13 新領地の町をつくろう

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13 新領地の町をつくろう

リマーから私たちは新領地に無事帰ってきました。 魔法万歳。一瞬です。 赤マントの奴らも気になりますが、新領地の町づくりもしないとね。 おおまかな道自体はできていますが、歩きやすいようにしてあげたいな。街並みも素敵にしたいな。 大まかに市街地図を作成し、シタラとマイヤの集落も組み込んで、インフラ計画を進めます。 「大通りだけでも早めに整備するといいね。せっかくだから石畳にするとか……、色や材質を統一すると町がまとまった印象になるよ」 王子がアドバイスします。 石畳にするといいかも! 細かいところはシタラとマイヤたちにお任せするとして、まずは大通りの工事をすすめます。 泥人形たちに岩を集めてもらいます。 「究極魔法・風」 岩は、あっという間に、大人の男性くらいの高さまで、石畳のタイルが揃えられていきます。 泥人形たちが集めてきた岩の中に、きれいな白っぽい岩や半透明な色をしている岩を見つけました。 「綺麗……」 私は思わず岩に近づきました。普通の岩とは少し違う感じです。触ってみると小さい欠片が手にくっついてきます。 「これ、何かしら……」 匂いはしません。手の汗のせいか、岩の欠片がべたッとしているような気がしないでもないです。 もしかしたら、もしかして……。 ふふふ。 思わず頬が緩くなります。 いいもの見つけたかも! 原油があるところから岩塩って出やすいんですよ。 ぺロッとなめてみました。 「アリス!!」 王子が慌てて私の手から岩の欠片を落としました。 「食べちゃったの? お腹痛くない? 具合は? 変なもの食べちゃだめだよ」 王子は青い顔をしています。 「大丈夫ですよ。ふふふ、しょっぱい! やっぱりね……」 美味しい岩塩を発見しました。 でも、すでに一部、石畳用に切り刻んでしまいました。もったいなかったかな……。反省です。 「王子もちょっとなめてみませんか?」 王子は怪訝な表情です。 「大丈夫です。毒じゃないですから。塩ですよ」 「え?」 王子は小さな小さな欠片を口に含みました。 「うわ、しょっぱ!」 王子は眉を顰めます。 ブラウンがスカートの裾を摘まんで駆けてきました。ブラックナイトに乗ってきたのでしょう。 「王子、ブラックナイトを勝手にお借りしました。すいません」 ブラウンは申し訳なさそうな顔で許可を求めます。後からのブラックナイトの使用許可になってしまったためでしょう。 「ああ、いいよ、ブラウン。ブラックナイトは君に乗ってもらうとうれしいみたいだから」 王子は苦笑しています。ブラックナイトはしっぽをブンブン振って、楽しそうです。 「ね、ブラウン、見て? これ、岩塩なの!」 「すごいですね……」 ブラウンは岩塩の欠片を口に入れて、「しょっぱいけど……奥深い味がして美味しい……。うん、これ、いいですね」とつぶやきました。 「アリス様、この……、長方形に形成された岩塩は?」 「切り刻んで石畳のサイズにしちゃったやつ。塩だって気がつかなかったんですもの」 私が肩を落とすと、 「お嬢さま、これで美味しいものが食べられますよ。使ってもよろしいですか」 ブラウンは塩の石畳用の板を数枚手に取りました。 「え? うん、いいけど……」 「この上で野菜や肉、魚介類を焼くんです。岩塩プレートですから、焼いているうちに岩塩の塩っけが野菜や肉にうつって、いい塩加減になるんですよ」 ブラウンは嬉々として集落の方へ戻っていきます。私と王子もあわててブラウンを追いかけます。 どうやら美味しいものが食べられるようです。楽しみ、楽しみ。 石畳の作成はご飯を食べてからにします。まずは栄養! 「王子、アリス様……、そろそろ食事にしませんか」 ブラウンがにこにこしています。