11 黒い森~魔樹とSUMOTORI登場~

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11 黒い森~魔樹とSUMOTORI登場~

黒い森の道なき道を歩きます。例のように魔樹はついてきますけどね。 立ち止まってチラッと振り返ると、魔樹たちも止まります。 ふふふ。旅は道連れって感じです。なんだか愉快になってきました。 立ち止まっては振り向いて……、立ち止まっては振り向いて……とやっていたら、うっかり動いてしまう魔樹もいて、私はケラケラと笑ってしまいました。 「お嬢さまだけですよ、魔樹で遊ぶのは」 ブラウンの冷たい目……。 すいません、でも、せっかくだし、置かれた立場は、例えどんなでも楽しまないとね! うう、王子は生暖かい目で私を見ています。 黒い森が終わるので、魔樹達ともそろそろお別れです。バイバイと手を振ると、うっかり動いてしまっていた魔樹が手を?枝を振ってくれました。 これからは普通の森を歩きます。 しかし、大きな岩や腐った樹が数本折り重なって地面を埋めていたり……、ちょっと歩きづらい感じ。 黒い森は魔物や魔樹が動き回るため、地面は比較的歩きやすかったのですが……。この辺は黒い森を恐れて、人が来ない場所なのでしょう。手入れがされていない。 究極魔法、使おうかな。このまま行くと、足を挫いたり、転びそうですからね。ケガをするのは主に私だけかなとは思うけど。 うーん、究極魔法を使うなら、王子に見つからないように気を使わないといけません。 「マカミ……」 面倒くさくなった私は気分転換にボスっとマカミの毛に埋もれてみました。 ふう。もふもふは癒されます。マカミはじっとしてくれています。 あーこのまま埋もれて寝たい。 「ああ、いいな」 王子のうらやむ声が! もしやチャンス? 「ねえ、マカミ? 王子も抱っこしてもらってもいい?」 そっと聞くと、マカミは鼻にしわを軽く寄せて、嫌そうにしています……。 「だって、歩きづらいからさ、究極魔法を使いたくって……」 理由を説明したら、マカミは大きなため息をつきました。 どうやら怒ってはいないようなので……、あきらめて王子も抱っこしてくれるみたい? 「王子、マカミをぎゅっとしてみませんか? 気持ちが和みますよ」 「いいの?」 王子は疑心暗鬼です。 「マカミからお許しが出てるから、大丈夫だと思いますよ」 私の言葉にマカミは目を閉じて聞いていました。 王子は嬉しそうにマカミに近づき、そっと白い毛を触りました。 「もっと、もっと触れますよ」 「すごい! 毛が長いんだね。ああ、あったかい。やっぱり……癒されるな」 王子はマカミを抱きしめました。 「ぎゅーもできますよ。ほら、こんなふうに……」 さあ、王子の気がそれているうちに、究極魔法を使いましょう。 目的は大木をどかしてもらったり、大きな岩を取り除いてもらうことなので、ちょっと大きくて、力持ち的な魔法がいいですね。 ならば、土魔法でしょ。道路をつくるし、相性もよさそう。 しっかり大きな力強い人形を思い浮かべます。がっしりとした、筋肉質で、背の高くて……。 うっかり異国の本にあった「SUMOTORI」を思い出してしまいました。 「究極魔法、土」 私が土に向かって召集をかけると、茶色の土がどんどん積み重なり、20mほどの土の人形「SUMOTORI」ができました。 うーん、ちょっと大きすぎた? なんか、服が違うかも……。おかしいな。 マワシというものの、構造がわからないし、想像もできないので、私のSUMOTORIは半ズボンを履いています。 髪型も詳しくはわからなかったので短髪です。 うーん、変ですね。これではうちの領地にいる普通の人では? 何かが違う……。 まあ、私がSUMOTORIといえば、彼らはSUMOTORIなのです。スペックは覚えていたので、大丈夫です! ここは完璧! この先、足場が悪くなってくる予感がするので、問題なしでしょう。 土人形としてよいものを作るコツは、細部まで設定すること。そしてそれをイメージ化することです。お時間のある方で、作ってみたい方は、ぜひ、「SUMOTORI」作ってみてくださいね。 地図を見ると、川が2つほどあるって書いてあります。 このまままっすぐ行くと2つ集落もあるようです。 