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14 決行します
「新領地で頑張りませんか。決行は2日後の夜中」
さらに領地の人たちに秘密の伝令を出しておきました。
みんなに伝わっているかな。少し不安です。
誰にも見られないように真夜中に出発する予定です。
町の人たちを連れて、できたら、ぱっと姿を消したい。空間切り裂き魔法で、集落まで行くという手もありますが……、人数も多いしね、迷うところです。
それよりも、いっそのこと、空間移動の扉を作ってしまうとか? いいかもしれません。
私が首を左右に動かし、腕を振り回し、身体の準備をします。身体もいい感じにほぐれてきましたよ。一気に扉を作ってしまいましょう。
次の日、トラウデンの町に出かけると、「アリス様! 新領地の件、わかったよ」と町の人が声をかけてくれました。
おおおお。情報が回っているようです。
どうやらひとりぼっちで新領地に行かなくても済みそう。心配だったんだよね。
「私たちも行きます」
「アリス様、うちも準備してるよ」
次々と声をかけてくれました。
「夜中に噴水広場で」
私はみんなを見渡します。
「みんな寝静まった後、移動しましょう」
集まってきた人たちは少し不安げな様子です。そうですよね。今までの土地から移動するんですから。
「新領地には、温泉施設、原油と塩の精製場、岩塩プレート工場などがあります。家は私が責任を持って建てます。商店街予定地もあります」
私が簡単に説明すると、
「へえ……。そりゃすごいわ」
「働けるなら安心だ」
おじさんとおばさんたちは顔を見合わせました。
「農地も用意してあります。金属加工の職人さんも募集してます」
「……アリス様。ありがとう」
集まっていた人たちの顔も晴れやかです。
「合図は笛の音です。よろしくお願いしますね」
私の呼びかけにみんながうなずきました。
この地方には「夜、笛を吹く者が現れ、子どもたちを攫っていく」という伝説があるのですが、今回はそれを利用します。
きょうは王の誕生祭です。王都では、きっと華やかに花火が打ち上げられ、町中、夜通し、どんちゃん騒ぎが繰り広げられます。その隙に、新領地への引っ越しです。
トラウデンの教会は目をつぶってくれるはずです。私の師匠、テンメル教会主ですから……。
よし、あとは、噴水広場の空間移動扉です。
「ああ、アリス様が噴水の中に入っている! ダメなんだよ、それ」
町の子どもが私を指さします。
「ああ、見ちゃだめですよ。内緒なんですから」
水が冷たくて、脚がとっても気持ちがいいです。
「ああ、いいな。水浴びだ! 俺も入る!」
「いやいや、ちがうから! 濡れちゃうから、ダメダメ」
早く設置しないと、町中の子どもが寄ってきそうです。
「これは仕事、仕事。遊びじゃないの」
あっちに行くようにお願いしますが、子どもたちは噴水の淵から離れません。
「ああ、ドアが無くなったよ」
「アリス様、すごい!」
子どもたちからお褒めの言葉を頂きました。
とりあえず空間移動扉は透明化もしたし。ばっちりでしょう。
*
「お父様、お母様、フィリップ……。それにセバス。行ってきます。トラウデンをよろしくお願いします」
夜中の十二時になりました。お父様、お母様に出発のあいさつをします。
「気を付けて」
お父様とお母様は心配そうです。
「後で遊びに行くね」
フィリップは手を振りました。
「うん。ぜったい来てね。空間移動扉をこことあっちでつなぐからね。すぐだよ」
「がんばって、お姉さま」
フィリップは笑顔で励ましてくれました。
屋敷の扉を開けると、黒い闇が広がっています。真夜中に外に出歩くのは初めてです。
私はブラウンとマカミと一緒に、静かに屋敷を出ました。ランタンの灯りを頼りに広場へ移動します。広場に到着して、私はランタンを灯し、杖にひっかけました。街灯替わりです。
闇夜に紛れるようにとブラウンは黒っぽい服装です。マカミは真っ白ですけど……。
私はというと、笛吹きの格好をしています。笛を持っていて、二つの房がついた、面妖な帽子をかぶり、グリーンの上着に赤いスカート、先のとんがった緑の靴を履きました。まるで道化師のようです。
こんなに凝らなくてもいいと思ったんですけど、お母様とブラウンが言うには、仮装しないとダメというのです。
なんだか妙ちくりんな格好なので、私としては不本意です。
鏡を見て、すっごくショックを受けました。ぜったい王子には見せたくありません。
フィリップは……、別れの時はさすがにしんみりでしたけど、最初に見た時は、笑いが止まらなかったようです。
お父様は……、私を笑っちゃ悪いと思ったのでしょう。一度私を見て、吹き出して、しばらく私の顔を凝視していました。
