一難去ってまた一難で

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一難去ってまた一難で

 帰宅してからも、竹若くんのことばかり考えてしまう。  どうにかして、ステータスが見えなくなる方法はないだろうか? 彼だってずっと対策を立てることができなかった。私からすればお手上げだ。  やっぱり異動するとか、いっそ仕事を辞めるとか。べつの意味で困難きわまりないけれど、確実な解決策ではある。  ただ、どちらも今日明日というわけにはいかない。その方法を取るにしろ、今回は影響を及ぼしてしまう。  部屋着の自分の身体をチラッと見た。  一人エッチ……する?  それからブンブンと首を左右に振る。無理、無理、無理!!  正直に言えば、その行為が嫌というわけではない。けれど、同僚のためにいやらしい行為に臨むなんて。  かといって、彼のせいではない。むしろ被害者だ。私だって悪くないけれど、無視を決め込んでいいのだろうか。  竹若くんの「一年半ぐらい」という言葉を思い出す。それは長いなぁ……。  昨日の残業にしても、いきさつからすれば、私に仕事を割り振る権利があった。なのに自分の責任だ、って。  竹若くんは私を見るとき、申し訳なさそうな顔をする。もし彼のステータスが表示されたら、私と接するたび落ち込んでいるに違いない。  こちらから見えないからって、気付かないフリをするの? してもらってばっかり。力になれないどころか、足を引っ張る。  思わずつぶやいた。 「最低……」  もう迷惑をかけちゃいけない。  こんな理由で一人エッチをするなんて、恥ずかしくてたまらない。でも竹若くんの苦痛がすこしでも和らぐなら。  大したことじゃない。誰かとセックスしろと強制されたわけではないのだし。  ドキドキが止まらない。身体が熱くなる。  正直、抵抗がある。でも、彼の気遣いを踏みにじりたくない。できれば、好きな物を差し入れたり仕事のフォローをしたり、そんなふうに役に立ちたかったけれど。  これは私にしかできない。  意を決してベッドに腰かける。性愛描写のあるマンガや小説を用意しようかと考えたが、分かった。そんなものはいらない。  横向きでベッドに寝転がる。服の上から胸に触れる。待ちわびていたみたいに快感が走る。ふくらみを揉むだけで息が乱れる。  ほんとだ、エッチな気分になってる……。  頂きをいじったら、ビクッと跳ねて喘いでしまった。  竹若くんに頼まれた、と考えると、恥ずかしすぎて泣きたい。だが身体には火がついた。わけもなく「ごめんなさい」と謝りつつ、秘部を撫でた。  そこは火照っている。指を動かせば、心地よい波が全身を襲う。ただただ気持ちよくなりたい。  ショーツの中に手を潜り込ませ、直接に触れた。  ヌルヌルだ。見られているわけでもないのに、いたたまれなくなる。「触らないで」という気持ちと「こんな私を暴いて」という気持ちがせめぎ合った。  仰向きになって花芯を撫でた。なにも考えられなくなる。  そのまま自分を追いつめ、思考が真っ白になるに任せた。  舞い上がった意識がゆるやかに降りてくる。落ち着いたところで、私は息を吐いた。  身体に火がついた感じで、あっという間に昇りつめた。やはり竹若くんの指摘は事実だ。  ベッドから出てシャワーを浴びる。それでスッキリした。  翌日も、出勤すると竹若くんのほうが先に席についていた。おそるおそる声をかける。 「おはようございます……」  すると彼は振り向いて、緊張の表情で「おはようございます」と答えたが、次の瞬間には顔のこわばりをといた。  その反応に私は凍りつく。 「わ、分かっちゃった……?」  竹若くんは困ったような面持ちでうなずいた。 「ありがとう」  私はかぁああっと顔が火照るのを感じた。  今すぐ逃げたい。しかし、あと十分ほどで始業時間だ。ぎこちなく椅子に座ってから、机に突っ伏した。 「し、芝辻さん?」  私は相手にしか聞こえない声で、訴えずにはいられなかった。 「昨日なにしたかバレバレなんて死ねる!」 「ご、ごめん……。絶対、誰にも言わないから」  いや、あなたに知られるだけで心が折れます。  こんな思いをするならやめておけばよかった。私は半泣きの心境で恨み言を口にした。 「お願いだから、想像しないでね……」 「え……あ、うん」  歯切れの悪い返事に、私はガバッと顔を上げた。 「いまの間はなに!?」 「いや、もちろんしません、金輪際!」  竹若くんの顔が赤くなっているのを、私は見逃さなかった。  想像したんだ! しちゃったんだ!! 「最低~~~!」 「ごめん! いまは、課長が飲み会で披露したどじょうすくいを、脳内で再生してるから!」 「その映像で上書きしなきゃいけない時点で終わってる~!!」 「ほんと申し訳ない! 食べたい物あったら奢るし、有名菓子店に使い走りでもなんでもします!」  このままだと土下座するんじゃないかってぐらい、彼は頭を下げた。そのとき、近くの先輩が怪訝な目を向けてきた。 「なにケンカしてんだ? 竹若がやらかしたのか?」  反射的に、私たちは声を揃えて答えた。 「なんでもありませんっ!」 「ならいいけど」  先輩がパソコンに視線を向けたので、私はホッと胸を撫で下ろした。  竹若くんが小声で言う。 「お詫びするよ」 「えっ、いいよ。っていうか、私も取り乱してごめんなさい。竹若くんだって、どうせならアイドルみたいにかわいい子だとよかったね」  すると彼はものすごく驚いた顔をした。  次いで心配そうな表情になる。 「そんな……落ち込まないで。どう考えたって芝辻さんのほうが嫌な思いをしてるんだから」  そしてふっと柔らかく笑った。 「ありがとう。俺を嫌いにならないでくれて」 「ごめんね、一人で悩ませちゃって」 「ううん。君が状況を把握してると助かる。俺が嫌なことを口走ったら、怒ってほしい」 「そんなことを言うとは思えないけど」 「いやいや、屋上ではドン引きしたよね」 「ああ……あのときは、あまりに突拍子なくて」 「俺、完全にテンパってた。失礼しました」  なんだかおかしくなって、二人して笑った。  ステータスが見える相手がほかの男性なら、こんなふうになれなかった気がする。信用できる人でよかった。  これで竹若くんの足を引っ張らずに済みそうだ。 「もう気が散ることはないよね?」 「うん、今日のところは」 「……え?」  私が彼を凝視すると、相手は参った表情をした。 「『そういう時期』だから、また数値が上がると思う」 「一回じゃダメなの?」  竹若くんは答えない代わりに顔を赤らめた。  今日の『一人エッチしたことが筒抜け』だけで充分なダメージを受けたのに、また同じ行為をしろと? 「無理。次こそほんとに死ねる」  竹若くんはあわてて慰めの言葉をかけてくれたけれど。  魂の抜けた私には全部、右から左だった。
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