きっと準備がうまくいったに違いありません。食事が楽しみです。 まず、火の上に網をのせ、その上に岩塩プレートを設置して……、熱します。それから、野菜や肉、エビなどを焼いていきます。海産物はリマーで私が買ったものです。 野菜や肉などの素材の水分が加熱より出て来て、岩塩がじんわりと溶けていきます。 辺り一面、肉の焼ける匂いがします。肉の油がすこしだけ爆ぜていますが大丈夫。その油で、野菜を焼いちゃいましょう。 うわぁ、美味しそう! 集落の人たちも火の周りを囲み、楽しそうに歓談しています。慣れない塩作りや温泉施設をお願いしているので、すこしでも気分転換になればうれしいな。 肉の匂いで魔物が集まってくるかな。大丈夫かな? 心配で、時々あたりを見回します。 川もあるし、岩の壁もあるので、いまのところ魔物が来る気配はありませんが……。 「王子も、マカミも、私もいますし、いじとなったらお嬢さまの魔力もあります。それに、シタラとマイヤたちも小型の魔物は自分たちで退治していますから……」 「小型の魔物?」 思わず聞き返します。 「そうですね、蛙型とか、蛇型とか、モグラ型とかですね」 「そんな魔物がいるの?」 びっくりです。小さな緑色のカエルとか、ヘビくらいはみたことがありますけど……。 「ええ、黒い森がありますからね……。いろいろな魔物系の動物がやってくるそうですよ」 「そうなんだ……。シタラとマイヤたちも大変だったんだね」 ブラウンは私に焼けた肉がのった皿を渡してくれました。 「うんうん、旨い! 岩塩プレートを特産品の一つにしたらいいのでは?」 シタラが肉を食べながら、興奮気味に話します。 「うん、このサイズで一人ずつ焼いて出すというのもいいね。大きいサイズでどーんと家族用として、売り出してもいいな」 マイヤは事業計画を思いついたようです。 王子も楽しそうにテーブルを囲んでいます。 よかった……。王子のリラックスした顔を見ることができて、ほっとしました。 マカミも岩塩プレートで焼いた肉や野菜を喜んで食べています。 よかったよかった。マカミの毛に焼き肉の匂いがついたとか、肉汁がついているとか、油がはねているとか……、あとでブラウンがいいそうですが、その時は、またシャンプーしてあげましょう。 さてと……、食べたら、道路を作って……、明日にはお父様の屋敷に戻り、移住計画を考えないといけませんね。 お父様の屋敷までは歩いて帰ります。……。歩くのですよね。ああ、考えるだけで今から疲れちゃいます。平坦な道のりが多いとはいえ、ちょっと距離があるんだよなあ。 道路の整備もしたいから歩かないとだめだしなあ。でも……と葛藤が続きます。 いっそのこと、もっとスピードアップして、歩けるやつってないかな。 風が王子の前髪を揺らし、イケメンオーラをまき散らします。 スローモーションのようにかっこいい王子をうっかり見ちゃったじゃないですか。 風! 禁止! その時、目の前を木の葉が風に乗って、すぅっと舞い降りてきました。 風に乗る……。これって、使えるんじゃない? 思わずニヤッとしてしまいました。 「うわ、なにか企んでいるでしょ」 王子は面白そうに見ています。 「ちょっとその辺に板ないですかね……」 王子に板探しを依頼します。 「板ですか?」 シタラとマイヤもキョロキョロとあたりを探しに行ってくれました。 「お姉ちゃん、これ」 12歳くらいでしょうか、女の子が板を数枚抱えて持ってきてくれました。 「ありがとう。これこれ! 助かります!」 女の子にお礼を言うと、女の子は照れ臭そうに笑いました。 ブラウンは眉をひそめています。だいたい見当がついたのでしょうか。さすがブラウンです。 「私は遠慮しますからね! アリス様?」 「ふふふふ」 「これを何に使うんだい?」 王子とシタラとマイヤは首をかしげます。 「私はブラックナイトとマジックポケットにいますからね。