大きな岩や木が横たわっていたら、どかしておいてもらえるように、土人形へ命令します。 土人形はこくりとうなずくと、私の前からとっとっとっとっと、走っていきました。 ここ数日は雨は降っていませんが、ところどころぬかるんでいます。木の幹には泥の線がついていました。 「しばらくまとまった雨が降ってないのに、変ですね。まるで水害でもあったみたい」 私たちは顔を見合わせました。 先を歩いていたブラウンが振り向きました。 「この辺は昔から川の氾濫が多いところで……、山に近いために天候が変わりやすいんです。山から大量の水が川に流れ込むことも多いようですよ」 「大変そう……」 初めて知りました。過酷な環境なんですね。 「川の水が肥沃な土を山から運ぶと言いますが、毎年、2度、3度と洪水が起きては作物は育たず、農民は飢えるばかりです」 「それは……そうだな」 王子は言い淀みます。 「もっといい場所に引っ越せばいいのに……。と言っても、しないってことはできないってこと?」 「はい。移動禁止令がきびしくなったというのもありますし……、最近川の流れが変わって悪化したというのもあると思います」 ブラウンが説明してくれました。 難しいですね。川の流れですか……。 川をにかかっていた、細くて頼りない、簡易的な橋をわたり、私たちは集落にたどり着きました。 「ようこそ。何かお困りですか? こちらにご滞在しますか?」 若い女性が話しかけてきた。 「この村の様子を聞かせてくれ」 王子が女性の顔を見ると、女性はポッと頬を赤くした。 王子のイケメンパワー、発揮ですね。ニヤニヤしていたら、王子に睨まれました。 「では、まとめ役のシタラのところにご案内します」 私たちは女性の後ろを歩いて、まとめ役のシタラのところに行くことになりました。集落はとても裕福とは言えなさそうで、どこの家の壁も泥水の跡がついています。 ここでの生活は、厳しそうに見えます。 「山崩れが起きてからではないかと思うのですが、ここ何年か、洪水の被害が増えたんです」 シタラは深いシワが額にある、中年の男性です。 「なるほど……」 「エコン川がもうすこし穏やかな川ならばよかったのですがね」 シタラはため息をつきます。 「あなた方は……」 「ええっと、旅をしているところで……」 私がゴニョゴニョ言っていると 「視察です」 王子が隠さずに言ってしまいました。 シタラは顔を輝かせます。 「ぜひ、この窮状を都へ、王へお知らせください。そして何か手を打ってください」 王子は思いっきりうなずきました。 しばらく歩くとまた川がありました。先ほどと同様、簡易的な橋が架かっていました。 もしかすると、何度も橋が流されているのかもしれません。 周りを見渡すと、ここもさっきのシタラのところの集落とさほど変わらない感じがします。地面は何となく湿っていていて、岩や木には泥の線がついています。 少し歩いていくと、青々とした葉がある畑が続いていました。 「すいません。この集落のまとめ役にお会いしたいんですけど」 畑にしゃがみこんで作業していた若い男性に私が声をかけると、男性は立ち上がって「あっちに行くと、茶色の屋根の家がある」と教えてくれました。 「こんにちは。この集落の……、まとめ役だと聞いて来たんですが」 ドアをノックしてみました。 ちょうど休憩していたみたい。初老の男性、マイヤがドアを開けて対応してくれました。 「あんた、どっかでみたことがあるな……。トラウデンの町で……、あんた、ラッセル公爵の娘だろう」 マイヤが私を見つめました。 「……はあ、よくご存じで」 「先々月、トラウデンへ行ったからなあ。税金を払いに」 マイヤは苦々しそうに言いました。 「すいません。恐れ入ります」 ちょっと遠いですよね、ここからトラウデンの町は……。 「水害で悩まされていると聞いたのですが……」 王子が話を切り出します。 「山が崩れてからか、最近山から水が勢いよく流れてくるんだ。エコメ川が反乱を起こしてなあ……。メコイ川も同じだから、隣の集落のシタラにも聞くがいいよ」 「はい、シタラのところは、先に聞いてきました」 「そうか、この辺りは……育てても、水のせいでなかなか収穫できなくてなぁ」 悲しそうにマイヤは続けます。 