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15 ラティファ様をお城へ
ラティファ様をお城にお連れしましたよ。
え、もうすぐ帰るから、お気遣いは無用ですよ。
といっても、帰らせてもらえませんでした。
「お待ちください。王妃がお会いになるそうです」
王妃直属のお付きの方が絶対帰るなよと私を睨みます。
ふふふ。帰れるわけないじゃないですか。どうやったら王妃のお誘いから逃げることができるのか教えてほしい。
おしりがムズムズして、椅子に座っているのが苦痛です。やっぱり逃げたい。逃がしてくれ……。
数分後、王妃のプライベートなサロンへお招きいただいたのでした。
王妃様がこそっと私に耳打ちします。
「ごめんなさいね。アンソニーはいま視察にでているの」
おそらく王都で何が起きているか、自分の目で確かめているに違いありません。
王子なんかいなくたって、平気ですから!
「大丈夫です。王妃様」
私は静かに答えました。
「ラティファを送っていただいてありがとう。タウルスは……、あの子も途中でいなくなったのね。ご迷惑をおかけしました」
王妃様は苦笑しています。
「いま、お茶を用意させています。少し休んでいってね」
王妃様はラティファ様を見ながら、微笑みます。
ん? 廊下で話し声が聞こえます。だんだん、大きな声が近づいています。お茶を持ってきてくれているから? いや、これは例のパターン……の可能性がありますね。まさか、まさかですけど。心づもりしておかないと。
外の騒ぎにラティファ様は怪訝な表情です。
私がドアの方に視線をやると、王妃様が眉間に皺を寄せました。
ノックと同時に
「アリス様、お久しぶりでございます」
王の愛人であるリリアーヌ様と王子の現・婚約者のカトリーヌ様がいらっしゃいました。
リリアーヌ様は、チュール生地とレースを重ねた、淡い色のドレスです。可愛らしい、妖精ちっくな雰囲気です。これは……、リリアーヌ様にしか似合いませんよ。ちょっと間違ったら、舞台衣装です。
今日のカトリーヌ様のファッションは大きな赤い花柄オン大きな青い花柄で、パニエで腰を膨らませ、大きなリボンがあちらこちらについています。本日もなかなかの組み合わせでいらっしゃいます。
「アリス様がいらしたというので、あわてて参上しましたのよ」
カトリーヌ様がほほ笑まれました。きっと悪い方ではないんだと思うんですけどね。
「ああ、この方が……」
ラティファ様が目視します。
残念なことに、私たちは元婚約者、現婚約者です。交流は控えるべきかと思うんです。
うわ、怖い、怖い、怖い。ラティファ様とカトリーヌ様、お二人とも、にらみ合わないで!
ああ、さっさと退散したい。
私の強い思いが後ずさりとして表れていたようで……、ラティファ様にスカートをがっしりとつかまれました。
こういう女の闘いは苦手なんですぅ。帰らせて~~~。
ラティファ様とカトリーヌ様、リリアーヌ様が水面下の闘いを始めました。
カトリーヌ様が真っ赤な顔をして怒っていることから、きっとラティファ様が勝ったのでしょう。
ラティファ様、強し!
涼しい顔をして、王妃様は私にもう一杯の紅茶をいかがと勧めます。王妃様はリリアーヌ様もカトリーヌ様も放っておいています。
「さあ、アリス様。王城自慢のケーキですの。おいしいですわよ。好きなだけ召し上がってください」
王妃様が神々しく微笑みました。
「ああ、ずるい。私もいただきます」
「ええ、ラティファも召し上がれ」
ラティファ様はカトリーヌ様とリリアーヌ様のお相手をやめて、こちらに顔を向けました。
「……」
あからさまに無視されたリリアーヌ様とカトリーヌ様は、ムッとしてお立ちになりました。
ラティファ様、ちょっとあからさま過ぎやしませんか。私の方がハラハラするんですけど。
「では、私たちは帰らせていただきますわ」
「え? でも……食べたい」
カトリーヌ様は私たちの前にあるケーキを見て、がっかりしたお顔をされました。
わかります。食べたいですよね……。でも、私の立場上、おすすめはできません。
私の方を見ないで……。何もしてあげられないから。
カトリーヌ様の視線が痛いです。
「ごきげんよう」
リリアーヌ様はカトリーヌ様の袖を引っ張って、引きつった笑顔で退出されました。
ふう、静かになりました。
王妃様は何事もなかったように澄ました顔で、ケーキを召し上がっています。
トントン。来客を告げる音がします。
今度は誰?
