1 プロローグ 盗まれた自転車

2/13
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/124ページ
 一人ポツンと自転車置き場に残された由理香は教師にその旨を伝えるために職員室に向かった。職員室の扉の前には「職員会議中」の札がかかっており、いくら扉を叩いても誰一人として気が付かない。仕方ないので会議が終わるまでの時間潰しのために自転車置き場のみならず、校庭やその近辺に自転車を探しに行ったのだが、やはり無い。  歩いて帰ることも考えたが、最近は物騒とのことでランドセルに防犯ブザーも付いているし、身元を特定されないために名札までも廃止となっている。由理香の家までは学校から自転車で十五分ほどの距離、歩いて行けば良くて三十分、悪くて一時間弱はかかるだろう。その距離を小学生女子一人で歩くなんてこの物騒な世の中では自殺行為も同然である。  由理香の両親は共働きで、最低でも夜の八時までは連絡をとることが出来ない。今の時間は完全下校時刻の十七時を過ぎた辺り。教師に事情を話して家まで車で送ってもらおうとも考えたのだが、最近になり「教師が自分の生徒を自分の車に乗せて自宅に連れ去る」と、言う事件が隣の学区で起こっており、父兄にあらぬ誤解を招いてはならぬと澤北小学校では「生徒を自分の車に乗せることは何があっても厳禁」と決まったばかりであった。  校内をあらかた探し終えた由理香は「そろそろ、職員会議終わるかな?」と見計らい、職員室へと向かった。その道中の廊下で一人の男子とすれ違った。 「あれ? 田島じゃん? どうしたの?」 その男子は由理香と同じクラスの「多潮正多(たじお しょうた)」である。由理香にとっては五年生からクラスが同じだけの男子の一人に過ぎない。 ただ、由理香は正多が「ちょっと変わり者」であることは知っていた。  正多は自称「名探偵」で、クラス内でトラブルが起こると首を突っ込み、探偵小説や探偵マンガに出てくるような大人びた喋り方で推理をみんなの前で披露し、解決に導いている。 トラブルと言っても、どこのクラスでも週に一回は起こりそうなちょっとしたものである。「なくなった上履きの捜索」「給食のプリンの不足分の捜索」「飼っていたミナミヌマエビの世話を忘れた犯人探し」「黒板に教師の悪口を書いた犯人探し」「火災報知器のベルを押した犯人探し」と言った具合で、教師に任せるべき案件を大人びた口調で解決するものだから、一部の教師やクラスメイトからは大変「ウザがられている」存在であった。  外見は小柄な少年、身長は周りの男子より頭一個分は低い136センチ、体重も33キロジャストの細身、小学校六年生と言うよりは小学校四年生や五年生に近い体格である。 由理香は小学校六年生女子の平均身長体重を少し上回っているために、正多のことは単なる小さい男子程度にしか思っていなかった。
/124ページ

最初のコメントを投稿しよう!