マカミはどうする? できたら、一緒にマジックポケットにいたほうが……汚れないと思うけど……」 マカミは、キラキラした目で私を見つめ、ブラウンの誘いに首を横に振りました。   「じゃあ、汚れたら、洗いますよ?」 「ワフっ」 マカミは了解とばかりに小さく返事をします。 ブラウンは小さくため息をつくと、マジックポケットの中に入っていきました。 ちょうど散歩からブラックナイトも帰ってきました。ブラックナイトは超軽やか! ギャロップでブラウンについていきました。一択しかないらしい。王子は苦笑しています。 「まずは……、この板を魔法で浮かせます」 地面から数センチのところに横幅80センチの板を浮かせます。縦は片足の幅より大きめって感じだから、15センチくらいのでしょうか。 「おおお」 板に足を前後に軽く開いて乗って、空中に浮いて見せると、集落の人たちが感嘆の声を上げました。 「それから風魔法で追い風を吹かせます」 ざわざわと人々が騒ぎ始めました。 「アリス様、同種類の魔法の同時発動ができるんですか」 シタラが心配そうに聞いてきました。 「大丈夫ですよ。できます」 私は誰にも聞こえないような声で「究極魔法・風」と言い、追い風を起こして見せました。 なかなか快適です。 耳元で風が鳴り、スカートがバサバサになるので、もうちょっと弱いかぜにしたらいいかな。スカートをリボンで押さえてもいいかもしれません。 集落近くを1周して帰っても……、さほどかからない感じです。ちなみに体力減少はありません。 王子は最初よろっとしたものの、自分の魔法で板を浮かせ、乗りました。風魔法、使えたのですね。王子、一体いくつの種類の魔法が使えるんだろう? 王子には追い風の提供だけで大丈夫そうです。さすが王族。 王子が私の横に戻ってきました。 「すぐに戻りますから、ここをお願いします」 シタラとマイヤに管理を依頼します。 「人員を……、よろしくお願いします」 「ラッセル公によろしくお伝えください」 シタラとマイヤに挨拶を述べて、出発です。 風に乗って進むのは爽快です。 王子はバランス感覚が優れているので、くるっと一回転したり、波々に進んだりと楽しそうです。いいなぁ。 私は地道にお仕事です。道路の整備をしながら地面になるべく近く板を浮かせて飛んでいます。 マカミは私たちのスピードに合わせて、白い身体をめいっぱい動かし、飛ぶように走っています。ふわふわの白い毛の巨体が軽やかに動きます。 マカミが楽しそうで何よりなんですけど……、藪の中にわざと突っ込んで、魔物の大ガエルとにらみ合いをして遊ぶとか、やめてください! どんどん黒い森の淵と壁に沿って進んでいきます。 ここは大きな道路工事をしなくても済みそうです。石畳を敷けばさらに通りやすくなるに違いありません。 「これならトラウデンまで楽勝だね」 王子が私を見ます。 キラキラと王子が輝いて、まぶしいです。やばい、わたし、目がおかしくなっています。目が王子を見たがっているなんて、あり得ないです。 やがて岩壁がなくなり、黒い森の端も終わり、拓けたところにでてきました。 「いよいよ、トラウデンよ」 長閑な、小麦やトマトなどの畑が続いています。地元なので、ここまでくると緊張がほぐれます。ああ、懐かしい……。 大きな街道にぶつかりました。ここを真っ直ぐ行くとトラウデンの町です。 トラウデンの町は、いつもと同じようにみえましたが、耳を澄ませば、愚痴りの声が上がっていました。 野菜の箱を下ろしている男性は、店の男性に値上げを告げ、店の男性は怒っています。 「まあ、なんでこんなに高いの?」 粉物を扱う問屋に来た女性はつぶやいています。 「物価が上がっている……?」 まさかね。ここ数年、飢饉や不作といった原因はありません。近隣でも、ハトラウス王国でも戦争はありません。 「なぜ、小麦の値段が上がっているのだ?」 王子は首を傾げます。 「職人エリアも見ていきましょうか」 私の問いかけに王子は頷きました。 