「アリス! 来ていると聞いて、急いで戻ったんだ」
王子が一目散に、私の方に歩いてきて、ギュッと抱きしめます。
は! 王妃様とラティファ様がいるんですよ!
ちょっと、何するんですか。
ジタバタしていたら
「あら、仲良しでよかったわね、ホッとしたわ」
王妃様は扇をパタパタ。
「うちの兄の結婚相手と思ったのに……」
「アンソニーがアリスを渡さないと思うわよ」
叔母と姪っ子が冷ややかな攻防をしつつ、互いに笑みを浮かべています。あの、私はどうしたらいいのでしょう。
「アリス、久しぶり……、充電中」
背中をトントンされています。王子の腕の中から抜けられません。
王子からはシトラス系の良い香りがします。
「あの、タウルス様もいらっしゃいました」
御付きの女性が王妃の耳元で話す。
「まあ、タウルス様もこちらに……。ふふ、若者の恋模様だわ」
王妃様は喜んでいます。
「母上、それどころじゃないです。王都では異変が起きています」
「……」
王子の言葉に王妃様は真剣な面持ちになりました。
「王都の教会に食料や金属類が集められ、異教徒の教会には武器が積まれているのを確認しました。父上は、おそらくご存知ですよね……」
王子は顔をしかめています。
「え? まさか……。どうして教会に物が集まっているのですか?」
私が言い淀むと
「そのまさか、かもな」
タウルス様もうなずきます。
「俺も見てきたよ。王都全体の食料も不足しているな。民たちが騒ぎ始めているぞ。この国の食料や資源は、どこへ行ったんだろうな」
「そうか……、残念だよ。本当に。」
王子はタウルス様の顔を見て、悲しそうに肯きます。
「きょうはもう遅い故、アリス様はこちらに泊まればよい。離れは、いま誰も使っていないから……」
王子が静かに微笑みます。悲しそうな顔です。大丈夫でしょうか。
「でも……」
口ごもる私に
「せっかくですからね? ディナーもごいっしょに」
王妃様からお誘いを受けてしまいました。
がーん。お城で豪華なディナーとなりました。のんびりしたかった。とはいえ、お城の食事は食べたことがないので、楽しみでもあります。
「アリスは、食べ物で何が好きなのですか?」
王妃様が尋ねてくださいました。
「そうですね、やはり美味しいものですかね。好き嫌いはありません」
「甘いものも?」
「はい、大好きです」
王妃はニコリと微笑みます。気遣いといい、大人の感じが素敵です。
「私も好き! 今度スイーツ巡りしよう?」
ラティファ様がお誘いくださりました。
「あら、いいわねえ」
王妃様は温かく見守ってくださります。
香ばしい香りをさせたステーキに、クリーミーなポテト。新鮮な魚のフライに色とりどりのフルーツ。
あれもこれも食べたくなってしまい、目移りして困ってしまいます。
さっきサロンでケーキも食べたので、今日だけで絶対2キロは太ったと思います……。
ディナーが終わると、離れを案内されました。
ブラウンも一緒です。スーパー侍女・ブラウンがいれば、大抵のことは何とでもなりますからね。
ディナーはとっても美味しかったし、満腹になったはずなんですけれど、なんだか食べた気がしないのです。緊張していたのかもしれません。
小腹が空いています。あとでマジックポケットから何か出してこよっと。
離れと言っても、大きさは城1個分です。さすが王家。
きっと素敵な蔵書があることでしょう。探検もしたいと思います。
足元にはフカフカの絨毯が弾かれています。ヒールの足が歩くとふわっと沈みます。
歩き心地がいいです。王城ですから、しっかり掃除が行き届いていますけど、これをですね、私の究極魔法でちょいちょいっと……。
ふと気がつくと、ブラウンが私を白い目で見ていました。
脳みそのつぶやきが漏れていた? えええ? 独り言とか言ってませんよ。
「お嬢様が考えることは、お見通しです。いいですか、究極魔法で掃除とかしないでくださいよ。壊したら、一生王城から出られません。ずーと永遠に働かせられますよ」
やばい。それはやばい。
「わかりました」
シュンとちゃいます。
「それと、お嬢様。お部屋に入ったら、軽く何か召し上がりますか?」
ブラウン! なんて素敵なの。ありがとう。
「食べます。お腹が空いて、このままじゃ眠れない」
「そうだと思いました。突然、王家の皆様と食事なんて慣れていないですからねえ」
ブラウンに軽食を出してもらい、お腹もようやく落ち着きました。
