1 私、婚約破棄されちゃった

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1 私、婚約破棄されちゃった

「ええ! なぜ! どういうことだ!!」 家じゅうに響き渡るお父さまの怒声。 君子危うきに近寄らずっていうじゃない? きょうは一日お父さまには近づかないことにしよう。 私は現在メイドのブラウンに身支度を手伝ってもらっている最中だ。 どうして動きづらい、ピラピラドレスを着なくちゃいけないのかなあ。なんだったらブラウンのメイド服とかでいいのに。 動きやすそうでいいな。 じっと見ていたら 「ダメですよ。お嬢さまなんだから。公爵令嬢らしく、威厳を持って華やかに」 ブラウンがぴしゃりとたしなめる。 まあ、そうなんだけど。 こんな辺境の地の公爵家に誰も貴族の人なんか来ないし。辺境と言っても、正確に言うとここは交易の街で、別名「王都の台所」と呼ばれている。近隣外国との貿易の要にもなっているんだけど、王都からはちょっとというか、だいぶ遠いのよ。 私が不満そうにしていたのがばれたらしい。 「誰も見てないってことは誰かが見ているかもしれないってことなんですよ。そもそも、お嬢さまは王子の婚約者ですから。魔法は長けていらっしゃいますが、マナーはそこそこ。それでもよそのお嬢さまよりも……」 ブラウンのお説教が始まった。ブラウンは教育係兼メイドで、私の小さいころからそばにいてくれる大切な存在。そして、お父さま、お母さまについでブラウンの意見には逆らえないのだった。 「お嬢さま、お説教の内容をちゃんと理解してますか」 ブラウンのこめかみには怒りのマークが……。 「す、すいません。聞いてます」 ブラウンは私の質問に力が抜けたようで、大きなため息をついた。 「いいですか」 「はいはい。で、きょうはこのドレス?」 私はさっさと着替えてしまうことにした。 ブラウンはもう一つため息をついて、背中のボタンをしめてくれている。 小さい時から、私は王子の婚約者でした。そういう習わしみたい。 詳しく言うと、公爵家に女子が生まれたら、王家はそこから妻を娶るという規則があって……。 自動的にわたしは婚約者持ちになっちゃったのよね。ほら、公爵家がよその国に寝返りされたら困るし、それなら血縁関係つくっとけっていう意味。 でも、私、お父さまとお母さまの本当の子ではないの。お父さまとお母さまは結婚してなかなか子どもに恵まれずにいたところ、うちの門のところに赤ちゃんが置いてあったんですって。 それが私です。私のことを守るように一緒にいたのが、私の部屋で、ででんと寝そべっているこの白いもふもふの犬のマカミ。一応守護神です。 当時はまだ小さかったらしいんだけど、今はとっても大きい犬になりました。わたしの親友兼ボディガード。 子どもが欲しくてしかたがなかったお母様とお父様は、それはそれは私のことを可愛がってくれて。 それでも、きっと今頃この子を捨てた親は後悔しているだろうって本当の親を探してくれていたのだけど見つからず……。わたしのことを養女にしてくれたの。 そのうち、弟のフィリップが生まれたのだけど、私は弟ラブになり、お父様もお母様も私たち二人を分け隔てなく愛してくれています。仲良し家族です。 弟のフィリップはね、ほんと見た目は愛らしい天使なのよ。可愛いの。青い目にふわっとした髪の毛。ああ、天使ってこんな感じって思うわよ。魔法薬の研究が好きみたい。頭もとってもいいの。 そうそう、婚約しているって言っても、わたし、一回も王子に会ったことないの。王都は遠いしね。 本当に結婚するのかしら。王子の絵は見ているのよ。うちの奥の部屋にありがたく飾ってあるの。ふだんはカーテンを引いて見えなくなってるけど。 それって、隠してるの? と思うかもしれないけど、ほら、畏れ多いじゃない? っていうことよ。そっちで解釈してね。 お父様は私のことは嫁にいかなくてもいい、のんびりここでみんなと暮らせばいいって言っているし。 お母様もわざわざ王太子妃にならなくても、ここで楽しく好きなことをして暮らせばいいわよという考え。 王都に行って、貴族社会に揉まれなくても幸せはあるってことよ。 とはいえ、私は18歳。貴族の娘たちは15歳から18歳のころには結婚しているから、婚期を逃しつつあるといえるとおもう。たぶん、このままだと立派な独身になります。 相手が結婚したいっていうならするけどさ。結婚って一人でするものでもないし。王子がまだしたくないっていうなら、わたしが催促するのも変だよね。 はっきり言えば、王子がいなくても特に困ってないし、今結婚しなくてもいいかなって思うのよ。