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10 出発
王子に町案内というミッションをクリアした私は、次の日無事足りないものの買い出しも終えまして、現在、出発に向け、最終チェックをしております。
食料、よし!
水、よし!
調理器具、よし!
着替えも入っている。
マカミのお世話セットよし。地図もよし!
「さて、忘れ物はないと」
ブラウンとお母さまと一緒に、荷物は全て確認済みです。
マカミの背中に乗れば、目的地まですぐなんですが、今回はどこを開拓するか探るのが目的なので、なるべく自分の足で見る予定です。
疲れるし、大変だし、歩くのは……とも思ったけれど、町の人たちを誘致するのであれば、そんな無責任なことは言えません。
地図上ではいくつか候補地のあたりをつけてはいるのですが……。実際見ないとわかりません。なんてったって、黒い森付近なので、地図も信頼性が低いと私は考えています。
黒い森って、魔物や神が住むとか言われているところなんです。そこを好きで調査する人なんていませんからね。
あー、わくわくするわ。きょうは晴れているし、出発日和です。頑張っていきましょう!
「お父様、お母様、フィリップ、行ってきます。セバスチャン、みんなを頼みます」
私が挨拶をすると、お父様がうるうると瞳を潤せた。
「気をつけて行くんだぞ……」
お父様が手で涙を拭っていたら、お母様がハンカチを渡していました。
「お姉様、頑張って!」
フィリップも今日ばかりは素直です。
「ブラウン、アリスのこと頼みましたよ」
お母様は、お父様からそっと視線を外しました。
「はい、奥様」
ブラウンは軽く会釈しました。
それからブラウンはマジックポケットの中に入り、マカミもスタンバイOKです。
さあ、出発しますよ。張り切っていきましょう!
私とマカミはただひたすら歩いております。ブラウンはマジックポケットの中だし、しゃべる相手はマカミのみです。最初は鼻歌を歌っていましたが、レパートリーが無くなりました。
「ねえ、マカミ。暇だわ」
マカミは「ワフッ」とうなずきました。
今度もう少し歌を覚えておこうと思います。自然の音は豊かですが、ちょっぴり寂しいです。
仕方がないので、薬草を見つけたらポイポイ摘むことにしました。珍しい、マンゴドラの群衆や虫に寄生する苔など、黒い森入り口はなかなか面白い生態をしています。
さて、予定としては、今日はもう少し奥に進まないといけません。
マカミは全然疲れてなさそうで、ふさふさしっぽをフリフリしてます。あー、しっぽ触りたい……。でも、後にしますよ。自制です!
黒い森はウルア山とウメニ山が近いから、この辺の石も歩きながら気をつけて見ています。
たまにアメジストとか、ダイヤモンドの原石道に転がっていたりするの。びっくりでしょ。運がよければひと財産よ。ただし、土の塊の状態で落ちていたりするから気をつけて。
基本的に見つけた人のものだからね。見つけたら、私のものよ。
このあたりくらいまでは植物採集家や鉱物ハンターたちが歩いていることがあるんだよね。だから先に拾われちゃってる可能性もあるんだけど……。
もしかすると、あの、黒い馬と黒い髪の人は植物採取に来ていたのかも。王家と契約していたとか?
