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いつも行く定食屋で、三人は山盛り唐揚げ定食を注文した。
早矢加は「ご飯抜きでお願いします」と頼んでいる。
「えっ?交野くん、結婚するの?例の馬主さんの娘さんと?…おっと」
思わず声が大きくなってしまい、悠真は自分の口を押さえた。
「はいっ」
「かたのっち、逆玉じゃん!!」
「おめでとう。よかったね」
「実はデキ婚で、結婚式を来月やることになったんですけど…」
「来月!?よく会場押さえられたな」
悠真が驚くと、早矢加が人差し指を立てた。
「うっちーさん、忘れてない?例の馬主さん、ホテル経営者」
「ああ、そっか」
「結構盛大にやることになって、悠真さんにもひとつお願いがあるんですけど」
「いいよ。俺に出来ることなら」
「これなんですけど」
交野がタブレットの画面をみせた。
早矢加が画面を覗き込む。
「披露宴…招待予定者、三百名っ???すごっ!!!」
「八割方、向こうの招待者だけどね」
交野が苦笑した。
「そっかぁ。競走馬もいっぱい持ってるから関係者いっぱい来そう。あ、うっちーさん、スピーチだってよ」
「え?俺?」
「ほらほらみて。勤務先の代表者、内田政兼、勤務先の上司、内田政明、勤務先の先輩、内田悠真…」
「それ全部うちの家族だけど大丈夫?」
「そっちは全然いいんですけど、悠真さん、大丈夫ですか?」
「ああ…」
悠真の、極度の人見知りを心配してくれているのだろう。
交野も早矢加も、出会った当初は無口な悠真に相当戸惑ったらしい。
知らない人と、面と向かって話すのは苦手だが、決まったことを喋るなら…。
「うん。俺でよかったら」
三人はみるみる山盛りの唐揚げを平らげ、食後のコーヒーを頼んだ。
「交野くん、すごいよなぁ。二十二歳で結婚なんて一大決心だよ」
悠真がその歳の頃は、自分の結婚など想像もしたことがなかった。
「自分でもびっくりです。向こうが来年三十で、二十代のうちに結婚したいとは前から言ってたんで」
「うっちーさんも、来年三十でしょ?前から聞きたかったんだけど、何で恋人を作らないの?」
「うーん。特に理由はないけど…」
こういった質問をされると、自分のことなのに悠真はうまく説明出来ない。
「悠真さん、人間より馬の方が好きですもんね」
「馬たらしだからね」
「何だよ、それ」
体を繋げた人は、過去にひとりだけいた。
お互いに失ったものを埋め合い、傷を舐め合うために抱き合っていたような気がする。
それを恋人と呼ぶのかどうか、悠真には分からない。
きっかけは、落馬で大怪我を負い、入院していた彼から悠真に届いた手紙だった。
悠真は彼の入院していた病院に返事を送り、二人の間でメールのやり取りが始まった。
あの事故の後まもなく、結婚したばかりの彼の妻は去って行き、彼は心の拠り所を失った。
二年に及ぶ長いリハビリの間、悠真はメールで彼を励まし続け、彼が現役復帰を果たしてから、二人は時々会うようになった。
悠真はまだ中学生になったばかりで、せいぜいドライブに出掛けたり、食事をしたりするぐらいだったが。
初めて彼に抱かれたのは、十八歳の時だ。
彼はやがて自分を取り戻し、悠真の元を去った。
そして今も中央競馬のトップジョッキーとして最前線で活躍している。
取材を受けた時に私生活について問われると、彼は再婚した妻のことを惚気たり、子供のことで目尻を下げたりする。
それをみて悠真は心の底からホッとする。
そして同時に、ひとり立ち止まったままの自分に気付くのだ。
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