「ところで、お前ら、ここにいったい何しに来たんだ? ここは何もないぞ、貧乏だからな」 「視察です」 王子がきっぱりと言うと、マイヤは顔をしかめた。 「視察か……。お前らに何かできるとは思えないけどな。まあ、王都へ報告して、何とかしてもらってくれ」 マイヤは大きなため息をつきました。 みると、家の中も薄暗く、なんとなく湿っています。 「先週も川の氾濫があり、運悪くここも浸水して……。ようやくこの家から泥をかきだしたばかりだよ」 「何かお手伝いすることはありますか?」 「ラッセル公爵のお嬢さんには何もできないよ」 けんもほろろに断られました。 がーん。 私、けっこう頑張れば何かできると思うんですよ。 しかし、お父様の名にかけて、これは何とかしないといけません。 私たちは実際川を見てみることにしました。 下流に少しいくと2本の川はまとまって、川岸も広がり緩やかな流れに変わっていました。 問題は上流にあるようです。 今度はどんどん川をのぼってみることにしました。エコン川もエコメ川もかなり蛇行していて、上流では大きな岩が流れを変えていました。 もともとエコン川とエコメ川は一つの川が源流だそうです。うーん、どうしたらいいでしょう。 「なるほど、たくさんの大きな岩が山から落ちてきたから……、川の流れが2つに分けられたというわけだ」 王子は大きな岩の上に腕を組んで立っています。銀色の髪が山からの風にそよいでいます。 なんか、ヒーローに見えないこともないですが……。 いえいえ、これ以上突っ込まないでおきます。王子が調子に乗るのも癪です。 河原には、王子の身長よりも大きな岩が何十個と転がっています。 私たちは山歩きに疲れて、岩の上に座りました。 ブラウンがマジックポケットからうちの厨房長が作ってくれたマドレーヌと麦茶を出してくれました。 甘くておいしい。疲れた体に糖分が染み渡る……。 冷たいお茶、最高です! お茶を飲みながら、ぼーっと川の流れを見ていると、意外に泥水で濁っていました。 「まだ、地盤が緩んでいるのかもしれませんね」 ブラウンが心配そうに山の方を見ます。激しい雨が降ったり、長雨になったら、また地滑りがあるかもしれません。 もとは1本の川なんだから、中流もまた1本にすればいいかな。 「まずあの岩たちが、邪魔なんだよね」 王子は指を指します。 「そうですね。あの岩がなかったら……。少しは水の勢いが収まるでしょうか」 椅子にしている岩をペシペシと叩いてみました。いい音がしますね、なんてね。 「いくらか流れは変わると思うけど……、岩をどかしただけじゃ、やっぱりダメだと思う。この蛇行している部分を解消しない限り、2本の川はこのままずっと氾濫しつづけるだろうね」 王子は渋い顔をしています。 「いつか、大雨が降って、エコン川もエコメ川も同時に氾濫したら……、この2つの集落は飲み込まれてしまう可能性がありますね」 ブラウンが地図を広げてくれました。 「じゃ……、蛇行をゆるやかにして、1本にしたら、どう? 堤防を作って、川の流れを変えればいいよね」 王子とブラウンの顔をみくらべます。 やっぱり使うなら究極魔法土? それとも水魔法? たぶん、できるはず。 「それは……、一本にした方がいいとけれど……。時間も人手もかかるぞ、本気か?」 王子は眉をしかめます。 「うん、……わかった。じゃあ、まとめ役のシタラとマイヤを呼んできてくれる? 計画するわ」 王子も賛成してくれたし! あとはなんとかなるでしょう!! どういう川の流れがいいかな。 ブラウンから受け取った地図で、理想の川の流れを見つけます。 うーん、この辺りでしょうか。指で辿っていきます。それとも、このラインがいい? 「ねえ、アリス、川を1本にするって言ったけどさ……」 「はい。言いましたけど」 私は王子の顔を見る。 「できるの? というか、アリス1人でやるの? そんな魔法量あるの? 大丈夫なの?」 王子は不安そうにしています。 「大丈夫ですよ。たぶん、すぐできます」 「え? アリスが倒れたり、ケガをしたりなんて、僕はいやだよ」 「ぜんぜん、ほんと、大丈夫ですから」 王子は私の目を見つめて、私の髪を撫でます。 うう、なんですか。王子、近いですよ。 鎮まれ、私の心臓。ああ、耳まで熱い。きっと私の顔も赤いにちがいありません。 