町の周辺の、豊かな土地が終わると、黒い森がうっそうと続き、エシュルマ山脈へと山が続きます。
山は金やダイヤモンドなどの資源にも恵まれているから、鉱物ハンターたちは、お目当ての石をよく探しています。見つけた石は問屋に集められ、そこから町の職人のところへ回っていきます。
トラウデンの職人は優秀で、繊細な彫り物や鋳物が有名で、工芸品や宝石加工品を作っています。
「ああ!」
サファイヤ見つけた! 子どもの手のひらサイズの石です。ちょっとだけ中を割ると、ほら! 青く輝いています。
こっちにはトパーズも。今日は豊作だな。
ああ、そうか! 森の奥に来ちゃったから……、ハンターたちも嫌がって近寄らない場所に来ちゃったのかも。
地図を見ると、やはりここは黒い森です。
もうすぐ日が落ちるし、今日寝る場所を探したほうがいいかもしれない。
「きょうは寝る場所を探そうか」
マカミも賛成みたい。うなずいていた。
「寝るとしたら……、どの辺がいいんだろう」
森の中は静かです。葉が風になる音しかしません。夕日が差し込んできています。
食料はあるし、水もあるので、安全性だけを考えれば……。ここでいいかもしれません。初日だしね。
マジックポケットを開くと、ブラウンが飛び出してきました。
「アリス様、今日の行程はおしまいですか?」
「うん、ここで野営しようと思うけど……」
ブラウンはあたりを見回しています。
「そうですね、いいかもしれません。寝るときはマジックポケットにしてくださいね。私は少し様子を見に、散歩に行ってきます。アリス様は休んでいてください」
ブラウンは楽しそうに散策の準備を始めました。
私はマジックポケットの中からお茶を入れる道具を取り出して、お茶の準備です。
マカミもごろりと地べたに横になろうとしていたのですが、目の端でその姿をとらえたブラウンはマカミをマジックポケットの中に追い立てました。
「ほらほら、真っ白いふわふわの毛が汚れちゃうから、中に入ってから休んで」
ブラウンに背中を撫でられ、マカミはのっそりと歩き出します。
おやつを取りにマジックポケットの中をのぞいたら、マカミはブラウンから貰ったおやつを食べながら、のんびりゴロゴロしておりました。
もふもふがくつろいでいる姿は癒されますなあ。
「きゃー」
散歩に行ったばかりのはずのブラウンの悲鳴が聞こえました。
「大丈夫?」
私は声のする方へ急ぐと、黒い馬がブラウンの肩に顔を摺り寄せていた。ううう。あれってまさか……!
「あ、ブラックナイト!?」
私、目が輝いちゃいますよ。ブラウン、でかした! さすがです。
「アリス様、この馬、なんとかしてください」
馬の鼻が近づいてきたので、ブラウンは困惑した様子です。
毛並みは艶々。筋肉の筋も美しい。
ああ、うっとりしちゃう。
「この馬、魔力があるブラックナイトだよ」
「アリス様……? どうでもいいですから、そういうの。うわあ、どうしてくっついてくるの?」
ブラウンは馬に追いかけられてくるくると回っています。
「ねえ、この馬、餌付けとかできないかな」
「ええー」
ブラウンは渋い顔です。
「どうして、いいじゃない? この馬、すっごくかっこいいし」
私はブラックナイトを撫でまくってます。いい手触りです。
ブラウンが右に行けば右、左に動けば左と、ピッタリとブラックナイトがついていくので、ブラウンはキャーキャー言っています。
「もう、アリスさま、なんとかして」
「ああ仲良しでいいな。うらやましい」
思わず恨みがましく見ちゃいます。
「野良の馬なんですかね?」
「まさか、そんなわけないでしょ。こんないい馬。もしかして逃げてきたとか?」
ブラウンと私は顔を合わせます。
「ブラウンはいいな、宝石の代わりに馬を拾って……」
私がうらやんでいると、
「もうその馬、返してもらってもいいかな」
黒い髪をした背の高い男性がやぶの中から現れました。
「王子!」
私は思わず口走っちゃった。
え? あれ? 黒い髪? えええ!
何度も男性の黒い髪を見てしまいましたよ。でも、顔や雰囲気は王子にしか見えません。そっくりです。
「よく気がついたね」
変装が見破られた王子は、なんだか照れています。
やっぱり! 王子だったんだ。
じゃ、この前の黒髪の人は……、庭師でも植物採集家でもなかった……。ただの王子ってことか。
なんだかそれはそれで残念だけど……、馬の持ち主に会えたということで、よしとしましょう。
「王子、髪の色はどうして黒いんですか?」
「魔法で黒く染めていたんだ。変装用だよ。ほら、目の色もちがうんだよ」
王子は私の方へ顔を近づけて、瞳を見せてくれました。ロイヤルブルーと呼ばれる藍色の瞳ではなく、黒い瞳になっています。
別に藍色でも黒でもよく見ないとわからないから気にしなくてもいいんじゃない? なんて思ったけど、言わないでおきました。
王子ファンにとっては大問題なのかもしれないけど、ぱっと見わからないよね?
