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第一章
高校二年生になったばかりの涼子は焦っていた。
駅から学校までは徒歩七分。澄み渡る空。洒落た店が並んでいる。表通りを左折すると住宅街が見えてくる。
(ああ、やだな。朝は苦手なんだよなぁ……)
ポプラの木漏れ日を弾き飛ばすような勢いで走り抜けていたのだが、途中で右折した。駄目だ。今日は正門は通れない。
ポニーテールの毛先と制服のチェック柄のスカートの裾を揺らしなら、ハァハァと息を弾ませて考える。今度、遅刻したら、夏休みに校庭の清掃作業に参加しなくてはならなくなってしまう。
取り締まる先生や委員達に見付からないように裏庭を囲む塀を乗り越えようとする。
(いよっ!)
まずは、スクールバックを塀の向こう側に投げ込んだ。ちなみに、先月も、ここを飛び越えている。
勢いをつけると、そのまま両手でレンガの塀にしがみつく。肩よりも高いので乗り越えるのが大変だ。懸命によじ登ろうともがくが、右足の爪先が滑りヒヤッとなり焦ってしまう。
(こんな無様な恰好を誰にも見られたくないな……)
背後は、どこかのお金持ちの豪邸。今のところ通行人もいない。しかし、その時、軽快な足音が聞えてきた。
振り返る前に、フアッと甘い香りを感じた。逆光のせいで顔は見えないが、黒いリュックを背負った男子生徒がいる。彼は、助走の勢いを巧みに生かして両手で壁の縁を掴んでいる。
そのまま、彼はリズム良く垂直に上がっているものだから、涼子は吸い込まれるようにして仰ぎ見る。
塀の天辺から、こちらを見下ろす男子生徒と目が合った。その瞬間、スローモーションの世界に踏み込んだような気持ちになり、ドクンッと鼓動が弾んだ。煌めくように胸が騒がしくなった。
(えっ?)
長身のイケメンが淡く微笑んだ。誰だろう。
やや長めの前髪の隙間から覗く二重の瞳が綺麗だ。紺色のネクタイから察するに高校二年生のようである。ちなみに、涼子の制服のリボンも紺色である。
このタイミングで会ったのも何かの縁だと思い、涼子は屈託のない声で言った。
「あ、あの、あたしを引きあげてもらえないかな? お願いします」
「オレか手伝わなくても登れるだろう。おまえなら出来るさ」
そう言い捨てると、向こう側に飛び降りてしまったのだ。えっ。えーーっ。まさか。あたしを見捨てるの? 予想外の塩対応に唖然となる。
「あっ」
これはまずいぞ。予鈴か鳴っている。涼子も何とか塀を乗り越えた。無様な恰好て着地するとアスリートみたいに駆け出していく。山里育ちなので脚力には自信はあった。楽に追いつくと思っていたのに距離は縮まらなかった。それどころか、昇降口に辿り着いた頃にはイケメンの姿が消えていたのだ。
(脚が速いなぁ)
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