このくっつき方って、変じゃないですか? とは突っ込まず……。 とりあえず、ちょっと姿勢をずらしてみます。うう。寄ってきます。 もう、恥ずかしいんですけど。 困ったなあ。こういうときどうすればいいの? 王子を見たら、王子は天使のごとく純粋な笑顔で私を見返してきました。 あれ、私が邪心の持ち主なの? 一瞬、意識しすぎなのかと思ってしまいました。 いやいや、そうじゃないよね。ぜったい近いですって。 もう王子には負けました。 これ以上何もしないなら、そっとしておきます。気にしないが一番です。たぶん。 「こういう工事はすごく危険で、時間がかかるし……、難しいよね」 さすがの王子も不安そうです。 「少し緩やかに曲がってしまうかもしれませんが……、いけると思います。がががって掘って、こっちに水を流せばいいから……」 「アリスの能力なら、できるとは思うけど……。手伝いが必要なときは手伝うからね」 王子は私を見つめ、頬へ手を伸ばしてきました。 「……お心遣いありがとうございます。が、がんばります」 心頭滅却すれば火もまた涼し。 がんばれ、私。集中するんだ! ブラウンが集落の長たちを呼んできてくれました。 ありがとう、ブラウン。助かりました。 「以前の川ってどうだったんですか」 私が尋ねると、シタラもマイヤもブラウンから事情は聴いているようで、真剣な表情で迫ってきます。 「あんた……、本気でやるのか? 自分ができると思ってるのか?」 「それとも、そこの、若い兄ちゃんがやるのか? エライ人なんだろ」 二人は不安を口にしました。 「いえ、僕ではなく……。彼女がやります」 私に対する粗野な態度に、むかっと王子はしたようです。 ちょっとだけ、腹黒笑顔がでています。 「はい。おそらくできると思います。少し、お時間を頂くと思いますが」 私が答えると、シタラとマイヤはバカにしたように笑い出しました。 「できるわけないだろう」 「俺たちだって、努力したんだができなかったんだ。おまえ一人でできるわけない」 2人から罵られているようで……、腹が立ちましたが、仕方がありません。 人は見かけで判断してはいけないんですよ。習いませんでした? と言うのも面倒なので、行動でお見せすることにしました。 王子がこの場にいるので、少し躊躇いましたが、長い旅の中、一緒にいたら、いずれ私が究極魔法を使うことはばれてしまうでしょう。テンメル教会主のところに行っていたというのだから、もう私が究極魔法を使うことも知っているかもしれません。 開き直りも大事ですよねえ……。腕まくりしようとしたら、ブラウンにカッと目を見開かれました。 すいません……。ええ、おしとやかにですね。 大きく息を吸い、邪念を捨てます。二、三度深呼吸をすると、周りの音が聞こえなくなりました。 「究極魔法・水、上流の水を球体へ」 山の上から流れている水を一時的に球体に閉じ込めておきます。さて、これがいっぱいにならないうちに……。 「究極魔法・土、土人形よ、岩をどかし、土砂を除去」 今回の土人形は大きなSUMOTORIを10人ほど作ってみました。大きな岩をどかすため、SUMOTORIは20mほどの大きさにしてみたけど……。ふむ、サイズ感的にはあってたみたい。あっという間にゴロゴロと大岩を転がしながら、川の両岸へ押しやってくれました。 「シャベル、つるはしを作成。SUMOTORI、これで川底を掘り、土砂をどかして」 命令をすると、SUMOTORIたちは川を二手に分けていた中州の部分を掘り始めました。 うんうん、なかなかいい感じです。 「ねえ、王子? これでいいと思いますか?」 振り向いたら、王子は唖然としていました。 すいませんね、驚かせて……。王子は私の視線を感じて慌てて笑みを浮かべました。 「うんうん、それでいいと思う。相変わらずえげつない魔法だねえ」 「……よかったです」 ぐっ。相変わらず、えげつないって言われましたよ。相変わらずって、なんですか。これは日々の努力の結果ですからね。みんなも毎日ぶっ倒れるまでやれば限界突破できますから。私が変ってことじゃないですからね。 マカミは毛づくろいしながら、静観しています。マカミにとっては、こんなことは私のいつもの修行風景と何ら変わりないので、退屈なのかもしれません。 