髪と瞳の色を終日変えているなんて、すごい神経の細かい魔法だけど、よくやるなあと感心です。
「なんかちがうこと考えているでしょ」
王子は鋭く突っ込んできました。
「いえいえ、そんな……。大したことじゃありません」
ブラウンは私の顔を見て笑っています。ブラウンには私の思考回路はバレバレのようです。
「世のご婦人は殿方の瞳をのぞくことが好きですからね」
ブラウンがこっそり私に教えてくれました。
「言っとくけど、この馬は僕のものだから……、とりあえず返してね」
王子は手綱を引きました。
ブラウンから引き離され、馬はちょっぴり悲しそうにしています。
ブラウンは小さく手を振ると、馬は嬉しそうに首を振りました。
「まいったな、ブラックナイトをすっかり手なづけちゃうんだからなあ。ラッセル家の人間は……」
王子は顔をひきつらせています。
「やっぱり……、あの馬って、ブラックナイトなんですよね?」
私が食いつくと、王子は眉根をハの字にした。
「そこ? そこが最大の食いつきかい?」
「はあ、そこが気になっていたので…‥」
王子はがっくり肩を落としました。
「ああ! あと、なんで……、ここに王子がいるんですか!?」
今更だと思ったが、一応聞いてみました。
王子は脱力した模様。
「君は本当に面白いねえ。僕より馬なんだねえ……。はあ。はっきりと言ってしまえば、アリスの後を追いかけてきたんだ」
王子は宣いました。
「ええ? どうして?」
はい? 私の後を追いかけてきたって?
「どうしてって、アリス、出かけるんでしょ」
「……出かけちゃ悪いんですか」
もう開き直ってやるもんね。
私は王子に威張ってみました。
「悪くないけど、一緒にお出かけしたいなって思って……」
王子、めげません。上目遣いで私を見てきます。
くう、王子は鋼の神経にちがいない。わたしだって負けられませんよ。
でも、一緒にお出かけって……。
「ええ?」
もう一度私は聞き直します。
「だって僕たち親友でしょ」
王子はにこっと笑います。騙されませんよ、その笑みには。なんだってスマイルすりゃいいと思ってるでしょ。
「親友でも、黙って後をつけたりとかしませんから。いったい何が目的なんですか」
「アリスが、ラッセル家がどう動くのか、敵か、味方か知りたかったんだ」
王子は少し考えて、真顔で私を見ました。
「王子、それを言っちゃだめじゃ……」
私の方が慌ててました。王子、正直に言い過ぎでは? 王家の人でしょ。
「でも、アリスそういう駆け引きダメでしょ?」
「はあ。なんかだまし討ちっぽくて、いやです」
「じゃあ、しょうがないじゃないか。後をつけているのがバレちゃったんだから」
王子はいたずらっ子のような表情です。
はあ。もう何とも言えません……。どう抵抗すればいいんでしょう。
「でも、王子が直接私を追いかけなくても……」
「君を追いかけるのが僕以外なんて考えてもいやだよ。それに魔力の強い君だから対等に動けるのが僕しかいないともいえるし。それと、もう一つ……。カトリーヌから逃げるという意味でも有効だったんだよ」
王子はあははと笑いながら述べました。
それにカトリーヌ様から逃げるって……。あんた、自分の婚約者でしょ、意味がわかりません。
私は深いため息をついてしまいました。
王子のズボンは土で汚れていますが、ブラックナイトは……、元気みたい。よかった。
枝の間から見える空が、少しオレンジがかってきていて、キレイです。私がうっとりとみていたら、
「ここは静かすぎるんだよな。鳥も動物もいないだろ? さすが黒い森」
王子は不安そうにあたりを見回した。
「ブラックナイトは大丈夫なんですか」
「そこは王子、大丈夫ですかだろ」
王子はジト目で見てきました。
「ええ? じゃ、王子、大丈夫ですか?」
「気持ちが入ってないな……」
王子はどっと疲れたようです。だってねえ、あなたと私、他人ですよね。そして微妙な関係ですよね?
「この森、何かが変なんだ……。木が動いているような気がして、いま、実験を試みているところなんだ」
「え?」
だいたい、木が動くはずないじゃないですか。どんだけ臆病なんですかとはいえず、思わず冷たい目で王子を見てしまいました。
「今夜ここで野営するなら、安全を確かめないといけないだろう?」
王子は慌てて安全性を訴えます。いいんですよ、怖いなら怖いって言っても。
「そうですけど……、私、マジックポケットの中で寝ますから」
「はあ? そんなもの持ってきているの? というか、そこで暮らせるのか?」
王子は目を丸くしました。
「はい。それにマジックポケットがなかったとしても、私たちは空間切り裂き魔法で自分の家に帰ってもいいし。やっぱり睡眠って大事じゃないですか」
「……」
王子は白い目で私を見ます。
「ちょっとなんですか、その目は」
「冒険者として、そんなのずるくない?」
王子は食い下がります。
ええ? そんなこと言われてもねえ。持っている能力は使うべきなのでは?
