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②
話しているだけでイライラして、頭が沸騰しそうだった。
「黒崎さん。ここじゃなくて、別のところで飲み直しませんか?」
俺は完全にキレていた。
この男相手にキレてどうするのかと、よく考えたらおかしいのだが、この時はどうにかしてこのふざけた顔をぐしゃぐしゃにしてやりたい。誰かと重ねて、そう思ってしまった。
「綺麗だよ。涼介は本当に化粧映えする顔だよね」
高校生の時、初めて付き合った人は、ヘアメイクの仕事をしている男の人だった。
道でカットモデルにならないかと声をかけられたのが出会いだった。
俺はいわゆる複雑な家庭で育った。
小学生の時に両親が離婚して、父親に引き取られた。
父親はすぐに再婚して、継母がやってきた。
そしてまたすぐに弟と妹が生まれた。
別にひどく扱われたわけでもない。食事だって物だって、弟や妹と同じように与えてもらったし、塾にも通わせてもらい大学まで進学できた。
何一つ文句を言うことも恨むこともできない。
それでも、俺の容姿は前の母親にそっくりで、親父と継母にそっくりな弟と妹と家族でいると、いつもどこか俺だけが異質な感じがしていた。
些細なことばかりだ。
三人で喧嘩して怒られた時、だれも俺の味方をしてくれなかったとか、転んだ時、俺だけ手を差し伸べてもらえなかったとか。
そんな些細なことの繰り返しで、俺の心は静かにぼろぼろになっていた。
そんな時、出会ったのが圭吾だった。
同じ歳だがすでに働いていた圭吾は色々なことを知っていた。
カットモデルを務めて、何度も会ってそのうち食事に誘われてそのまま押し切られるように関係ができた……。
女とすら恋愛もしてことがない、ただ愛情に飢えていた俺は、圭吾の優しさに完全に溺れた。
言われるままになんだってした。
殴られたり、ひどくされても、好きだよと抱きしめられたら喜んで犬のように尻尾を振った。
そして圭吾に教えられたのが、女装だった。
圭吾は俺に女の格好をさせて連れ回すのを気に入っていた。
メイクから始まって洋服から靴から全て完璧に女の子にして、俺を好き勝手連れ回す。
そのまま自分の友人達の前で、俺が男だと披露して笑い者にした後、俺にやれと命令する。
俺は圭吾に嫌われたくなくて、圭吾の男友達の下着からペニスを取り出して舐めてやる。
そうすると、ほとんどの男はすぐに陥落した。
こうなれば後は狂ったお祭りだ。
ノンケの男達が代わる代わる俺に突っ込んで果てていく。
それを、圭吾はゲラゲラ笑いながら楽しそうに見ているのだ。
俺は喘がないと怒られるので、気持ち良くもないのに、あんあんと犬のように鳴いて喜んでいるフリをする。
生理的ではない。本当に涙を流しながら、虚しく何度も精を放った。
圭吾は俺を淫乱だと言いながら、自分のアソコを弄って達していた。
もう何もかもが真っ黒で塗りつぶされていた。
この狂った遊びは俺が大学に入る前まで、ずっと続けられたが、別れは突然やってきた。
「もう飽きたわ。もともとお前のこと好きじゃなかったし。新しい玩具のほうが楽しくてさ。今度は本物の女の子だから」
散々ヤリまくった後、圭吾は俺を裸で部屋の外に放り出した。
入れ替わりに、甘い香水の匂いを漂わせた、本物の女の子がエレベーターから降りてきて、圭吾の部屋に入っていた。
あまりにも可哀想だと同情されたのか、着ていたコートを脱いで転がっている俺の上に載せていった。
女の子を出迎えた圭吾は、もう俺のことなど見ていなかった。
それが、圭吾との別れ。
その子の着ていたコートは痩せてひょろひょろだった俺にピッタリで、余計に悲しくてたまらなくなってボロボロに泣いた。
泣きながら、どうやって家まで帰ったか覚えていない。
そのまま何ヶ月も引きこもった俺がまともに人間に戻ったキッカケはメイクだ。
転がっていた口紅を踏んで、久々に鏡を見た。鏡にはぼろぼろの死人みたいな顔が映っていた。
