3 信じてくれる人がいれば独りじゃない

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 その日の授業(6年1組だけは最後まで自習)が終わった後、由理香は図書室を訪れ、スマートフォンで探しだした退部届のテンプレートをコピー機に繋いで印刷し、退部理由を考えていた。下書き用のノートに鉛筆の先をコツコツと突き胡麻を作っていると、向かい側の席に正多が座ってきた。そして、持っていたインド式計算ドリルに取り掛かる。 「あれ? 帰ってなかったの? 今日は大変だったんだ。さっさと帰ればよかったのに」 「どうせ家帰っても誰もいないし」 「そうか。部活は?」 「サボった、四年生からずっと行ってて初めてのこと」 「別にいいんじゃね?」 「今日の帰りには顔出すつもり」 「え?」 正多はインド式計算ドリルの手を止めて、由理香の手元を見た。そこにあった退部届を見て「あぁ……」と、察して再びインド式計算ドリルに取り掛かるのであった。 「ねぇ、部活やめる時って何書けばいいのかな? 素直に書けばいいのかな?」 由理香の場合、素直に退部理由を書くと「友人や教師の逆恨みに遭い、チアリーディングがイヤになりました」と言うことになる。これを上手く文章化出来ずに手が止まっていたのだった。 「一身上の都合により退部を希望します」 「え?」 「余計なこと書かずに『一身上の都合により退部します』これだけで良い」 「うん、そうする」 由理香は退部届に〈一身上の都合により退部します〉とだけ書き、お洒落なレターケースにそれを入れた。正多はそれにツッコミを入れたかったが「どうせ小学生の部活だし、まぁいいか」と見なかったことにした。 「印鑑は押した?」 「入部の時、押した覚えがないから問題ないと思う」 「小学校の部活なんて私立の気合入れてるところでもない限りは口約束みたいなもんだし印鑑なんていらねぇか。名前知らねぇけど、顧問の女の先生? そいつに一言辞めますでもいいと思うけど。で、辞めてどうすんの? 帰宅部?」 「わかんない。ただね、チアからは少し離れたいかなって」 「いいんじゃね? 小学生らしくどっか友達と遊びに行くとかあってもいいと思うぞ。たまに児童館行くけど、楽しいぞ」 「え、意外。児童館で遊ぶように見えない」 「失礼な女だな…… 俺、体動かすのは嫌いだけど、スポチャンで人をぶっ叩くのとかは好きなんだよね」
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