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厩舎を出て車で山道を二十分程走ると、放牧に出された競走馬を預かる広大な牧場がみえてくる。
ウォルフ…アダツウォルフの墓は、その牧場の片隅にあった。
土曜日の早朝から馬の調教をやり、馬の世話、馬房の清掃を終えると、花、人参、牧草を助手席に積んで、悠真は車を走らせた。
今日はウォルフの命日だ。
ウォルフの命を奪ったあの事故から、今日でちょうど十九年が経つ。
朝の運動を終え、のんびりくつろいで英気を養う競走馬たちを横目にみながら小高い丘を登ると、ウォルフの墓がみえてきた。
「ウォル、久しぶりだな」
悠真は石の墓標に声をかけた。
何度来ても、思うことは同じだ。
ウォルフにもう一度会いたかった。
ウォルフに触れて、みつめ合い、語りかけ、馬房で寄り添って眠るのだ。子供の頃のように。
叶わない望みを、自分は何度繰り返し思い描くのか。
涙の膜が張った両目を瞬いて、思いを払う。
「悠真くん?」
不意に名前を呼びかけられ、悠真は驚いて振り返った。
「安達のおじさん…」
ウォルフの元の馬主、安達勉が立っていた。
「今来られたんですか?」
悠真が訊ねると、安達は頷いた。
「うん。花を供えようと思ってね」
そう言って、悠真に紫のリンドウの花束を掲げてみせた。
「…あれ?」
悠真はウォルフの墓を振り返る。
毎年、命日に悠真が訪れると必ず供えられている白い百合は、既にそこにある。
「この百合、安達のおじさんじゃなかったんですか?」
「いや、俺じゃないよ。俺が来た時にはいつも白い百合と、ひまわりが供えられてる」
安達は悠真の手元をみた。
「そうか。ひまわりは、悠真くんだったか」
「…ええ」
「白い百合は、毎年命日の前日に牧場に届いてるらしい。あいつからだ」
あいつというのは、安達の次の、ウォルフの馬主のことだろう。
「東京から毎年、こちらの花屋に注文を入れて配達を頼んでるらしいよ」
「そうだったんですか…」
「俺たち三人は、いつまで経ってもウォルフに心を囚われたままだな」
安達の呟きに、悠真の瞳が揺れた。
「けどさ、忘れられないもんは、仕方ないよな」
安達は困ったような顔で、悠真に笑いかけた。
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