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約束の地で
なにも七夕という日に意味はない。
新暦7月7日、午前5時。京・三条大橋の川を渡りきった辺りのおばしまを覆う緑青色の擬宝珠に背を預け凭れかかってる異形な物の怪がいる。
その名は『雷神』。
夏至も近いとあって彼誰時は過ぎて、東の空は東雲色に染まりだしている。
見れば朝焼けの中、薄鼠色の胴体は半裸。緩く紅い褌が下半身を僅かに覆っている。でっぷりと出た腹のわりに手足の筋肉は隆々としている。
何よりも彼を目立たせているのは、仏像の光背のごとく、背から生えた円環にいくつもの小さな太鼓が、高さにして8尺ほどあって、両手には金剛杵が握られている。
早朝の京都を散策するのがいい、と思ったのであろうが、道行く観光客は、雷神を見るや、悲鳴とともに逃げていく。
「待たせたな」
東山の方から、地が響くほどの大音声。
東から渡ってきたのは『風神』。
翠色の胴体には同じ色の猿股のようなもので覆った半裸姿。身体には蒼いリボンのような青帯を腋や首に纏っていて、それが川に吹く朝風に靡いている。
彼を特徴づけているのは、背に背負った、風袋という、真白い大きな牛革でできた頭陀袋であろう。雷神に負けず劣らじ8尺ほどの異形に、これまた、通行人は「ぎゃあ!」と逃げていく。
「ったく、遅えじゃねえか」
雷神は自分の言葉に、三文芝居の佐々木小次郎のような胡乱めいた台詞を吐いたことを瞬時に後悔したが、まんざら悔しいわけでもない。
「済まぬの。儂の仕事もこの時期は怱々とした時節であってな、危うく申合を忘れるところであった、どうだ息災であったかのう?」風神は、そう言って雷神の前にやってきた。
「息災も何も、ここのところのお主の湿ったらしい長雨で気が病んでしまいそうじゃった」雷神は言う。
「まあそう言うなって。天道さま、お釈迦様、デウス様、宗達先生の、ご命令じゃ、梅雨のお陰で、夏の作物がよく実るわけじゃから寧ろ労ってもらわんと」
「何故、俺様がお主に感謝するんだ? 俺も梅雨明けを民に知らせるありがたき神よ」と雷神。
「ふむ。そうじゃったの、では今年も、2人で『夕立の旅』へと行脚して参ろう」
「鋭々!」
「応!」
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