君に好きな人ができたら、身を引くつもりだった。けど無理だった。片野坂に敵わないと分かってても、諦められない」
「私の中で、片野坂くんは竹若くんにぜんぜん敵わないよ?」
すると彼は赤面した。
「どうやら、そうみたい」
「分かる?」
竹若くんはなぜか悔しそうな顔をして、私をガバッとかき抱いた。
「芝辻さんはずるいよ! これでもか、ってアピールして。俺はステータスで語れないぶん、言葉にしないといけないのに」
「うん。ただ、見えたって全部わかるわけじゃないよ」
「……ごめん」
「だから、見えなくても理解することはできると思う。あなたをもっと知りたい」
竹若くんはしばし黙り込んだあと、弱々しい声で白状した。
「ここのところ、ステータスは見えたり見えなかったりしてるんだ」
「えっ、そうなの?」
「切れかかった電灯みたいに。そうなって気付いた。一緒にいられるのは特殊な状況下だからだ。それを取っ払ったら、俺にアドバンテージはなくなる。だから……どうしても真実を告げられなかった」
いつか見えなくなるかも、という仮定はしたけれど、本当にそうなるとは思わなかった。まだ心の準備が整っていない。
私はこわごわ確認した。
「いまは見えてるよね……?」
「うん。でも遠くないうちに消えそうだ。芝辻さん、正直に答えてほしい。俺に見られるのが嫌になった?」
そう尋ねつつ、彼がきつく抱きしめる。
私は懸命にかぶりを振った。
「竹若くんには、むしろさらけ出したい」
「よかった。これまでのようにはいかないだろうけど、努力するよ。そばにいてほしい」
「私もがんばる。あなたとなら大丈夫、って思える」
「これからの道を二人で探っていこう」
私は嬉しくて仕方なくて、相手にギュっッとしがみついた。そんな気持ちを、彼が受け止めてくれる。
竹若くんがホッとした口調で言った。
「まだまだ知らないことも多い。そのへん教えてくれる?」
「もちろん。大事なこともたわいないことも、たくさんお喋りしたい。ケンカする日があっても、また仲直りして、笑い合いたい」
竹若くんの身体が一瞬だけ震え、大きな手がこちらの頭を撫でた。
「ずっと一緒に」
私はコクッとうなずいた。
触れるキスを交わしたあと、彼が熱い眼差しで囁く。
「好きだ」
私はにっこり笑いかけた。
「大好き」
すると竹若くんは真っ赤になり、こちらの肩に顔を埋めて、はぁああっと息を吐き出した。
「そんなに全身全霊で『大好き』って言われたら、死ねる!」
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