ま、いいんですよ。みんなのためですからね。私の心に寂しい風が吹きました。
噴水広場周辺に憲兵や王都の役人がいないことを確認します。
こんな夜中に、役人なんていないだろうけど、念のためです。
一見寝静まった町ですが、ヒソヒソと小さくざわめいています。
大丈夫そうですね。
笛を取り出し、小さく鳴らし始めます。
ピー。ピー、ピーヒャラララ。ピーヒャラララ、ピーヒャラララ。
夜中なので、かなり抑えた笛の音でも町中に響き渡ります。
住宅の窓からそっと明かりが漏れて来て、ドアが開く音がしました。ぞろぞろと噴水広場に人が集まり始めます。
「ひー」
闇夜に浮かぶ、私の姿を見た人が悲鳴を上げました。
「ああ、私ですよ。アリスです」
トホホです。悲鳴をあげられるとは……。
「え? ああ、アリス様」
「お姉ちゃん? ええ?」
人々は安堵の声を上げ、それから、「おかわいそうに」という同情の雰囲気が漂いました。
子どもたちは、大爆笑です。夜中だと言うのに、元気そうで何より。ハハハ。
「シー、静かに」
大人たちに怒られ、子どもたちもコソコソと話します。
「アリス様、その格好ひどいね。面白いよ」
「過去最悪、今までに見たことがないセンスの人……」
みんな言いたい放題です。
だって、ほら、伝説の笛吹きさんって、こんな格好って書いてあるじゃないですか。
移住する人々の悲壮感は吹き飛んでしまったようで、結果的にはオーライということですね。まあ、ちょっと納得いきませんけど。
「では、出発しましょうか」
私は杖を持ち上げ、噴水の水を止め、ゆっくりと噴水の中へ入ります。
空間移動扉の透明化を解除し、ドアを開けました。
「おおお」
小さな歓声が上がります。
人々は噴水の中に入り、ドアをくぐっていきます。最後の一人がドアを通ったのを確認し、私は町をもう一度眺めました。
カーテンを開けて、ろうそくで窓に灯している家が何軒もあります。きっと家族が移住組なのでしょう。移住する家族へ、神の祝福を祈っているにちがいありません。
「必ず、食うに困るような生活はさせません」
私はひとり呟いて、空間移動扉のドアを撤収、噴水の水を再開させました。
新領地ではシタラとマイヤが今か今かと私たちを待ち受けてくれていました。なるべく明るくして不安を取り除こうと思っていたのでしょう。すべての施設に明かりをつけて、通りには街灯をつけてくれています。
先に到着していた町の人々は、新領地の様子を見て、驚いていました。
「なんだこりゃ」
「すでに町じゃねえか」
喜んでいただけて光栄です。頑張った甲斐がありました。
「あちらは、温泉施設です。塩泉かけ流しになっております。湯冷めしにくいとも言われております」
「へえ、すごい……」
説明しているのはシタラの奥様です。
「遠い東の国の書物には、冷えや傷、関節痛などの痛みや打ち身、捻挫、皮膚病などに効くとあります。今日はゆっくりと、温泉で体を休めてください」
「おおおお」
町の人から歓声が上がりました。
明日からは、移住者の希望を聞き、仕事をどうするか、どこに住むか確かめていきます。
静かになった新拠点の屋敷前で、疲労感満載でぼーっとしている私のところにシタラとマイヤがやってきました。
「アリス様……」
「その格好は、あまりにもひどいです」
ううう。わかってます。みなまで言わなくても……。
シタラとマイヤはちらちらと私の顔を見ます。
「立派な笛吹きに見えます。みんなも安心したでしょう」
「どこから見ても、伝説の笛吹きにしかみえません」
シタラとマイヤは神妙な顔でフォローした後、くるりと後ろを向いて吹き出しました。
もう、着替えてもいいですよね? くすん。
ブラウンは「くくく」と声を出さないように笑っています。
次の朝。私はまだ暗いうちに起きだしました。
こんなに早起きすることは、自分からはありません。できればのんびり寝ていたい派です。
新しく来た人たちに、家や街並みをもう少し整えてあげたら、喜んでもらえるかなって思っちゃったんだよね。
温泉の宿泊施設を使っていてもいい、って言っても、やっぱり自分の家じゃないと落ち着かないだろうし。
ということで、朝から空間移動扉をお父様のお屋敷に移動させ、それから究極魔法を使いまくって、入植者用の家を建ててました。レンガ造りの3階建てのアパートを数棟、1軒屋を30ほど建てました。町の人が温泉宿泊施設から引っ越しても、まだ入居者数に余裕があります。
素敵な街並みを意識して、全部レンガ造りですよ。がんばりました。
農業部と商工会の建物も準備しました。シタラとマイヤに組合長になってもらえばいいかなと思います。