お父様とお母様、フィリップと離れるなんて、考えられないわ。 と、考え事しながら、適当に髪の毛をブラッシングしていたら、ブラウンにバレてたわ。 ブラウンの目が怖い。 ちゃんと真面目に髪の毛の手入れをします。はい。 「うちの娘がどうして! 何を考えている」 お父様、うるさい。一階のサロンにいるのかしら? 窓が開いているのかもしれないわ。お父さまの怒鳴り声が二階のわたしの部屋にまで聞こえてきます。 「何があったの?」 顔をしかめてブラウンに聞く。 「詳しくはわかりかねますが、今朝王都から早馬が到着しまして……。その件だと」 ブラウンは櫛とブラシを巧みに扱い、私の髪を結いあげてくれました。 私の金色の髪はさらさらしていて、扱いづらいの。しかもロングだし。重いし。いつもブラウンにお願いして、髪の毛をなんとかしてもらっている。 お気に入りはバサバサしない後ろで一本にまとめる結び方だけど、ブラウンが顔をしかめるので、ハーフアップスタイルが多いわ。 「森に行って魔法の練習するなら、ちゃんとマジックポケットの練習室でやってくださいね。手に負えないと思ったらすぐに連絡するんですよ」 ブラウンがかっと目を見開いて私を見つめるものだから、おもわず大きくうなずいてしまった。 ちょっと前にね、最大魔法量でどれくらい火が出るか試したら、森の一部が燃えちゃってね。焦ったわ。 ほら、限界を知るのは大事っていうじゃない? だから限界を調べていたんだけどさ。 ところが、最大魔法量を使っちゃった後だから、魔法量はすっからかんで、どんどん延焼しちゃうし。このまま森も家も燃やしたらどれだけ怒られるかわからないって状態になりまして……。魔法薬を飲んで、魔法量を復活させて、なんとか水魔法で消し止めました。 そしてお父様とお母様とブラウンとマカミに怒られました。執事のセバスには、ものすごーいジト目で睨まれました。ちーん。 「アリス……。お前の探求心はだれにも止められないだろうけれど、人に迷惑をかけてはいけないよ」 お父様は頭をかかえています。 「何かやらかしたら思念波で早めに連絡しなさい。その魔法はなんのためにあるの。手に負えないとわかったら、大人を呼ぶのよ」 お母様は呆れたように申しておりました。 はい、大変申し訳ございません。言い訳のしようがありません。 さすがに私もシュンとうつむいた。 数日後。お父様はマジックポケットを私にくださったの。 「うわぁ!」 思わず歓喜の声をあげてしまったわ。 「領地が火の海で、ラッセル家おとりつぶしとかは避けたいからな」 お父さまがボソっと呟いていますが、聞こえなかったことにしましょう。 このマジックポケットってすぐれものなの。いわゆる空間魔法の魔道具ってやつなんだけど。空間にポケットをつくる道具で、何でもない空気の中に違う世界の空間をつくることができて、その中になんでも入れることができるの。防火、耐水、暴風もばっちりだし。実は人間も入れちゃうんだよ。 ただ、むちゃくちゃ高いのよ、これ。国家予算一年分って聞いたことがあるけど、よく買ってくれたなぁ。 お父さま、ありがとう! 見つめていたら、お父さまは私の頭を撫でてくれた。 さっそくマジックポケットに魔法練習場を作り、その奥には自分だけの図書館を作ったんだ。本には耐火と防水の魔法を最大限かけてあるよ。 1年位前だったかな。本を読むのが好きで、片っ端から読むものだから、本の重みで屋敷の書斎の床が抜けちゃったんだよね。 ははは。今は書斎も修復されて、そこにはお父さまの本と限定された本しか置いてないよ。 マジックポケットには私の趣味の本も置き放題。もうパラダイス。 「なぜなんだ! アリスのどこが悪いんですか」 お父様がまだデッドヒートしている。なんか嫌な予感。いつも冷静なのに。 「こんなにうちの娘は可愛いのに!」 それ、王都からの使者にいう? 王都からの使者って、もしかして、王家のこと? 私は聞き耳を立てた。 「お嬢さま、はしたないですよ」 「だって……。私のことみたいだし、気になるんだもの」 「淑女なら動揺せず、涼しいお顔をなさらないと」 ブラウンは横目でちらりと私を見た。 「こっちこそ、お断りだ!」 お父様はブチ切れて、使者を追い払っているようだ。ドアをバンと開ける音がした。 お母さまは使者がうちの屋敷から出て行くのを見送っている。 私がバルコニーから下をのぞいていたら、お母さまに見つかった。うわ、お母さまの顔が怖い。心の底まで冷えちゃうよ。鬼の形相ってあんな感じなんだろうか。 お母さまは手で中に入っていろと合図します。 私は肩をすくめて部屋の中に戻りました。 「ほら、奥様に怒られたでしょ」 ブラウンはにこりと微笑みました。 