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「で、これをどうするんだ?」
オレはビニール傘ニ本を持って少年の隣を歩く。少年は無言だ。歩くのは団地の間の坂道で、最寄りの駅とは逆方面に歩いてきた。
親のお迎えにでも行くのかと思ったが……
「ここ」
坂になった道を歩いている途中で少年が立ち止まったのは、バス停だった。屋根付きで、三人程座れるベンチが据えてある。
「ここでお迎えするのかい?」
「ちがうよ、こっち」
歩道の脇にお地蔵様がニ体並んでいる。祠にあるわけではなく、その割に苔や汚れはあまり無く、自分が今まで見てきたものとは違い小綺麗だ。誰かが掃除をしているのだろうか?
少年は無言でニ本の傘を、お地蔵様一人ひとりに差した。
「お地蔵様のために?」
「かさじぞうって、しってる? ママによんでもらったんだ」
少年は真面目な顔をしている。
「ゆきがふったときに、おじぞうさんにかさをあげたら、おじいさんとおばあさんのねがいがかなって、おおがねもちになったって」
なるほど、「笠」を「傘」と勘違いしているようだ。それに老夫婦の無欲の中での優しさが美徳とされていたから、大金持ちを夢見てたわけではなかったと思うが、少年の頭の中では他の物語などと混同して、そのように補完されているのだろう。
「それで、お地蔵様に傘を置いているんだな?何か願い事でもあるのかい?」
「うん、ゆうめいじんになって、おおがねもちになりたい! なんでもできるようになるから!」
なんとも意外な答えが返ってきた。タレントや今話題のYouTuberにでもなりたいのか。しかし、小さい子が夢を持つことはいいことだ。
「それはそれは。大層な夢をお持ちだ」
「だけど、まえもかさをおいたんだけど、だれかもっていっちゃうんだ」
バッグから取り出した雑巾でお地蔵様の体を拭いている少年の眉間にはシワが寄っていた。
なるほど、最近は夕立も多く、通行人がお地蔵様に差された傘を持っていくのは想像に難くない。ビニール傘は無地が故に盗ったとしてもバレにくく、コンビニでもしょっちゅう、その手のトラブルが起きた。
「それなら、傘に絵とかを描いたらどうだ? 目立つ傘を持っていく奴はそう居ないだろうしさ。」
俺の助言に、少年は今日初めて笑ってくれた。
「そっか、やってみるよ! おにいちゃん、ありがとう!」
その笑顔に水滴が付いた。雨がポツリポツリと降ってきたようだ。
「あー、マズいなー。自分の分の傘は持ってるか?」
少年はバッグから雨合羽をチラリと見せた。
将来に期待だな、こりゃ……
俺は少年を同じ団地のマンションの一室まで送った。祖母らしき人が、おかえりと言って少年を中に入れる。
傘を貸すと勧められたが、その傘は錆などが見えて相当にボロくなっており、本降りでもなかったため断り、自宅まで走って帰った。それにレポートのことを思い出し、急いで帰りたかったのだ。
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