何を思ったか、震える手で口紅をさした。
真っ赤なルージュを乗せて、手でゆっくりと伸ばした。
生きている
そう思った。
赤みがさした唇だけ、魔法をかけたみたいに生き生きとしていた。
それで俺は生き返った。
アイツに教えられたもので息を吹き返すなんて悔しいけれど、メイクをして女装をすることで俺は俺でない誰かなのだと思い、強い悲しみから逃れることができた。
女装は俺にとって生きているというのを感じさせてくれる唯一の方法だった。
だから好きでもない体の関係で、別れても何ともないなんて言ってのけるこの男と、圭吾を重ねてしまった。
無性に腹が立って仕方がなかった。
「意外だな、こういう話をすると、大抵の女性は顔を顰めるか席を立つか……」
「それはきっと、私が普通の女性じゃないってことですね」
わざとあだっぽく笑って流し目で見つめると、奏は静かにグラスを口に運んだ。何とも無さそうに見えるが、よく見ればグラスの酒は減っていない。
圭吾のおかげで人を観察するクセがついた。遊び慣れているかもしれないが、こいつもただの男、それなりに通じるのだと分かった。
ホテルのバーで飲み直した。
俺がわざと強めの酒を頼めば、この手のタイプがそれより弱いものを頼むはずがない。
案の定、もっと度数の高いウィスキーをロックで頼んだので、しめしめと笑いを堪えた。
男が好きそうな話題を振れば、饒舌に話し出した。なかなか面白くてつい聞き入ってしまったが、おかげでよく酒を飲んでくれた。
結菜からは途中で正体を明かしてもいいから、このお見合いも何をしてもいいから、出来るだけ派手にぶち壊して欲しいと言われていた。
いい機会だから、大変なことになって慌てる両親に本気でぶつかってやると意気込んでいた。
俺の作戦はずっと不機嫌で通して、帰り際につまらなかったと平手打ちでもしてサヨナラしようと考えていたが、我ながらなかなかいい演出を思いついた。
「少し飲み過ぎちゃった。下で休めないかしら」
男の耳元で吐息混じりに囁いた。よく考えればとんだご令嬢だ。だが、そんな思考は酒が吹き飛ばしてくれる。
「………いいのか? 良家のお嬢様が」
「あら。私はもう大人ですよ。奏さん」
男が紳士の皮を被って見せてくるので、そんなものと俺は破り捨ててやった。
男の耳元で囁きながら、耳の付け根をペロリと舐めた。まるでアソコに舌を這わせるみたいに。
男はぶるりと体を震わせた。仕立てのいいスーツのソコが明らかに反応しているのが分かった。
ああ、楽しい。
圭吾、楽しくてたまらないよ。
エレベーターの中ですでに噛み付くようにキスをされた。
男は泊まるつもりだったらしく、すでに部屋のキーを持っていた。
一秒だって惜しいと足で蹴破るようにしてドアを開けて、玄関で壁に押し付けられて無茶苦茶に口内を犯された。
俺もペースを乱されたが、向こうも慌てていたようだ。眼鏡を外さないものだから、俺の顔に当たって邪魔だし痛いくらいだった。
俺が外してやって上着のポケットに入れたら、驚いた顔をしていたくらいだ。
それにしても奏のキスは驚くほど気持ちが良かった。
思わず腰に力が入らなくなり、抱えられるようにしてベッドに運ばれるほどだった。
こんな、男とセックスをしたらどうなるだろう。忘れられなくて、毎晩後ろがむず痒くなりそうだ。
流されそうになったが、出ているはずのものがないので、このままだとすぐにハリボテだと気づかれてしまう。
俺は主導権を握ろうとする男をベッドに押し倒して上に乗った。
「まさか、お嬢様が上がお好きだとは…意外だな」
「あら、上に立つ人は下がお嫌いかしら。大丈夫、すぐに鳴かせてあげるから」
すでにスーツを押し上げて苦しそうになっているところに顔を近づけた。
手を使ってはいけない。
散々圭吾に教え込まれた技だ。
口を使ってチャックを下ろして下着を引き下げると、中からぶるりと大きなペニスが現れた。こんなデカいのは見たことがないので、驚いて声が出そうになったほどだ。