「ずるくなんかありませんよ。自分の能力は最大限生かさないと。安心安全な旅を続けるのが責務ですから」
てへ、威張ってみました。
「そろそろ暗くなってきましたよ。お嬢さま、きょうは外でご飯にしますか?」
ブラウンは私たちの会話に割って入り、ブレイクするように促します。
「そうだね、せっかくブラックナイトもいるし、王子もいるから」
「……」
王子はじろっと私を見ます。
「王子もいるからさ」
大事なことは2回言いますよ。王子って2回言ったでしょ。ほら、いじけないでください。
「そうですね、アリス様。では、外で食事ができるようにご用意します」
ブラウンはいそいそとマジックポケットへ戻っていきます。
「さっき、怪しげな木の枝に布を巻き付けておいたが、ここまでくるだろうか」
王子は心配そうに見ています。
目を凝らすと、10mほど離れたところに布が巻いてある枝が数本見えました。
「木は動いていませんよ。だって木ですから、襲っては来ないでしょ」
王子、怖がりですか? とは言えません……。
「いや、動いている。さっきまで、あの木とあの木はもっと離れていて……、3本隣り合わせには巻いてないはずだ。やっぱり木が動いて、こっちに集まってきている。というか、俺を追いかけて来ている」
王子は真剣です。
「まさか……」
木が動くなら、素敵かも。
あの白い布をつけている枝ですかね? 普通の木の枝に見えるけど。観察してみましたが、わかりません。
「ああ、あれは魔樹です。ここ黒い森にしかいませんから、アリス様も初めて見るかもしれませんね。アリス様には守護獣マカミもいらっしゃるし……、アリス様自体この土地の者なので襲われることはありませんよ」
説明しながら、ブラウンがお皿を持ってきました。おいしそうなシチューです。お腹空いた……。
「本当に木が動いているの? すごい!」
「え? 信じてなかったんだ」
王子はちょっぴり傷ついた顔をしています。
すいません……。
「はい。この森自体、主のアリス様を歓迎してますから、問題なしです。気がつかれなかったのかもしれませんが、アリス様は黒い森に入ってからずっと魔樹たちに見守られていたんですよ」
「……、僕は?」
王子はブラウンに問う。
「申し訳ございません。王子はこの土地に縁がないため……警戒されております」
「だから、木の枝にひっかかったり、よくつまずいたりしたってことか」
王子はがっくり肩を落としています。
王子、ドンマイ。そういう時もあります。イケメンでも、王家の一族でもうまくいかないってこともあるんです。とにかく、ブラックナイトが無事で何よりです!
「王子はこれからどうされるおつもりですか? 夜も深まると、魔樹の魔力も増えますし、今夜はアリス様とご一緒にお泊りになる方が……」
ブラウンが提案すると、
王子もブラックナイトも目を輝かせました。
「ええ! いやですよ。若い乙女が男性と一緒なんて……。絶対反対!」
「ほほほ。二人きりじゃありませんし、大丈夫ですよ」
私の全力拒否にブラウンは冷たい笑みを浮かべました。
「でも、誰かに見られていたら……」
「だいたい、こんなところになんか、アリス様以外来ませんよ。見に来る人がいたら、逆に証人になってほしいくらいです」
「……」
ブラウンは私に有無も言わせません。
「このまま王子を見殺しにしてもいいんですか。王家の第一継承者ですからね、しかもラッセル領で死んだとなれば、大問題になりますよ。夜の魔樹はとても凶暴です」
「え? 俺、死ぬの?」
王子は戦々恐々としています。
「……、たとえ話です」
「最初の沈黙が気になるんだけど」
王子がブラウンにだいぶ慣れてきたようで、よかったです。
「……。夜はこの森自体魔力が増大するんですよ。ここはほぼ黒い森ですからね。気をつけないと」
ブラウンは口角を上げているが、目は笑ってません。
「わかりました。きょうは、王子はこちらにお泊りください」
私は観念して、野営にお招きすることにしました。
「危険なので、マジックポケットの中にも招待して差し上げてくださいね」
ブラウンはくぎを刺してきました。
「アリス様?」
「はいはい、わかりました」
ブラックナイトがうちにくるのだから、妥協も大切かもしれません。
次の日。朝食を食べて出発です。
