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救急搬送
昌爺の額には脂汗が出ており、顔は少し青くなっている。
呼吸がし難いのか、胸の辺りを掴んで必死に息をしているようだ。
夏江は苦しそうな昌爺の背中を擦り、額の汗を拭きながら励まし続けた。
「おじいさん、救急車呼びましたからね。もう大丈夫ですよ」
返答はない。
「私ですよ。夏江です。分かりますか?」
夏江がどれだけ声をかけても、昌爺の返事はなかった。
というよりも、返事が出来ないほど苦しいという方が正しいのかも知れない。
電話をかけて五分後、救急車のサイレンに気付いた夏江は、玄関から外へ出た。
「こっちです」
夏江は精一杯に背伸びをし、手を大きく横に振って、救急車に分かるように合図を送る。
後ろで丸く束ねた髪は乱れ、真っ白なその髪は、汗で頬や首に張り付いている。
肩で息をし、夏江の呼吸は荒々しく乱れている。
救急隊員は、救急車から飛び降りるように出てくると、玄関の方へと走って行く。
「すみません。土足で失礼します」
救急隊員は土足で玄関を上がり、すぐ右手にある和室の中へと入っていった。
昌爺を取り囲むように、救急隊員はしゃがみこむ。
何やら色々と調べられ、声をかけられているようだ。
その様子を、夏江は部屋の入口で、ただ不安そうな顔をして眺めている。
未だに手が震えているのだろうか。自分の右手を左手でぐっと握りしめている。
昌爺は担架に乗せられ、救急車へと運ばれていく。
夏江もそれに続いて外に出てみると、ご近所さんが何事かと、数人外に出てきていた。
救急車の中で、昌爺に初期治療を行いながら、懸命に搬送先の病院を探している。
その間、夏江は救急隊員の一人に状況を聞かれた。
ゆっくりと、丁寧に思い出しながら話していると、自然と涙が溢れてきた。
時間として五分ほど過ぎただろうか。
搬送先の病院が決まり、夏江も救急車に同乗する事になった。
昌爺の保険証や貴重品だけを持って、家に鍵をかけて救急車に乗り込むと、昌爺の手を握って顔をじっと見つめた。
「神様、どうかおじいさんを助けて下さい。私はもう少しだけ、おじいさんと一緒にいたいんです。どうかお願いします。おじいさんを助けて下さい」
必死に心の中で祈り続けた。
救急車のサイレンが田舎町の住宅街に鳴り響く。
風が優しく吹き抜け、微かに聞こえる風鈴の音が、この時だけは寂しさを纏っていた。
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