いつもなら鍛冶屋の鉄を打つ音、火の気配などがしているのに……。音がほとんどしません。 それどころか、職人エリアの人が少ないです。 「何が起きているんでしょう?」 私は首を傾けました。 「あー、アリス様!」 お父さまのお屋敷に出入りをしている職人さんが声をかけてくれました。 「サミダ、どうして職人エリアがこんなに静かなんですか」 周りをぐるりと見回します。 「それはですね……、とうとうトラウデンに王の直属の組織というやつがやってきて……」 「この国の人間でないのに、直属の組織ってへんじゃないですか?」 「異国の人間が、王の命令だといっているんですか?」 王子の声に驚きと怒りが込められています。 「鉄製品に、ほかの金属製品まで根こそぎ持っていかれ……、昨日、今日は職人自体が徴収されたらしいです」 「サミダ……、よく無事でしたね」 「たまたまお屋敷に呼ばれていたんですよ。階段のところの飾り棚の修復と、手摺りの取り替えにいってまして、難を逃れたといいますか……。でも、作業場のものは全部持っていかれちまいました」 サミダの細工は見事な芸術品で……。サミダはよく題材に幾何学模様とツタ植物を使っているのですが、繊細過ぎて、他の職人さんは修理ができないほどです。 うう、前に屋敷内丸ごとお掃除をしたせいかしら……。まだ、修理しているのでしょうか。すいません。 若干顔が引き攣ってしまいましたが、ここは笑顔で! 結果的にサミダが無事だから、オーライってことで……。 「ここもだいぶ王都へ連れてかれたな……」 サミダは寂しそうです。 「なぜ? なぜ、そんな事態になっている?」 王子の顔が青くなっています。 「王子……。きっと何かあったんですよ。王も、理由もなくそんなことしません。きっとやむも得ない事情が……」 王子を慰めます。 「サミダ、職人エリアから離れておきなさい。それから妻子も一緒にどこかに隠れているとよいでしょう」 王子がサミダに声をかけました。 「もしよかったら、ちょっと歩きますけど、新天地で人員募集中ですよ。どこか身を隠すところがありますか?」 私と王子の対応にサミダが焦っています。 「え? そんなにヤバい状態ですか」 「ええ、まあ。金属加工ができるっていうことはいろいろ使えますからね……」 私の言葉にサミダの顔が曇ります。 「ところで人員募集って……?」 サミダは、不思議そうにしています。 私はちらっと王子の顔を見ましたが、王子は顔色一つ動かさず、横を向いています。 きっと聞こえないっていうポーズなのでしょう。ありがとうございます。王子……。 「ええ、少し歩くのですが、新しく領地を開拓したのです。そちらのほうで人員を募集しています」 「ほんとに、俺らが引っ越していいのかい?」 「はい! ぜひ! 家はこちらで用意します」 私は胸を張ります。 「そんな至れり尽くせり……」 「考えてみてくださいね。よろしくお願いします」 内心、ドキドキですが、余裕を見せるために軽く微笑んでみせます。 「わかりました。アリス様。よろしくお願いします。今から家族に話して準備します。町のものにも声をかけておきます」 「ええ、頼みますね」 王子が口角をあげて見守ってくれています。 「出発は2日後です」 「合図は?」 私はこそっとサミダに打ち明けます。 「あの、この方は……」 サミダは怪訝な顔をしています。 「この人は、ハトラウス王国の第一継承者です」 小さな声でサミダに教えます。 「つ、つまり、王子……、王子ですか!」 サミダは驚いていました。そうですよね、驚きますよね。こんなところにいるなんて……。 「あの……、それって、アリス様と婚約破棄されたという……王子ですか?」 言いづらそうに追加して聞いてきました。 「……、訳があるんです。婚約破棄は不本意で、それも含めなんとかしてきます」 王子は乾いた笑顔です。 