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「今日はどうしたん? 浮かへん顔してるけど」
その質問に理宇の身体が強張る。
口にしてもいいのだろうか?
ずっとひた隠しにしていたものも、胸の中を渦巻く、自らを押しつぶしそうな激情も。
見定めるように、向かいに立つ男を凝視した。
すると店主は、理宇の警戒を見透かしたように、微笑で首を傾け、優しく促す。
その仕草に背中を押されて、理宇は深呼吸をした。
「好きな相手に……恋人ができて」
強張る唇で、恐るおそる口にする。
「そう、それはしんどいね」
穏やかな店主の声に、ぐっと押し込めていた感情があふれた。
「相手は、お、男で……でも、ずっと、好きで」
声も、手も震えて、視界が白む。
うん、と打たれる相槌の柔らかい響きに、淵に溜まっていた涙がこぼれる。
受け止められている感覚に安堵感がわいた。
次々に流れる雫を拭っていたら、店主が「これ使いや」と手つかずだったおしぼりを勧める。
「鼻水拭いても見逃したるよ」
店主のセリフに少しだけ笑った。
お言葉に甘えて、涙で汚れた顔をタオル生地で拭う。
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