ブラウンはブラックナイトにニンジンをあげて、ブラッシングしています。 私も、もう一回、休憩させてほしいなあ。おやつ、食べたい。小腹が空いたなあ。いいな、ブラックナイト、うらやましいぞ。 「さてと。そろそろいいですかね」 取り除いた土砂が両岸に積みあがっています。この土砂、もったいないから、これを両方の岸に積んで、堤防をつくりましょう。 「SUMOTORI、土砂を川岸の土手へ。高く積んで」 SUMOTORIたちは土砂を固め始めました。 「究極魔法・風、土砂の水分を飛ばして」 川の両岸に二手にした風をあてて、土砂を乾燥させていきます。 「こんなもんですかね? あ、あの山の辺りを私の拠点にしてもいいですかね」 ふう、いい仕事したつもりですが、どうでしょう。 「ああ、もちろんだ」 許可が出たので、ちょこちょこっとSUMOTORIを使って拠点の準備をしちゃいますね。 あれ? シタラとマイヤの声が震えている? どうしたのかと振り返ってみたら、シタラとマイヤの顔色は土気色をしていました。 「なんなんだ、あんたは……」 「あんた、人間か?」 シタラは私の顔を見て、マイヤは少し後ずさりします。 そんなに恐怖を感じないでください。傷つくじゃないですか。見た目通り、か弱い女子ですよ? 「もともと、生まれついて魔法量が多いだけですよ」 しかし、失礼ですね……。大袈裟ですよ。 規格外と言われますが、人間かと聞かれたのは初めてです。 「大丈夫、彼女は僕の親友です。何もしませんよ」 王子が私の肩を抱きました。 「貴方は……」 シタラとマイヤはきまずそうに顔を見合わせ、王子の顔を見つめました。 「ハトラウス王国の第一継承者のアンソニーです」 「ということは……。王子ってことか」 シタラとマイヤは「恐れ入りました」とばかりにお辞儀をしました。 話が通じやすくなったようで……、何よりです。 あとは、川の流れを確認して終わりです。 「水魔法、解放。ゆっくり放出して」 球体の水が少しずつ溝に注ぎ込まれていきます。 新たなる川の流れが完成です。 「こんなもんでいいでしょうか?」 「はああ。いたく感謝します」 シタラとマイヤが私をあがめるように見ます。ここまで態度が変わると逆に嘘くさいですが……。分かりやすいと思っておけばいいですかね。 「すいません……、あの、ついでになんですが……」 シタラがちらちらとマイヤをみて、マイヤもシタラを確認します。どうやらお二人の意見のようですね。 「はい?」 「あの、すいません! 橋もお願いしたいのです。よろしくお願いします」 シタラとマイヤは勢いよく頭を下げました。 「そうですね! そうしましょう」 SUMOTORIたちに木を取りに行かせ、橋を二本かけました。 さすがに、私もだいぶ疲れてきましたけど……。もうお仕事は一段落ついたって思っていいかな? 「お礼にといってはなんですが、集落を上げて感謝させていただきたいと思います」 シタラとマイヤが誘ってくれました。 やった! これで少し休めます。 明るい展望です。 ブラウンに行ってもいいか確かめると、うんと首を縦に振ってくれました。 宴も終わって、英気も養った次の日。 私たちは1本にした川の流れを見にいって、治水工事に異常がないことを確認しました。 ホッとしました。こんな工事したの初めてですからね。 「で、これからお嬢さんたちはどこにいくんだ?」 マイヤが不思議そうに聞きました。 「そうですねえ、海辺の町・リマーまで行こうかと考えているんですけど」 「リマーか。陸路だとけっこう遠い上に、危ないって聞くぞ? 川経由ならそんなに時間はかからないが……」 シタラが不安そうに私をみました。 「まあ、マカミもいますし、ブラックナイトもいますから」 私はマカミの背中をポンポンと叩きます。 こう見えて、私、歩くのは得意なんです。疲れるけど……。 「いろいろ規格外なお嬢さんだから、大丈夫だと思うが……。気をつけて旅をしろよ」 「はい。ありがとうございます」 企画外という言葉は聞かなかったことにします。 「王子もしっかりお嬢さんを見張っておかないとな」 シタラとマイヤがワハハと笑いました。 なんですか、その笑いは。見張るとか失礼だなあ。何も悪いことしませんよ。 さあ、出発です。私たちはそのまま川に沿ってリマーまで行くことにしました。 