マカミはあくびをしている。 私は「はあ」とため息をつきました。 「アリス! アリス!」 お父さまが階下から私を呼びます。 お父さまが執事を使って、私を呼びに来ないのは珍しい。やっぱりなにかあったの? 「はい、ただいま」 私は階段を駆け下りていきます。レディは急いでいても、もう手すりを滑ることはしないのです。 お父さまはホールまで来ていて、私が階段を下りてくるのを待っていてくれた。いや、監視していた? 「アリス、すまない」 お父様は私に頭を下げます。 ええ? どういうこと? 「どうしたの? お父様」 「婚約が破棄された」 「はあ?」 突然なんだけど。なぜ? どうして? 「だから、王子がお前との婚約を破棄した」 「はあ……、そうですか」 でも、なんだ、そんなことかと思う自分もいる。驚いたけどほっとしちゃったわ。会ったことないのに断られるとか、失礼だなとは思うけど。まあ、仕方ないかな。 「そうですかってお前。うちのアリスを傷モノにしたんだぞ」 いえ、傷一つついてません。大丈夫です。結婚しないだけですから。 お母様、泣かないで。そんなにショック受けてないから。びっくりしただけよ。 「理由はよくわからない。ただ、婚約を破棄してほしいと」 「どういうことなんでしょう。詳しく聞かないと納得いかないですわ」 お母様、綺麗な顔にしわが寄ってますよ。美人台無しですよ。 お母様は私を抱きしめます。 「かわいそうに。震えてますわ」 いえ、ぜんぜん。震えてなんかいません。ちょっとショックですけど。震えているのはお母さまの方で。お母様、怒りでプルプルしてるじゃないですか。 「ああ、納得できない。うちのアリスを傷つけるなんて」 お父様は顔が真っ赤です。イケメンが台無し。普段は爽やかな美形なお父様だから、イケオジ台無しっていうべき? 「お姉さまがどうかしたのですか」 うちの天使が心配して部屋から出てきた。 「フィリップ~」 私が愛の抱擁をしようとしたら、かわされました。 最近すばしっこいんだよね、さすが10歳。でも、負けないもんね。 フィリップの後ろをとると、私はフィリップを後ろから抱きしめ、フィリップの頭に自分の頬をすりすりした。 「お姉様、重い」 フィリップはあきらめたように言います。 「ああ、アリスの婚約が破棄されたんだ! ふーん」 フィリップの目がキランと光りました。 「どうして? 不思議だな。お姉様は見た目はとっても綺麗なのに。王子の目は節穴かな。魔法量はこの国一あるし。この国の台所を支えるラッセル家を敵に回したいのか」 ぶつぶつつぶやいている。 えっと、ディスられてる? 慰められている? ううん? みんなショックを受けているみたい。 私だってちょっとはへこんでいるのよ。だって、王子の婚約者にふさわしいようにって、それなりに教育を受けていたから。 ブラウンの厳しい指導、教育……。あの、つらい日々を私に返して。 王子といっても会ったこともないし、婚約破棄されても全然痛くも痒くもないわ。でも、王子だって私に会ったことがないわけじゃない? それなのに婚約破棄ってひどくない? もしかして、火事を起こしたのがばれたかしらね。ラッセル公爵家のアリスは変人って噂になっちゃったとか。 ありえるわあ。 王家との婚約破棄、ありがとうってことかな。これで私の人生、ゆっくりできるってもんよ。魔法を極めて、いろいろ試したいんだよね。 私がニヤニヤしていたら、ブラウンがキッとにらんできた。 すいません。 「王子と婚約破棄の後、だれがうちの娘と結婚するって言うんだ。もうアリスは18歳なんだぞ」 お父様、アリスは結婚しなくていいって言ってませんでしたか? 親の心は複雑なんですねえ。 「王子と同じくらいの方でないと、嫁にやれませんもの。困ったことになったわ」 お母様、うちにいていいって言ってませんでしたか? 「そうだな。それともアリス、公爵家を継ぐか?」 お父様に言われ、私はぶんぶんと首を横に振った。 「滅相もありません。公爵家はフィリップに」 私は顔をこわばらせながら笑みを浮かべます。 フィリップは心の底から残念そうな顔です。チッと言ったよね? 聞こえたよ、フィリップ。 私よりフィリップの方がネコかぶるのも上手だし。貴族社会とのやりとりとか向いていると思うんだよね。 私、とりあえず魔法研究がしたいし。ずっと魔法研究がしたい。 だから結婚できなくても、いいかな。 ちらっとお父様とお母様とフィリップを見ると、お父様たちは大きなため息をついた。 え? 結婚できなくてラッキーって思ってることばれちゃった?
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