第1部 第1話

2/10

714人が本棚に入れています
本棚に追加
/416ページ
「本当に散髪屋さんみたいだね」  新は少しはしゃいで、足をバタバタと動かした。 「散髪屋じゃなくて、美容師だ」 「びようし」  初めて聞いた言葉のようで、新はぎこちなくオウム返しをする。 「美容師はただ切るだけじゃなくて、髪をくるくるにしたり、金ピカに染めたりもするんだぞ」  理宇の説明に、新は「すごい」と素直な感嘆の声をあげた。  とは言え理宇自身、近所の理髪店へしか行ったことがない。  美容師という存在を知ったのは、先日見たテレビだ。画面に映るヘアサロンは、理宇の知る「髪を切るところ」とは随分違っていた。  コンクリート剥き出しの室内はとても広く、大勢の人がいて、英語の音楽が流れていた。美容師の手によって客が別人のように変わっていく姿は、魔法みたいだと思った。 「おれは大人になったら美容師になるから、新はアイドルになれ」 「アイドル?」  突拍子のない提案に、きょとんとした顔が振り向く。 「新は将来すごいイケメンになるってお母さんが言ってたから、だいじょうぶだ」  今は天使みたいに可愛いけど、ぜーったいイケメンになるわよ、新くんは。  どうかなぁ。まあパパが身長高いから、背は伸びると思うけど。  運動神経もいいもんね。運動会のかけっこ、すごい速くてびっくりしちゃったもん。  母親たちのやり取りを思い出して、うんうん、と確信の頷きを繰り返す。 「新がアイドルになったら、俺が専属美容師になって、すごいかっこよくしてやるからな」  新の返事も聞かずに自信満々にその両肩を叩く。  新はくりくりとした目を細めて、「わかった」と従順な返事をした。
/416ページ

最初のコメントを投稿しよう!

714人が本棚に入れています
本棚に追加