船はないので、もちろん歩きでです。陸路確保と領地拡大が目的ですからね。頑張って行きましょう! 川はだんだん川幅が広くなり、ゆったりと流れるようになっています。 川岸には、鹿や野生の馬が水を求めに来ていました。 野イチゴやブラックベリーも美味しそうになっているので、少々手を汚しながらつまみぐいをしつつ進みます。 「あ、アリス様、そんなとこで手を拭かないでください」 うっかりスカートで手を拭ってしまいました。 すいません……。ベリーの汁はなかなか洗濯で落ちませんからねえ。 ブラウンの注意が何回か飛んできましたが……。せっかくおいしそうに実っているんですからね。食べないわけにはいかないじゃないですか。 とりあえず元気よく「はーい」と返事をしておきました。 やばい、額の血管がピクピクさせて、ブラウンが怒ってます。 この服、おしゃれ外出着じゃないし、汚れてもいい服装だし……、ええ、汚しちゃダメなの? お行儀が悪い? 「アリス様、これでどうぞ。はい」 ブラウンは汚れてもいい小さな布をくれました。 ええ? 私だけ? 私、食べるの、下手くそってことですか! 王子は楽しそうに私たちを見ていました。 もう、王子の分も食べちゃいますからね。 この道を海辺の町リマーへ続くようにしないといけません。ただ道を作るのは簡単だけど、領地経営を考えながらに道をつくるとなると、途端に難しくなります。 なんだか今進んでいるこの道は、次第に狭まっているような……。この辺りはあまり人が通らないんでしょうか。 トラウデンと海辺の町リマーに通じれば、ここを町として発展させると中間地点として貿易商たちも喜ぶでしょう。黒い森を通らずに行けますしね。川が荒れる時期は陸路が使えますし。 (リマーまでなるべく短い距離で、高低差のない道がいいよなあ。うーん) 地図とにらめっこです。 ここの草原を突っ切れば、リマーへは、歩いていけば2日もあれば着くでしょう。馬車なら1日です。こんないいルートがあるのに、今まで道がないっていうのはどういうこと? 地図には何も情報は載っていません。 穴が開くほど見たけど、ぜんぜんわかりません。 王子もブラウンも、ここから先は未開拓の土地のため情報は持っていないと言っています。 うーん。どうしよう。サクッと空間切り裂き魔法で、草原を見てくるっていうのもありなんだけどね、たしかにそれが一番早いの。 でもね、魔力が少ない人、大きな荷物の運搬にこの道が使われることを考えると、やっぱり私が歩いて様子を探るしかなさそうです。 「草原を通ってリマーまで歩くけど、いいかな」 マカミに聞いてみたら、「ワフっ」て一言。OKらしいですね。ブラウンはニコニコしているので、異存はなさそうです。 王子はというと、後ろを振り向いたり、横をじっと見つめたりしています。 「……何かありましたか? これからリマーに行きますが、王子はどうしますか?」 王子はさっきから落ち着かない様子で辺りを見回しています。 その不安そうな顔は……。どうしたの? 思い返してみれば……、この状態、知ってます。 魔樹の時とおんなじ! これって、絶対なんかあるでしょ! 思わず王子の顔をガン見です。 「何が気になるのですか。白状してください」 詰め寄ってみました。 ええ! 王子、ポッと赤くならないでください。なんですか、嬉しそうにして……。違いますから。これって、壁ドンとかの類じゃありません。ちょっと、恥ずかしくなって、耳が熱くなってきました。 ああ、もやっと変な気持ちになるでしょ。眉間に深いしわができそうです。皺だらけになったら、責任取ってくださいね。 「あのさ、アリス、変わった服装の人が数人、そっと、こっちを伺っているの、気がついてる?」 王子が真顔になりました。 壁ドンじゃないって分かっているなら、最初から普通に対応してください。 「え? そうなんですか」 全く気がついてませんでした。すいません……。 「アリスは何かに夢中になると、気がつかないんだねえ」 その残念そうな目、やめてください。傷つきます。 私は全集中で領地拡大を考え、開拓するんですから。 「そうなんですよね、アリス様は……、同時進行が苦手なんです。王子は得意そうですね」 ブラウンは今までにない笑顔です。怖い。ぜったい王子推ししようとしているでしょ。 