「ああ、アリス様を振るなんて、なんてフザケた王子だと思っていたんですが……、どうやらきな臭い事情がありそうですね、アリス様?」 ええ? 私に振る? その回答を……、なんて言えばいいのよ。そうですねというのが、正解なの? 「男がこんな顔して言うんじゃ、本当の訳ありです。よかったですね、アリス様が弄ばれたんじゃないかと、トラウデンの町では結構な怒りの声があって……」 サミダが頷きながら、説明してきます。 市井の方々までご心配をおかけしております。 なんだか申し訳なくなってきました。ううう。 「アリスのことは、僕が護ります。そのつもりですから。もう少し、あと少しだけ、その不本意な噂を我慢してください」 王子が私の手を握りました。 「そんなに熱い目で見られちゃ……、アリス様、王子を信じてやれよ」 サミダは苦笑しています。 「……」 返答に困ってしまいました。 「あとは王子にお任せだな。頼んだよ」 サミダはニヤッと笑います。 「お任せください」 王子は微笑みました。 サミダに町内アナウンスも任せたし、人員確保もなんとかなるでしょう!  王子を連れて、私が屋敷に帰ると、お母さまとフィリップが出迎えてくれました。 「ようこそ、王子。おかえりなさい。アリス」 お母様は簡単に王子に挨拶して、私をぎゅっと抱きしめます。 「王子、ようこそわが家へいらっしゃいました。お姉さま、おかえりなさい」 フィリップも抱き着いてきました。 家族って、いいものですね。 「当家の主人はあいにく……王都から来客中でして……。ごめんね、アリス。二人をお父さまも出迎えたかったんだけどね……」 「王都? 来客?」 王子はピクっと眉を動かします。 「ええ、王家からの使者で……、たぶんそろそろおかえりになると思うんですけど」 お母様はちらっと王子の顔を見ました。 王子はあわてて正面から姿が見えないように位置をずらしました。 「王子、アリスと一緒にいてくださり、本当にありがとうございます」 お母さまは小さな声で言いました。 「当然のことです。アリス一人では危ないですから」 王子とお母様は顔を見合わせて、お互い口角をあげました。 バン。 「とりあえず、ラッセル公には伝えましたから」 使者は逃げるように部屋から飛び出ると、階下のホールにいた私たちに軽く礼をして立ち去りました。 うわ、お父様の機嫌がすっごく悪そうな予感がします。 お母様の顔も強ばります。フィリップは嵐を感じ、私の方へすり寄ってきました。 ドンドンと階段を乱暴に降りる音がします。 ホールは、お父様を慮って静まりかえっています。 王子は2階から降りてくるお父様の方をまっすぐに見ました。お父様も王子の視線に気がついたようで、慌てて階下に降りてきます。 「王子、この度は娘がお世話になりました。いろいろご不便をおかけしたかと思いますが、元気にお戻りになられて、幸いでございます」 「いや、お世話というほどのことはしていないよ。アリスはとても優秀な開拓者で、パワフルだからね」 お父様は王子に開拓を知られたので、頬が引きつっています。 王子はにっこりと笑い、 「大丈夫、僕からは王家に開拓の報告はしないから、安心してください」 「ありがとうございます。お気遣い感謝します」 お父様は垂れました。 「さあ、顔を上げてください。婚約した仲なんですから」 王子がしれっと言うと、婚約破棄されたけどね……という微妙な雰囲気が流れました。 王子、冗談になってませんよ。 「うううん、まあ、王子がそうおっしゃるなら……」 お父様は心配そうに私と王子を見比べます。私たちの現在の関係性を思案しているようです。とりあえず、ケンカはしていなさそうだと判断したのでしょう。 安堵の様子がみてとれました。 「さきほどの、王都から使者は、何と言ってきたのですか」 王子が真剣な顔で問います。 「副教皇と王から、小麦の在庫をあるだけ差し出せと……」 「は?」 王子は驚いて聞き返します。 