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「ありがとうございましたー」
コンビニにトイレだけ借りに来た客に必要な挨拶なのかと疑問に思いながらも俺はマニュアルに従った。
客が出ていったドアからはチャイムと共に少し湿った空気が流れてきた。中腰でレジ前の掃き掃除をしていた俺は腰に手を当てて伸ばした。視線を外に持っていくと、先程までの快晴は嘘のように、どんよりとしていた。
ひと雨来そうだな……
俺は、憂鬱になった。バイトから上がって、早々に大学のレポート作成に取り掛かりたいところだが、帰るときに濡れるのはごめんだ。
自動ドアから、また湿った空気とチャイムだ。
「いらっしゃいませー」
視線は窓の外のまま、俺は機械的に言葉だけで歓迎した。
「あのー、すみません。びにーるがさありますか?」
たどたどしい声に、俺はその声の主に視線を移した。長靴を履いた年端も行かない少年だ。黄色のショルダーバッグを袈裟がけにしている。
「それなら、入り口のそばにありますよ」
俺が指さすと少年は左横を向き、吊るされた傘をニ本引き抜いてレジ前に持ってきた。
雨は降りそうではあるが、ニ本というのが不思議だ。
「誰かのお迎え?」
興味本位で会計を済ませながら訊くと、少年は首を横に振った。
少年はペコリと頭を下げ、自分の背くらいありそうな傘を両手に一本ずつ携えて自動ドアへと向かった。後ろ姿を見ていたが、このままだと通りがかりの人たちに当たりそうで危なっかしかった。
「ちょっと待ってな、少年! 兄ちゃんが持ってあげるから!」
少年を呼び止め、オレはバックヤードにいた同じシフトの女の子に事情を話した。
「まあ、今日は空いているし大丈夫ですけど、今度奢ってくださいよ〜?」
まあ、仕方ない。
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