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さくらんぼ探偵
ここは東京にある蒼井荘。
そこには黄色いテープが張られていた。
5時間前
ピンポーン
インターホンが鳴った。
201号室の住人の斎賀寛の部屋からだった。
この日は月1回の仕送りで野菜や果実が送られてくる日だ。
大学生で十分な上京資金もない身としてはありがたかった。
いそいそとダンボールを開けるとさくらんぼが綺麗に包まれて入っていた。
さくらんぼの他にも大根やほうれん草
洗って食べると甘味と酸味がいい塩梅に広がった。
5時間後 斎賀寛は遺体で発見された。
現場にバイクで駆けつけたのは夏川結衣だった。
「しかし、随分なボロ屋ね」
清水巡査に呼びかける。
「そうだな。築何年なんだか・・・」
「で?現場の状況は?」
「被害者は斎賀寛。大学生だ。死因は毒殺。発見者は斎賀の友人である、本堂春。同じ大学の学生です」
部屋に入ってすぐダンボールが散乱していた。
中には大根とほうれん草、母親らしき者からの手紙だった。
開けて手紙を読み始める。
『寛へ
今月の仕送りはさくらんぼと大根、ほうれん草です。
さくらんぼはしっかり洗って食べてください。
お父さんは上京することを最後まで認めなかったけど、私は寛の上京を心から応援しています。
無理しないでね。
母より』
なんて素晴らしいお母さんなのだろう。
私の母なんて・・・
ああ、いけない。過去は忘れることに決めたのに。
なのに、なのに、なんで涙がと止まらないのだろう。
このままでは誰かに見られる、と立ち上がった。
急いで駆け出す。
ドアの前で誰かとぶつかりそうになった。
顔をあげると、驚いた表情の清水巡査だった。
恥ずかしさと驚きと戸惑いの感情が入れ混じって、どうしたらいいかわからなくなった。
ふと我に返って、そのまま走り出した。
「夏川刑事どうしたんですかね?」
後輩の巡査が清水に問う。
「夏川はいろいろあったんだよ。人に言えないようなことがな」
涙を拭いて立ち上がった。
戻らないと。
被害者と被害者の母のために。
名探偵と刑事の名にかけて。
戻り道。
さくらんぼ。仕送り。大学生。毒殺。
ふと私の頭に仮説が思いついた。
確かめなくては。
熱い太陽の日差しの中、走り出した。
戻って早々清水に声をかけられた。
「大丈夫か?」
清水はまだ泣いていたことを気にしている。
私はその質問には答えない。
「現場を拝見しましょう」
玄関のダンボールを避け奥に進んだ。
台所とベットが置いてあった。
台所には水気が残っていた。
私の仮説が正しければ。
冷蔵庫には何も入っていなかった。
ゴミ箱にはさくらんぼの上の枝6個と種が4個捨てられていた。
今度は本堂春に話を聞くことにした。
「彼はどんな性格?」
「優しい一面もありますが、とてもめんどくさがり屋です」
「ほぼほぼ自炊はしない?」
「ええ。あいつが自炊なんてしません。皿さえ洗わないんですから」
「わかりました。終わりです」
「もう終わりなんですか?」
「ええ」
私は部屋の外に出て背伸びをする。
「おい。目撃者をあれだけの質問で帰すのか?」
「何か?」
「わかったのか?」
「ええ。被害者は喉にさくらんぼの種を詰まらせたのよ!」
「その迷推理だと死因が窒息死になるけど?」
「へ?」
「被害者は毒死だ」
また盲点に引っかかった。
ん?待てよ?さくらんぼで毒死?
「わかった!」
「相変わらずわかるの早いな」
「いろいろ質問に答えるの面倒だから一気に説明する。質問は終わってから。わかった?」
「わかった。メイ探偵さん」
「私がおかしいと感じたのは部屋のゴミ箱を見たときよ。
被害者の母からの手紙や、送られてきた物を見ても斎賀はさくらんぼを食べた。
でも、ゴミ箱に捨てられていた物は上の枝と種の数が合わなかった。
6−4=2 さて、ふた粒の種はどこに行ったのか。答え、斎賀の体の中よ。きっと種を出すのが面倒で噛み砕いて、飲み込んだのでしょう。でも全部噛み砕くのも面倒になって、3粒目から出した。そんなところかな。
さくらんぼの種にはある秘密があるの。
もしそのまま種を飲み込むと消化器官で溶かされて青酸が発生するの。
噛み砕いて飲み込むともっと致死率が高まる。
致死量には個人差があるけど、さくらんぼの致死量は2粒とされているわ。
どう?この推理で納得した?」
「ああ。これにて蒼井荘毒死事件一件落着!」
その数日後
警視庁に一枚の貼り紙が貼られた。
『伝令
本日より清水隼人巡査を刑事に昇進し、警視庁捜査一課の所属となる。 以上。』
へ?清水隼人って、あの清水!
いきなり肩を叩かれた。
「何よ・・・って清水!」
そこにはダンボールを抱えた清水がいた。
「清水じゃなくて、清水刑事だよ」
こいつが私のそばにいる限り、ろくなことは起こらない。
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