額の汗を手の甲で拭いて、一休みです。なんだかとっても疲れて、ポケットからハンカチを取り出す気力もありません。もう一回、朝ご飯、たべたい……。お腹空いた……。
「だめだ、もう動けない。ちょっと、休憩」
ふう。目を閉じると目の前が真っ暗くなりました。そのまま、意識があああ、持っていかれる。
倒れる寸前、マカミの背中が私を受け止めてくれました。ふわふわな毛と、シャンプーの匂い……。おやすみなさい。
「あら、お嬢様、寝ちゃいましたね。魔力切れですね。しばらく起こさないであげましょう」
「わふ!」
マカミが返事をしてくれました。
ブラウンはクスリと笑って、私の頭をなでてます。
そのまま私は暗闇の世界へ移動です。しばらく寝ますね。おやすみなさい。
次に起きたら、何をするんでしたっけ……。ああ、もう考えられない……。
次の朝。
領地の見回りと思い、散歩をしていると、
ピーィ、ピーィ。
1匹の鳥が私の頭上を周り始めました。
口には何か加えています。
私が手を上にあげ、止まれるように肘を曲げると、カラスよりも一回り小さい白い鳥が降りてきました。
小さな小枝のような筒を私の手の上に落とすと、白い鳥はバサバサッと再び空へ飛びあがりました。
「遊びに行きます」とだけ書かれています。
はて、どなたでしょう……。
首を捻って推測しますが、わかりません。
王子は、まあ、予告はしませんね。王子の新婚約者のカトリーヌ様は、まさか遊びには来ないでしょう?
リリアーヌ様も、王も、王妃も今は誕生祭で忙しいはずです。
腕組みをして唸っていると、
「アリス様!」
聞いたことのある声がします。
振り向くと、ピュララティスの王女・ラティファ様と王子・タウルス様がいました。
はや! 来るの早すぎませんか!
手紙とほぼ同時じゃないですか。いま小鳥さん帰っていったところですよ。
「お久しぶりでございます」
華やかなドレス姿のラティファ様と、日に焼けた爽やかイケメンのタウルス様が手を振っています。
なぜ、どうしてここに? 新領地だよ、まだ誰にも言ってないよ。
ぽかんと口が開いてしまいました。ブラウンに脇腹を強くつつかれて、慌てて口を閉じました。
怖いんだけど。誰か、諜報員がいるってこと?
「リマーにいらしたと聞いて、私、ずっとピュララティスのお城でお待ちしてましたのよ」
すっかり高貴な人のように、丁寧に話すラティファ様に面くらいます。いや、王族だからそれが普通なんだけどさ。
「すいません、ちょっと急用があったので……、こちらに戻ったのです」
私が口ごもると、ラティファ様はにこりと笑い、辺りを見回しました。
「この辺は、ずいぶん資源が豊かな土地なんですね」
ゾワゾワ。
まずいです、まずいです。ぜったいまずい。全部バレている?
「ええ、おかげさまで……」
「領地開拓が順調で何よりです」
ひー、なんで他国にまで私の領地開拓がバレているんですか。血の気が引いていくのを感じます。塩はいいと思いますが、原油のことは言わないようにしないと。
新しい燃料ですからね。原油は夢のような物とばかりは言えないのです。軍事利用などされたら大変です。
一応、王国同士仲が良いとはいえ、すべてを話すわけにはいきません。
「な、アリスの新しい領地、いいところだろ?」
「軌道に乗ったら、ピュララティスの貿易品もこちらで取り扱ってもらえますか?」
ラティファ様がほほ笑みます。外交手段の微笑みってやつです。笑顔が張り付いてます。
「はい、もちろんです」
引きつりながら、答えます。
ラティファ様は顔をほころばせ、肩の力をぬきました。
「よかった! これで外交のお仕事完了よ。ねえ、この町を案内してくれる? 」
てへっとラティファ様が笑います。
「アリス様は、面白そうなことしてますね……」
「はい、いま、町づくりの最中です。領地運営も勉強中です」
「なるほど、いいですねえ」
タウルス様が顎を撫でました。
「はい、この町の人たちと一緒に頑張っていこうと思います」
「うん、アリス様なら、できますわ!」
ラティファ様が私の手を取ります。
「めどがついたら、ピュララティスに遊びに来てくださいね。ぜったいですよ」
「はい。そのときはぜひ」
「お兄様といっしょに町を散策して、私とお茶を飲んだり、おしゃべりしたりしましょうね」
「もちろんです」
お兄様と町を散策? ちょっと引っ掛かりますが……。
「お兄様はアリス様のことをとても気に入ってますの」
ラティファ様がふふふと笑います。
「アンソニーがチョロチョロしてると、ゆっくり会えないからな。うちの国でゆっくり滞在してもらって……」
タウルス様もぶつぶつつぶやきます。
いやいや、その、嫁コースにのせるのはやめてください。友達としてですよ、行くのは。
嫁、無理ですから……。
