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「……ごめん」
退屈で、意味がないこと。そう思っていた自分が、急に恥ずかしくなった。
確かに今の日本は、法律で守られている。だが、そのルールがいつまでも当たり前のように守って貰える保障はどこにもない。本当に未来を守りたいなら、日本が戦争に巻き込まれないための努力を、他の国が戦争を始めないようにする努力を全力で続けなければ意味がないのだろう。そして、その方法を探すためには。過去の戦争の記録や経験が、大いに役立つはずなのである。
否、役立てなければならないのだ、きっと。
そうすることで、未来で“過ち”とされた戦争で死んだ者達の魂も――少しは報われる時が来ると信じて。
「退屈とか、意味ないとか。そんなこと、ないんだね。酷いこと言って、ごめん。私、馬鹿だから……作文頑張って書くくらいしか、できることないけど」
「今はそれでいい、娘よ。人が、他人の苦しみや想いの全てを知ることなぞ不可能だ。それでも、知ろうと努力し、少しでも想いを寄せることができる。……そういった積み重ねが、いつかどこかの誰かの祈りを、未来の世界に届けるのだ」
「誰かの、祈り?」
「そう、今の者達も、昔の者達も願うことは同じだろう」
ああああ!と出口付近にいた少年達が悲鳴に近い声を上げた。なんだなんだ、と再び窓を見た私は目を見開く。
まったく気づいていなかった。いつの間にか、外は土砂降りの雨が降っている。雲の切れ間からは青空が覗いているというのに、完全なお天気雨だ。
「そう、同じだろう。平和を祈る、心は」
その声に、もう一度私が振り返った時にはもう――あの、奇妙な軍服の少年はいなくなってきた。たった今の今まで、確かにそこにいたというのに。
自分は、白昼夢でも見ていたのか、それとも。
「あらあら、夕立が来ちゃったわね。まあ、この手の雨はすぐ上がるわよ、ちょっと中で待ってましょ」
担任の先生が言うのを聴いて、私は思わずもう一度パネルを見た。さっきまでずっと見つめていた、灰色の駆逐艦の模型。そう、あの船の名前は、確か。
――そうだね。
彼が本当に“そう”だったのかは、既に確認する術もない。彼は最後まで、己の名前を名乗らなかったのだから。
でも、伝えたかった想いは知っている。
――人の心に降る雨は。私達自身の手で、晴れに変えて行かなきゃね。
降り注ぐ金色の雨の向こう。うっすらとかかる虹を見て、私は一人拳を握ったのだ。
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