「王子、いつまで私たちも一緒にいるんですか」
私はつい本音を出してしまいました。
ブラウンが私と王子の間で慌てています。
「ずいぶんな言い様ですね。僕は君が心配でついてきたというのに」
「どんな心配でしょうか?」
全く意味が分かりません。全然会ったことがないのに婚約破棄され、初対面で大親友。王子とは言え、無から有はあり得ませんから。
「僕は……アリスに会ったことがあるし、話したこともあるよ。アリスが覚えていないだけで……。それにずっと写し絵も持っていたし」
「はあ、うちにも王子の姿絵はありましたが」
「テンメル教会主のところで僕はアリスとあそんだことがあるよ」
「え?」
本当ですか? まるで記憶にないんですけど。
「あのさ、婚約破棄されたときも、君は喜んだんじゃない?」
「……」
思わず黙ってしまいました。ここは、きちんと嘘でも否定すべきでした。
「そんなに婚約が嫌だったなら最初か、嫌だって言ってくれればよかったんだ」
王子は不貞腐れています。
「言えませんよ! 王族にむかって。それに小さい時に決まったことですから」
「……言ってくれればよかったんだ」
王子は、「はあ」と大きくため息をつきました。
「どうせ君のことだから、この前は、自由になれてラッキーとか思ったんだろう」
ドキ! ヤバい。図星です。額から嫌な汗が生まれそうです。
「結婚できないかもしれないけど、まあいいやとか考えたでしょ」
ええ、まあ考えましたけど。だって、王子と会ったことないし、話したことないって思っていたもの。心のダメージは大したことはなかったです。将来の不安はありましたけど。
「王子だって、婚約破棄したくないって言えばよかったんですよ、そんなに言うなら……」
思わず、本音を出してしまいました。
「言えるわけないだろう。僕が熱を出して寝込んでいるうちに、王とリリアーヌと副教皇が勝手に進めたんだから。王妃だって後で知ったんだぞ。勝手に発表するわ、あのオヤジは……、あり得ん」
王子は悪態をついています。
「あの……、不敬罪では?」
あ、スルーされました。
「こんな黒い森に入れるのはアリスくらいだろう。諜報部員ですら入れないよ。僕の魔力をもってして、ようやくアリスに追いついたんだから」
「……。はあ、わざわざ、すいません」
いや、なぜ私がすまないって気持ちになるんだろう。騙されないぞ。
「でも、婚約破棄は……」
「今無効にすべく画策中」
王子は私を見下ろします。
「新婚約者は?」
「同様に、そっちも無効にすべく動いているよ。それなのにアリスは……。ラティファの誘いに乗るし。あいつ、ぜったい本気で兄貴を勧めるぞ」
「そんな、私の利用価値なんてありませんから、憐れに思ってお声をかけてくれただけだと思いますよ。社交辞令ですって」
あれは社交辞令です。いちいち本気にしていたら、身が持ちません。
「君は、僕のそばにいてくれるだけでいいんだ」
なんか、口説いてます? 何でしょう、この雰囲気。やばくないですか? 黒い森で腹黒王子に口説かれる。なんてね。
どう考えてもない……はず。やはり気のせいかな。
「アリス、君は僕にとって何ごとにも代えがたい人なんだ。君が例え誰であっても……」
そんなに懐かれるようなことしましたか? 首をひねりました。
たしかに小さいころに教会に遊びに行っていた記憶はあります。究極魔法の師匠ですからねえ。
「自分より魔力量が多い女の子が一緒に遊ぼうって声をかけてくれた。お菓子も分けてくれたのは君だけなんだ。だから僕は絶対君と結婚しようと小さい頃から思っていたんだ」
「え??」
そんなの、遠い記憶すぎて……。
ああ、確かに、そういえば。私より小さい男の子で、上等な服を着ていて、キラキラオーラの子……、教会にいたような、そんな気もします。
フィリップが生まれたころで、私はフィリップの面倒に夢中になっていたころかも。
あの頃から小さい子の面倒をみるのが大好きだったのよね。
ああ、思い出しました。あれが王子? うわあ、でかくなったな。男の子は大きくなるからなあ、全然わからないよ。
「これで僕の気持ちは伝わったかな? 僕は君と婚約したいんだ」
王子は微笑みました。
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