そうは問屋はおろしませんよ。だって、もう忘れているかもしれないけど、カトリーヌ様がいるんですからね。 カトリーヌ様……、今度ブラウンにも会わせてあげたいです。会う機会はたぶんないと思うけど。しかし、変わった服装の人ね……。確かに木々のあいだに数人赤いマントが見えます。暑いのに、マントを着ることは滅多にありません。それに、赤というのも気になります。 先日、トラウデンを王子に案内していた時も、赤い変わった服装の男性に襲われましたっけ。 あの人たちと同じ仲間なのかもしれません。 私たちの視線を感じたのか、彼らは一定の距離を詰めようとはしてきません。 「黒い森での尾行は避け、黒い森の出口付近でで待っていたのでしょう」 ブラウンはやれやれとばかりにため息をつきました。 「じゃあ、土魔法も……」 「おそらく、見られたでしょうね……」 私とブラウンは大きく息を吐きました。 見られちゃったのなら仕方ありません。聞かれない限り、答えないようにして、開き直るつもりです。 だって、王子にも見られちゃってるし……。もう、いいやっていう気持ちも半分以上です。 「彼らの目的はなんでしょう」 「そうだね、おそらく……、僕らの見張りかな」 王子は顎に手を当てて考えています。 「えええ? 何の見張りですか? まだ何もしてませんよ」 いま、領地拡大のための視察ですからね。 「アリスが僕に迫らないようにってことじゃないかな。僕としては大歓迎なんだけどね」 王子は嬉しそうに目じりを下げ、とても晴れやかな笑顔になりました。 ええええ? 誰が王子を襲うんですか! いや、迫るんですか! 私がですか? えええと、なんで……。 一瞬思考が停止しちゃいましたよ。 やめてください、その腹黒そうな、笑顔……。 今までのことを思い出しますと……、ああ、恥ずかしくなってきました。撃沈です。顔が沸騰するくらい熱いです。 「いやいや、私が迫るとかありえませんから」 そうそう、そんな恥ずかしいことできません。 だいたい王子には新婚約者がいるんですから。 「アリス、そんなこと言わないでください」 王子から甘く切なそうに抗議の声を上げました。 「僕の気持ちは分かりませんか? だいたい僕は最初からアリスがいいって決めていたんだから」 そんなこと言われたら、私はどうしたらいいの? 鳩尾のあたりがキューとなります。なんだろう、この感情……。 ちらりと王子を見ると、王子も耳まで赤いです。 ダメダメ。いま、そんな状況じゃないですよね。 私は首を振ります。 現在カトリーヌ様が婚約者じゃないですか。 「とにかく、いまは領地拡大のために先を急ぎましょう」 ああ、また、領地拡大って王子の前で言っちゃったよ。 自分の口の軽さに嫌になります。領地拡大ってバレたら、税金をとられてしまいます。 私があたふたしていたら、 「大丈夫。最初から分かっていたから」 と、王子に肩をつかまれてしまいした。 もう全部バレていたってこと? はあ? これまでの私の気遣いは何だったんでしょうね……。なんだか疲れちゃいました。 「僕たちはいつも一緒だよ」 王子はあでやかに笑います。笑顔が黒いですよ、見た目は爽やかなのに……。 ブラウンは近くでしたり顔です。 そう、うまく事は運びませんからね! 三角関係発生中ですから。 「アリス様? あの者たち、どうしますか?」 ブラウンは距離を置いて見ているマントの男たちを確認しました。 「そうねえ。厄介になる前に、今やっちゃうって方法もあるんだけど……。それも面倒だし。放っておくっていうのでいいかな」 「え? そんなんでいいの?」 王子はびっくりしています。 「別に、後をつけたければ、つければいいんですよ。私にやましいところは何もないんですから」 「えええ? やましいこと、僕としては歓迎だけどね」 したり顔の王子です。 「もう……、そんなの聞こえませんよ。とりあえず、平和にすごせりゃいいんです。襲われたら闘いますが、向こうから来ないなら捨ておきましょう」 それよりさっさと歩かないと。 こんなんじゃ、私の神経がリマーまで持ちません。王子が近くにいると、顔が赤くなって、全身が熱くなって、ドキドキするんです。 きっと、緊張しているからです。そうにちがいない。断じて「恋」とかじゃないですからね! たぶん……。