異変

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異変

 昌爺の誕生日から一週間が過ぎたある日。 最近あまり見かけなくなった風鈴。 毎年欠かさず、夏江は縁側に出して夏の訪れを感じている。  涼し気で夏らしさを感じ、残暑を過ぎる頃は、秋の訪れと共に、少しずつ弱くなる。 そんな儚げな風鈴の音色は、今日も響いている。  昌爺と夏江の部屋は和室である。 襖を開けて左側に仏壇があり、右側は大きな窓と縁側がある。 真ん中にある障子で部屋が仕切れるようになっている。 昌爺の定位置は、縁側の窓に向かって右側だ。  いつものように、夏江は昌爺のいる部屋へ麦茶を持って行く。 襖を開け、縁側の方を見ると、そこに昌爺の姿はなかった。  夏江は不思議そうにキョロキョロしながら将棋盤に近付き、麦茶を置こうとして体が止まった。  蹲り、倒れている昌爺の姿がそこにはあった。 夏江は何が起きたのか理解が出来なかった。 ものの一、二秒だろうか。確かに時が止まっていた。  ハッと我に返った夏江は、慌てて呼びかけるが、昌爺は悶え苦しんでいる。 「おじいさん、大丈夫ですか? すぐに救急車を呼びますからね!」 昌爺の肩をトントンと叩き 「ちょっとだけ待ってて下さいね。すぐに戻りますからね」 そう言ってリビングへ戻り、受話器を取った。  指先の震えが止まらない。 夏江は慌てながらも、一つ一つ、しっかりと口に出しながらボタンを押す。  呼び出し音が三コール鳴ると、男性の声が聞こえた。 「はい、一一九番です。火事ですか? 救急ですか?」 「あの、もしもし! おじいさんが倒れているんです! すぐに来て下さい」  夏江はパニックになっていて、何を伝えたら良いのか分からない。 とにかく早く救急隊員に来てほしかった。  「おじいさんが倒れているんですね? どこで倒れていますか? 出血はありますか?」 救急隊員は、冷静に状況を把握しようと試みる。  「麦茶を持って行ったんです。そしたら倒れてて……。どうしたら良いですか?」 「落ち着いて下さい。詳しく話を聞かせてもらえないと、救急車が出せません。一度、深呼吸して下さい」  夏江は言われた通りに、胸に右手を当てて大きく息を吸い、そして深く吐いてみた。  「私達の部屋です。血は出てなかったと思います。そこまで気付きませんでした」 暑くもないのに、不思議と夏江の額から汗が滲み出てきた。 「ありがとうございます。意識はありますか?」 救急隊員が質問をすると 「はい。意識はありますけど、苦しそうです」 と、夏江は答えた。 「分かりました。それでは確認します。ご自宅のお部屋で、おじいさんが倒れていたのを発見した。意識はあるけど、出血はないという事で間違いないですか?」 救急隊員は夏江に問いかけると 「はい、そうです」 夏江の声は今にも消えそうなほど、弱々しかった。 「それでは、ご自宅の住所を教えて下さい。すぐに救急車を向かわせます」 夏江は自宅の住所を伝えて受話器を置くと、昌爺の元へと戻った。
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