俺はお人好し

1/2
前へ
/9ページ
次へ

俺はお人好し

「はあー。今日も疲れた。俺もほとほとお人好しだな。みんなが嫌がるバイトリーダーをもう2年近くやってるし」 風呂につかりながら、ため息と愚痴を吐いているのは溜口勤(ためぐちつとむ)。大学3回生 「バイト同士で喧嘩とか、アホかってんだ。まったく」 勤は今日の出来事を思い出す。 勤がバイトをしているホームセンターのバックヤードで、大学生のバイト2人がいきなり喧嘩を始めたのだ。 バックヤードに置かれていた商品は散乱し、損害額は約10万円。 勤は主任に呼ばれた。 「溜口。お前はバイトリーダーだよな」  「はい、主任」 「バイトの管理責任者はお前だよな」 「えっと……」 いや、それは主任だろ。俺は名前だけのリーダーで、何の権限もないんだぞ。と思う勤。 「返事は『はい』でいいんだよ!」 ガン! 机を蹴る主任。 こいつ、アホなのか? いつも思っているけど。 「はい」 バイトリーダーでは正社員の主任には逆らえない。 「喧嘩をしたバイト、バッくれた」 「え?」 「損害の10万円の回収、店長に俺がやれと言われたが、バッくれる奴らだ。どうせ払わないだろ。親に連絡とか警察に相談とか面倒だ。バイトの責任者はお前だからな。バッくれたバイトを探して回収するなり、無理なら自腹で会社に払っとけ」 「は?」 「今月中だからな。いいな」 「あの」 「返事は『はい』だろ!」 ドン   腕を殴られた。 こいつ…… 「はい」 「お前はバッくれるなよ。まあ、お前にはそんな度胸はねえか」 主任は部屋を出ていった。 そんな事を思い出す勤。 バイトの不祥事はすべてバイトリーダーに回ってくる。それまでも何回も責任を取らされた。さすがに10万円を自腹で払えは初めてだが。気の弱いお人好しが損をする。それが世の中の仕組みらしい。 はあ、面倒だ。しかし、10万円なんか自腹で払えるならスーパーでバイトなんかしねえよな。 仕方ない、バッくれたバイトを探して交渉するしかないよな。親や警察に言うと言えば、さすがに払うだろ。 翌日、勤はバッくれたバイトの住所に行った。 アパートの二階だった。 トントン 「田中くん、バイトリーダーの溜口だけど」 返事はない。 ドンドン 「田中くん、いないのか?」 ガチャ 「何だよ! うるせえな!」 「あ、いたんだ。あのさ、昨日の喧嘩の損害。1人5万円だから」 「知るかよ! 加藤が悪いんだからよ! あいつに払わせろよ!」 「一応さ、5万円払ってよ。加藤くんが全部払ったら返すから」  「うるせえな!」 ガツン!   「がはっ!」 ガン! 勤は田中くんに殴られ、倒れて頭を強打した。 ・・・・・ 「おい、兄ちゃん、こんな所で寝てたら身ぐるみ盗られるぞ。たいした物は持ってなさそうだけどよ」 「ん? あ? えっと……」 「田舎から出てきて金も無くなって、ここで寝てたんだろ。たまにいるんだよ」 「え?」 「俺はこのギルドで古株だからよ、案内してやる。兄ちゃん、運がいいぜ」 「はあ」 確か俺は田中くんに殴られて……。夢を見てるんだな。うん。しかし、やけにリアルな夢だ。 「ほら、起きろ」 「あ、はい」 ガタイのいいおっさんに手を引かれて起こされた。 プロレスラーなのか? 「ここはある意味、いいギルドだぞ」 「え?」 案内されて建物の中に入る勤。 カラン 「おはようございます。なんだ、マクロンのおっさんかー」 「ネマル。おっさんかーは無いだろ。田舎から出てきた新人候補を連れてきた。ビール券な」 「またー? そうやって適当な人を連れてきてビール券をゲットって。ちゃんと働けばいいのに」 「工事現場で働いてるぞ?」 「ビールくらい、自分の金で飲めって事」 「ただで飲むから上手いんだよ。トイレ借りるぞ」 「はいはい。で、そこのお兄さん」 「俺?」 「そう。職業は?」 「職業?」 「それを聞かないと受付できないから。関係ない職業だと受け付ける意味がないからね」 「あの、 ここは役所みたいな所?」 「まあ、お役所の代行って感じかな」 「そうですか。職業と言っていいのか……」 「どんな職業でも馬鹿にしないから」 「えっと……ホームセンターでバイトリーダーだけど」 「名前はホームセンターさん。職業はバイトリーダー……えええ!!」 何だよ、俺の名前はホームセンターじゃないし。何をビックリしてんだ? 「バ、バ、バ、バ」 「バイトリーダーですけど、何か?」 「ふ、ふう、ふう。落ち着け私。あのね、お兄さん」 「はい」 「バイトリーダーは、世界に30人……50人だったかな?」 「え?」 「とにかく、世界最強レベルの職業なのよ。嘘はダメー! 完璧にアウト!」 「あの、もしかして俺を馬鹿にしてます?」 「ふん。馬鹿にしてるのはお兄さんよね」 「いや、馬鹿になんて」 「じゃあ、この石板に手をつけて」 「え?」 「本当に田舎者なのね。石板を知らないなんて。この石板をさわると職業が分かるのよ」 「へえー」 まあ、これは夢の中だし。そんな設定なんだな。 「はい、さわる前に1万円」 「え?」 「料金よ。国のメインサーバーにアクセスするから」 「なるほど。しかし、お金は持ってません」 夢の中だし、今日は何も持たずに家を出たもんな。 「なら、私が立て替えます」 「ありがとうございます」 「しかし! 噓だったら虚偽申告で逮捕されるからね。私は通報者として報償金が2万円もらえるのだ!」 夢の中とはいえ、俺はトラブル巻き込まれ体質かよ。と思った勤だった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加