誰かの祈りが届く頃

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「ここにある、戦争に使った船とかもさ。もうほどんど、現存してないって書いてあるし……この駆逐艦もそうなんでしょ。日本の海上自衛隊にもそういう船はあるらしいって知ってるけど、旧日本海軍の使ってた駆逐艦とか空母とかとは別物なんだろうし。……悪い事に使ってた船とか武器とか、こうして宝物みたいに展示するのも意味わかんないっていうか……」  少し言い過ぎたかもしれない、と思ったのは。少年の表情が、どんどん暗く翳っていくのを感じたからだ。よくよく考えてみれば、こんな海軍のコスプレをしているような人間が、駆逐艦や戦艦といったものを好んでいないはずがない。熱烈なファンが、自分が推しているものを悪しざまに言われていい気分はしないだろう。私は貶めたわけではないが、それでも“無意味”と切り捨てたようなものだからきっと同じことだ。 「ご、ごめん。言い過ぎた……」  素直に謝ると、いやいい、と少年は首を振った。 「正直に答えてくれて感謝する。……そうよな。今年はれい、わ……だったか。その三年だ。西暦も2021年……もう戦争が終わって七十年以上が過ぎるか。人々の記憶が風化し、反戦の意識が浸透するのも当然と言えば当然であり、それはけして悪いことではなかろう。既に、当時のことを覚えている者も殆どいないとあれば」 「うん、まあ……ひいおばあちゃんも、当時まだ子供だったって言ってた」 「そうよな。語り継ぐ者も減ってきておる。ただ……だからこそ、貴様のような若い者に知って欲しいこともあるのだ。戦争は悪いこと。人がたくさん死ぬ。それは間違いではない。でも……当時、悪だと思って戦争を始めた者など誰もいなかったのだ。世界恐慌の中、植民地もなく、世界から締め出されたこの国は力で生き残る術を勝ち取るしかないと思い込んだ。強さがなければ、何も守ることはできないとそう信じるしかなかったのだ。……誰もがただ、愛する者を守りたくて戦争を始めた、それだけだったのだよ」  少年は、どこか遠くを見るような眼をした。そして、慈しむように駆逐艦の模型が入ったガラスケースを撫でる。 「この駆逐艦もな。戦って、何かを守る為に生まれたものよ。詭弁だと思いたければそれでいい。誰もが、本土に残る家族を守りたくて、その剣となり盾となるべく兵士になり、そして船に乗り込んだのだ。……この駆逐艦なんぞは、まさに“駆逐”の名に相応しい、八面六臂の活躍をしたのだ。あのミッドウェー海戦に参戦し、ガダルカナル島の闘いにも参戦し、共に暁の水平線に勝利を刻んだ仲間を涙ながらに介錯してもなお……」  私は彼の言葉を聴きながら、もう一度模型に目を向けた。細長い灰色、何やらレーダーみたいなものや主砲のようなものが乗っかったトゲトゲした形状――乗り物というものにさして興味がない私には、その程度の印象でしかない。他の戦艦やら駆逐艦やらとの区別もつきそうになかった。
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