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第10話(後半)
今がいつで、どこを目指して歩いているのか曖昧だった。
スーツケースを引きずりながら、無意識に最寄りの駅を通り過ぎる。
そのまま数十分歩き続けて、通いなれた雑居ビルを目にすると、理宇の足取りは速くなった。
見慣れた青い扉を開き、カウンターに雪哉の顔を見つけた瞬間、理宇の瞳から唐突に涙がこぼれた。
「雪哉、く……おれ……」
「なに泣いてんの」
突然ボロボロと泣き出した理宇に、雪哉はぎょっと目を見張る。
金曜日の夜は店内も込み始めていて、手前のテーブル席にいた客たちが、何事かと理宇を見ていた。
「はよこっち来て座り」
雪哉は理宇の惨状に状況を察した様子で優しく促す。
幼児みたいにこくんと頷いて、理宇は自分の指定席であるカウンターの端に座った。
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