2人が本棚に入れています
本棚に追加
誘拐探偵
日が差し込むホテルの一室に鈴木琴華はいた。
ロンドンにいる私のもとに一本の電話がかかってきた。
全く知らない番号だ。
職業柄、取引先かもしれないかもしれないので恐る恐る通話ボタンを押す。
『子供は預かった。一億用意しろ』
え?詩歌が?私の。私の。詩歌。
ここは東京の警視庁捜査一課。
隣には清水刑事がいる。
本当にろくなことがない。
「お?なんだ?捜査一課に来て一週間でバリバリ仕事ができるのが羨ましい?」
「無駄口叩かない。本当に仕事ができるなら、追加で100ページね」
「おう。任せとけ!って100ページ! さすがに無理だよ。70ページ手伝ってくれよ!」
「助けてほしかったら、自分はすごいって豪語しないことね」
「わかったよ〜。お願いします」
事を見ていた林課長がニタリとして言った。
「今回の勝負は清水、お前の負けだな。ふたり共ふざけるな〜。本当に仕事増やすから、さっさと仕事しろよ〜」
林課長の言う通りだ。全く、ごもっとも。
プルルルル。
手元の電話が鳴った。
「もしもし。捜査一課の夏川です。え?誘拐事件?ええ。一課の担当ですけど・・・」
「どうした?」
林課長がたずねる。
私は立ち上がって、ホワイトボードに情報を書き始めた。
「鈴木琴華。大手企業の幹部で常に世界中を飛び回っています。一児の母親です。今はロンドンにいます。
子供の鈴木詩歌。小学生です。母親がいない時は祖父母の家にいるそうです。
犯行時間は一月一日午前9時。詩歌ちゃんと一緒にいた祖父母を拘束し、詩歌ちゃんを誘拐。
一月一日午前一時、母親の鈴木さんのスマホに脅迫電話がかかってきました」
「おいおい、待て。犯人は犯行より前に脅迫電話をかけたっていうことになるよな?」
隼人が驚いた顔をする。
「ええ、そういう事になるわ」
そう、だからこの事件が捜査一課に回ってきたのだ。
「で?犯人の目星はついているのか?」
林課長がたずねる。
「ちょっと待ってください」
私はパソコンをいじり始める。
「何やってるんですか・・・?」
「そうか、そうか、清水はこの姿を見た事がなかったか。夏川はな、ハッキング技術がすごいんだよ」
「ハッキング?ハッキングって違法じゃありませんか?」
「夏川は特別だ。あいつにもお前が知らない事がある。夏川結衣の闇は深い」
「犯人がわかりました」
「えっ!もう!」
「相変わらずハッキング早いな。で?どこの誰だ?」
「三上紘。38歳。被害者との接点はありません。今の状況だと単独の犯行か、被害者と接点のある人物が裏にいる可能性が高いですね」
「そんなとこまで解析するとはな。今回はどこにハッキングしたんだ?」
「コンビニや住宅の防犯カメラです」
「はー。今回もすごいところをハッキングするな」
「刑事の勘から言うと裏に誰かがいる可能性に期待した方がいいかもしれませんね」
「なぜだ?なぜそんな事が言えるんだ?」
隼人が負けじと間に入る。
「この防犯カメラ映像を見てください」
私が見せた映像には、黒いパーカーを着た三上が映っていた。
「映っているだけだじゃないか」
「清水刑事、何言ってるんですか」
「ああ、全くだ。もっとよく見ろ」
林課長も口を挟む。
「ここをよく見てください。三上はしきりに耳を押さえています。誰かが裏から指示していると考えた方が自然ですね」
隼人はムッとして黙った。
「でも、これでは三上を逮捕できませんね。この時間のトリックを解いて、三上に自白させないと」
「さあ、名探偵の夏川結衣刑事。出番ですよ」
林課長にそこまで言われると・・・
まぁ本領発揮だな。
「まず容疑者の友人に話をきいてみましょう」
「どうやって友人関係を調べるんだ?」
「静かにしろ。夏川はハッキングしてる時は何も耳に入らないんだよ」
「終わりました。友人は戸田美佳。友人というより幼馴染ですね。両思いですが、お互いに思いを伝えられずにいます。漫画でありがちの奴ですね」
「人の恋愛事情まで調べるとはな。さあ、清水刑事もついていってやれ」
「え?何で僕が?」
「いいからいけ」
夏川と清水はお互いギクシャクしながら警視庁を出ていった。
そんな姿を窓から見ている林課長がいた。
「夏川は伝えられない恋を漫画にありがちな物だって言ってたな。現実世界であり得る事を自分がわかっているくせに。しかし、夏川は清水に好意を持たれている事に気付いているのに、自分の思いには気付かない。清水は片想いだと勘違いしてる。まったく、素直になれないのか」
「この先を曲がったアパートね」
俺が結衣のこと好きなのは気付いてないよな?
ったく、どうすればいいんだよ。
まさか移動が捜査一課だなんて想像できなかった。
「ここね」
私はアパートの一室を指差した。
ピンポーン
中から戸田美佳が出てきた。
「あなたの幼馴染の三上さんに誘拐の容疑がかかっているの。私たちだって、むやみに人を逮捕したくない。三上さんが本当に罪を犯したのか知りたいんです。性格でも何でも話してください」
「はい。性格は結構臆病ですね。可能性に賭けることなんて絶対にしません・・・」
「そうですか。ありがとうございます」
警視庁に戻った。
「三上は相当自信があって、宣戦布告したのでは?」
「おいおい、幼馴染が証言していたように、可能性に賭けることはしないんだぞ」
時間差か。
時間差?
もしかして・・・
「課長!この謎わかりました。ロンドンと日本。そこには時差があります。日本がロンドンより9時間早いんです。
ロンドンの一月一日午前1時は日本の一月一日午前10時なんです。なので、犯行の1時間後に脅迫電話をかけることはできます。三上の電話番号をきいてきたのでハッキングをしました。ちょうど10時に被害者のスマホに電話をかけていました。逮捕できますよ」
「ああ。夏川、清水。仕事が増えるぞ」
その後、三上は逮捕された。
黒幕は意外にも詩歌ちゃんのお父さんだった。
詩歌ちゃんはどうなるのだろう。
どうか私みたいにはならないで。
そこに蒼井荘毒殺事件の時の隼人の後輩が捜査一課に訪ねてきた。
「あの・・・清水刑事います?」
そう後輩は言って隼人と部屋を出ていった。
何を話しているのだろう?
「先輩に止められましたが、夏川刑事のことを調べてみました」
「・・・」
「夏川刑事のお父さん逮捕歴がありました。お母さんはショックで自殺してしまったんですね。今までこんなことがあったなんて。今もどんな気持ちで刑事をやっているのでしょうか?」
「あいつはあいつなりにやっていくんじゃないか。あと、それだけじゃないからな。闇はもっと深いぞ。こんなことしてないで仕事に戻れ」
誰かを守れるなら、あなたを守れるなら、それでいい。
私はそれで・・・
最初のコメントを投稿しよう!