ごくりと唾を飲み込んでから、赤い舌を垂らして見せつける。そして、裏筋からベロリと舐め始めた。
大丈夫、口で早くイカせることだけは得意だ。男なんてキモいって馬鹿にしていたヤツでも、ものの数分で陥落した。
遊び慣れた男がなんだと俺は本気を見せることにした。
「んっ……ふ……っっ…ぐはっ…がっはっっ」
「おい、それじゃ俺はイケないぞ。もっと真剣に咥えろ」
この化物! と思いながら俺は奏の赤黒いペニスを口に咥えた。
どれくらい経っただろう。
舐めて擦って咥えて玉まで舐めて、あらゆる技を繰り出したが、奏はイかなかった。
それどころか、どんどん脈打つようにデカくなり、口に咥えるのがやっとだ。
俺はぼろぼろと涙を流し、涎で首元までびしょびしょにしながら何とか奏をイカせようと必死だった。
「もっと奥まで入れろ。それとも服を脱いで胸を見せてくれたら早いんだがな」
「ううっっ」
それは無理な注文だった。
さっさと発射してくれないと顎が外れそうだ。
こうなったらと口を大きく開けて、喉の方までペニスを押し込んだ。
「んっ……いいぞ……」
奥まで入れるのは、圭吾に何度かやられたが顎が痛くなるから好きじゃない。
それでも早くイかせないとと、吐き気を我慢してぐっと深く入れて唇に力を入れてじゅばじゅばと擦った。
奏はどうやらやっとイキそうになってきたらしい。
俺の頭を掴んで動かしてきた。ウィッグが取れそうになったがこの際どうでもいい。
「…ん…でそうだ……外に……」
その言葉を聞いて俺は反応した。
圭吾は精液を必ず俺に飲ませた。一滴でも溢したら機嫌が悪くなった。
初めは不味くて嫌でたまらなかったけれど、そのうち飲まないのが嫌になってきた。あの口に残る苦い味も体調で違いがあり、それを感じるのが好きになってしまった。
確かに美味しくはないが、飲まないと気が済まないのだ。
離そうとする奏の手を振り払って、いっそう強く舌でしごいて激しく動かしたら、ぐっと膨らんだペニスはびゅんぴゅんと伸縮するよに動いて俺の口内に精液を撒き散らした。
「くっっ………」
これがたまらないのだと、俺はごくごく飲み込んで舌を這わせながら、全部綺麗に舐めとってしまった。
「……そんな風にうまそうに飲まれたのは初めてだ。深窓のお嬢様はとんだ淫乱だな」
「ふっ…………ふっふふふふふ」
口の周りについたものまで、ペロリと舌で舐め回した。
ついに明かす時が来たのだと俺は笑いながら奏の股の間からムクリと起き上がった。
「残念だったな、お坊ちゃん。アンタを口でイカせたのは深窓の令嬢じゃない。へへっ…アンタの順風満帆な人生で唯一の汚点を作ってやったよ。よく見ろ、俺は男だ。男にイカされたんだぜ」
俺は勝ち誇った顔でウィッグを取って、ワンピースのボタンをひとつひとつ外した。
薄っぺらい胸を晒してどうだと見せつけてやった。
ノンケのプライドの高いお坊ちゃんだ。恥ずかし過ぎてどうせ誰にも言えないだろう。
最初はここまでするつもりがなかった。
けれど、奏のふざけた恋愛論を聞いていたら、圭吾の姿と重なってしまった。
見ず知らずの関係のない他人に復讐をするなんてバカなことをしてしまった。
酔いが醒めていくように、自分のしたことが急に虚しくなって開いていた胸を合わせた。
「……まぁ、と言うわけだから。今回のお見合いはなしだ。結菜には恋人がいて、親に反抗するために、これを思い付いた…。というかここまでやってしまったのは、アンタが気に入らなかった俺の独断だから…蟻にでも噛まれたんだと思って忘れてくれ」
殴られる前にさっさと帰ろうと男の上から下りようとしたら、がっと強い力で腕を掴まれてしまった。
「ようやく正体を明かしたな。俺を誰だと思っている。仕事上何があるか分からないから、武藤結菜の顔は事前に確認している。まさか男だったとは予想外だったがな」
「……なっ! お…おまっ……知ってて!」
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