「トラウデンはここ数日で物価が急上昇しています。値段を下げるため、昨年の備蓄用の小麦の放出を考えていたのですが……。備蓄用も差し出せというのです。そして、足りない分は人員をよこせと……。」 王子は深刻そうな顔をしています。 「金属も召し上げられ、金属加工職人たちも王都へ召し上げられていきました。その上、備蓄用食料の要求です。王都でいったい何が起こっているのですか。良き前触れとは思えません」 お父様は言葉を選んで王子に説明しています。 「まるで、徴兵……ですね」 王子はぶつぶつとつぶやきました。 徴兵……? それって、戦争ってこと? 「ええ、不穏な空気を感じます」 お父様は王子を不安そうに見つめました。 「ご報告、ありがとうございます。僕はこれから急いで王都へ戻ろうと思います」 「それがいいと思います。お気をつけてお帰り下さい。ちょうど王都は、2日後の王の誕生祭の準備で、混んでいる頃でしょう」 お母様も心配そうに王子を見ます。 「ありがとうございます。それでは」 王子は一礼して、踵を返します。悲しそうな、寂しそうな顔でした。 王子の、不安そうな気持ちをなんとかしてあげたい。一緒にいてあげたいと思ってしまいましたが、私には、何もできません。 何とも歯がゆい気持ちで王子を見送ることになりました。 「お父様、こんな時に申し訳ないのですが、こちらも火急なので……。実は新しく開拓したところで、人員が不足しておりまして……」 「おお、そうか。それは頑張ったね」 「はい、塩の精製所、原油の汲み出し、温泉施設などを回すためにも人が欲しいのです。トラウデンの町から募集してもよろしいですか?」 お父様の顔色を見ました。 「ああ、ちょうどいいのかもしれないな」 お父様は苦い顔をしています。 「失業して余っている人員がいなくなる。徴兵にやる人員はないというわけだ」 教会と王さまの対立なんてうちの領民には関係ありません。ましては愛人問題が発端です。小麦も金属も持っていったんだから、もう町の人には手を出してほしくありません。 「副教皇は教会税を増やして、王と対立しようとしてるようだな」 「そんな……。じゃあ金属は? まるで戦争じゃないですか」 「食料を集め、金属を集め、人員を集めるなんて、それしかありえない。どこと戦争をするつもりなんだか……。貴族たちの間でもうわさが飛んでいるよ」 お父様は渋い顔をします。 「あとは王子が上手くやってくれるかに賭けるしかない」 お父様のことばに私はうなずきました。 「アリス……。王子はきっと大丈夫だ」 お父様は私を抱きしめてくれました。 私、王子のことなんか、ぜんぜん、心配なんかしてませんよ。本当に……。王子のことなんか……。 なぜかわからないけれど、目頭が熱くなります。きっとこの部屋の空気が乾燥しているのです。 ハンカチで涙をぬぐいます。 「ええ、きっと……」 涙が止まらないので、気合を入れます。 「涙を拭いて。お前にはお前にしかできないことが、今、あるだろ?」 「……はい、お父様」 私はお父さまの眼を見ました。 「いつ決行する?」 「王の誕生祭にしようと思います」 きっぱりと私が答えると、お父さまがほほ笑みました。 2日後、王都では王の誕生祭が祝われます。教会から王への祝福もあるし、儀式も執り行われます。ピュララティスなど諸外国の王族や高官らも挨拶に来る予定です。つまり、こちらに目を向ける余裕もないはずです。 「ああ、いいね。監視の目も緩まるときだ」 お父様も同意してくださりました。 「領地からどうやって人を集める? 考えているかい?」 「家への帰路の途中、トラウデンで、人が欲しいと話してまいりました。合図があれば、すぐに出発できるかと……」 お父様はよくやったとばかりに私の頭を撫でました。
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