きっと……。 「まあ、SUMOTORIをみて、アリス様を襲おうっていう輩はいないでしょうね……」 ブラウンは、かわいそうにとばかりに、後ろを見ました。同情は不要だと思うんですよ。もしもし、ブラウン? この草原は大変見晴らしがいいのですが、その分、隠れようがないんです。野盗など悪い人たちに襲われたらひとたまりもありません。 私も普通の人ですからね……、ここは用心しないといけません。 え? 私も普通の人なんですよ? そうだ! そろそろブラックナイトを外に出してあげてもいいかな。草原だし、きっと喜ぶに違いないですよね! 「ちょっと散策してくるよ」 王子はブラックナイトに誘われて、辺りを見てきてくれるって。 よろしくお願いします。 でも、ちょっと待って。なんか臭うんだけど。 どこからともなく漂ってくるのです。 こんな匂い、嗅いだことがない。 「きゃー、黒いシミが!」 泥が服についていたらしく、ブラウンが悲鳴を上げました。 「なんなんですか、これ、落ちない。アリス様! 危険です。これ、すっごい危険」 ブラウンは少々パニック気味です。綺麗好きですからね。服に付く泥跳ねが気にいらないみたい。 あれ……。たしかにこの黒い泥、取れない……。しかも臭いです……。 「あとは任せて! ブラウンはマジックポケットで夕飯の支度をしてくれる?」 「お嬢さま……、お嬢さまひとりで大丈夫なんですか?」 ブラウンは申し訳なさそうな顔をします。 適材適所という言葉もありますからね。ブラウンには美味しい夕飯をお願いしましょう。 この黒い泥、もしかして、もしかして……。私には思い当たることがあるのです。 「大丈夫よ。マカミもいるし」 ブラウンは、はっとマカミを見て、目を丸くしました。 「マカミが……。いやああああ」 ブラウンの悲鳴にびっくりです。慌ててマカミを見つめます。いや、マカミさんは生きてますけど。元気そうですけど? 「泥で白い毛が。ああ、しかも草の種まで毛にくっついて」 ブラウンはショックを受けています。マカミの毛が臭くなりそうです。 「あとで、ブラッシングするし、ちゃんとふわふわに洗ってあげるから」 「お嬢さま、絶対ですよ?」 ブラウンは涙目で私をジトっと見ます。 「寝る前には、マカミをきれいにしますから大丈夫です。香油は何がいいか、ブラウンが決めてね」 ブラウンはほっとしたようにマジックポケットに入っていきました。 この泥をなんとかして、道を作り、歩きやすくしたほうがいいですよね。私は大きな岩に寄りかかり、地図を広げてルートを探りはじめました。 トラウデンの町からここまでと、ここからリマーまでか……。なるべく平坦なところで、安全な道がいいけれど。今までどうして太い道がなかったんだろう?  この黒い泥のせいかな。 それとも、川のほうが移動が早いから、陸路は発達しなかったのかな? でも川だけだと不安なのよね。雨の多い時期も考えると、陸路もいる。 やっぱりこの黒い泥なんとかしないと! 夕方とは言え、ジリジリと太陽光線が私を焼いていきます。西日による日焼けには気をつけないといけませんね。 ううう。暑い。 「マカミもこちらに入れますよ」 マジックポケットからブラウンが声をかけてきました。 「はーい、いいですよ。私はちょっとルートを考えているので、外にいますね」 この暑さ、身体に堪えますね。ちょっと冷たい水でも飲みたいかも。 マジックポケットをのぞくと、マカミは涼しい風がふいているところで寝転んでいました。 うう、お昼寝とは……。うらやましい。 「お嬢さま、どうかなさいましたか? 夕飯はまだですよ」 「ブラウン、何か冷たい飲み物をください。夕方とは言え、暑くって」 「昼間も暑かったですからねえ。冷たいものでもお持ちしましょう」 さて、休憩の前に、ここの道筋を決めてしまいましょう。 岩の上に立って、草原を見渡すと、マカミくらい大きな岩ほどではありませんが、他にもいくつかおおきな岩があります。 もしかしてあの岩たちが邪魔で、今まで道ができなかったのかなあ。でも、それだけが原因ではなさそうですけどね。 この岩、どかしたら、何かに使えないかな。そうだ!  名案が浮かびましたよ。
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