私は顔が引きつります。
「……俺はちょっと用事があるから、ラティファは勝手に帰れよ」
タウルス様は私たちに手を振ると、いなくなってしまいました。
「お兄様が出かけた先って、アリス様はご存知ですか? 危ないことをしていなければいいんだけど」
ラティファ様はため息をつきました。
ラティファ様を一人にしておくわけにもいかないので、町づくりの基本計画書をシタラとマイヤに託すことにしました。
「ごめんなさい。ちょっとお客様をお送りしてくるからね」
「大丈夫ですよ、アリス様。あとはこちらでうまくやります。それよりも、外交と、王家や教会の方をお願いします。私らではそちらは対応できませんから」
シタラが言うと、マイヤが大きくうなずきました。
偉い人たちかぁ。憂鬱です。ここの領地のことも心配ですが、お父様が管理している領地全体も不安です。
仕方がない。覚悟を決めて、取り掛かりましょう。
本当はいやですけど。できたら、お腹いっぱい食べて、ゴロゴロしながら、本読んで寝ていたい。
ラティファ様の準備が整ったら、トラウデンの家に戻ります。空間移動扉のドアですぐです。
なんだか一気に疲れたのは、気のせいでしょうか。不意打ちの他国の王族来訪とか、本当に体に毒ですからね。
空間移動の扉がさっそく役に立ちましたよ。設置しておいてよかった。
「おかえり! お姉様」
フィリップが突然現れた私を見て大喜びしています。
「わーい、マカミもおかえり!」
ムギューっとフィリップはマカミを抱きしめました。ちょっと、お姉さまにハグは?
「こちらはピュララティスのラティファ様です」
「お初にお目にかかります。ラッセル公の嫡男のフィリップと申します」
フィリップは膝を折って正式なご挨拶です。
わお! フィリップのご挨拶、初めてみた! 大きくなったのねえ。よちよちしていたのに。感慨深いです。
ラティファ様はそっと手を差し伸べ、手の甲にフィリップの額を寄せることを許します。
さすが、美男美女。すごい絵になる! こういうところを絵姿に残すべきよね。
「ラティファとお呼びくださいね」
「光栄です。私のことはフィリップと」
無事面通しが終わって、ホッとしたのでした。
「ラティファ様!」
お母様が慌てて近寄ってきました。まさか、うちの屋敷の庭に隣の国の王女が出現とは思わなかったのでしょう。
息を切らしています。
そのあとをお父様がほぼ駆け足でやってきます。
あははは。大パニックです。思念波で会話しておけばよかったですね。今ごろ気がつきました。ごめんなさい、お父様、お母様。
お父様とお母様は、ラティファ様の前に立つと、額に汗をかきながら、涼しい顔をしてご挨拶です。
「非公式ゆえ、堅苦しいことはなしでお願いします」
ラティファ様は申し訳なさそうに微笑みました。
「どうして急にラティファ様が?」と私の顔をお父様とお母様が見ます。
「実はタウルス様とラティファ様が私の領地にいらっしゃったのです」
お父様とお母様は顔がみるみるうちに青くなっていきます。
「タウルス様は、ご用事があるとかで、すでに出立されています。お茶のあと、ラティファ様を王都へお送りしようかと思います」
私の提案にお父様は頷きました。
「そうしましょう。すぐにお茶の準備をさせますわ」
お母様が微笑みます。
「そのあと、私が馬車でラティファ様を王都までお送りします。今夜は王都に一泊して、朝に戻りますね。お父様、お母様よろしいですか」
お父様は少し心配そうに頷きます。
「もちろんだ。誰かお供につけないといけないな」
「ブラウンを連れて行きますから、大丈夫です」
私の答えにお母様はホッとしたようにうなずき、ラティファ様に我が家をご案内します。
「本当は私が王城へ送っていきたかったのだが、今、ちょっと問題があるからな。すまない」
お父様が渋い顔で私に呟きます。
「どうしたのですか」
「町に物がなくなったのだ」
「はあ? それって……」
「食料も鉄製品、銅製品、材料もすべて取り上げだ」
「隠し備蓄庫にいくらかあるとはいえ、緊急事態になってきた。私は町の惨状をなんとかしなければいけない」
「私のことは心配ご無用です。ブラウンがいますし、マカミも連れて行きますから」
笑顔でいうと、お父様はまだ心配そうにしています。
「こんな時に王都へは行かせたくないが、しかたない。早く帰っておいで。お前は無茶をするからなあ」
そういうと、私の持っていた遠見の珠を取り、細工し始めました。
「これをもっていきなさい」
魔法の術式が複雑に付与されています。
「お前を守ってくれるから」
お父様は不安そうに微笑みました。
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