夜半過ぎ。私はフカフカしたベッドの中にいます。
興奮して眠れない。こんないいベッドなのに……。
枕を何度ひっくり返しても……、目を閉じても、閉じても、夢の国へ出発できないんです。
本でも読もうか、水でも読もうかと、部屋の中をうろうろしていたら、ブラウンが、ドアを開けて「早く寝なさい」と怒りました。
すいません。
マジックポケットにいたマカミにお願いして、小さくなってもらい、私のベッドに入ってもらいました。奥の手です。これで安心です。
マカミは眠そうにベッドの上に丸くなりました。いいなあ。眠れて。その睡眠、分けてください。
ごろんごろんと寝返りを何べんも打っていたら、ブラウンが様子を見に来てくれました。ご心配をおかけしております。
「まだ、お嬢様、寝ないんですか?」
「だって……、王城で寝るなんて、ちょっと緊張して……」
「明日は本屋に行って、魔法道具屋に参りましょう。それから甘いもののお店に行きましょうか。すぐにトラウデンのお屋敷にも帰れますし、大丈夫ですよ」
ブラウンが優しく私に言うと、マジックポケットを開けて、中へ入っていきました。たぶん、ホットミルクを作ってくれているのかも。眠れないときにいつもブラウンはホットミルクを作ってくれるのです。これで眠れる気がします。
……クッキーもついていればいいな。乙女は太るから夜中にお菓子は食べないのが正解。でも、私は眠れないからいいのです。ザ・特例です。
ブラウンが声をかけてくれるまで、ベッドでマカミをなでなでしておきます。ふわふわで温かいマカミの寝息を聞いているうちに、なんだか瞼が重くなってきましたよ……。
バリン。
小さな、ガラスが割れる音がして、私ははっと目が覚めました。私のベッドにもぐりこんでいた小さいマカミも唸り声をあげています。
いつのまにか、寝ていたみたい。油断していたわ……。窓から数人が忍び込んできました。薄っすら瞼を開けると、赤マントの男たちです。
ブラウンはどこ? クッキーとミルクは?
がーん。食べ損ねた。
ショックの頭を正常にしつつ、マカミに静かにとお願いします。
いま、究極魔法で男たちを捕まえてしまう? でも、それでは何も解決しないような気がします。
男たちが何がしたいのか、確かめてみることにしましょう。
「おい、そっとだぞ」
男たちは私の両手と両足を結んでいます。どうしよう。やっぱり、ここは起きて暴れた方がいいのかな。それとも……、このまま様子見た方がいいかな。迷うわ。
ああ、あとでお父様とお母様に怒られるかも。
私が迷っているうちに、小さなマカミはますます小さくなって、スカートのポケットに入り込みました。
すごーい、マカミ。ポケットに入るんだ。今度またやってもらおう。
はっ。違うことに感動してしまった。いまは決断しないと。うーん、決着をつけたいなら、ここは拉致られるべきですかね。
仕方ない。あまり気乗りはしませんが……。
ええっと、ブラウンはどこ? ブラウンも、おそらく、マカミの唸り声やガラスの音で気がついたと思うけど。
ブラウンとお父さまたちに「赤マントの人たちと決着をつけに行きます」と思念波を送ります。
ブラウンは「マジックポケットにいます」と返信をくれました。
ブラウンもいれば、問題は起きないでしょう。
「おい、女は寝てるか?」
「あー、ぐっすりだ。薬が効いたんだな」
薬? そんなの飲ませられたんですか? いつのまにか? お茶に、はいっていたのでしょうか。誰が入れたんだろう。
ひどいな…。
一応幼いころから耐毒性の訓練も、解毒の魔法修行はしています。やれやれ。念のため、解毒の魔法を自分に掛けておきましょう。
王妃様、ラティファ様は大丈夫だったでしょうか。気になります。王族ですから、耐毒性の訓練はされているとは思いますけど……。
「そ~れ!」
ふわっとベッドから浮いたと思ったら、二階から荷物を落とすかのように、私が落とされました。二階の窓から落とすなんてひどい! なんて雑な扱いなの!
ひー。死ぬ……。と思っていたら、下にいた赤マントの一人が私を抱きとめてくれました。
あまりの手荒さにびっくりして、おもわず目を開けてしまいます。
「え?」
これまたびっくりです。
赤マントに身を包んだピュララティスのタウルス様がいます。
ええええ? どういうこと?
タウルス様は面白そうにウインクして、静かにしていろと私の唇に指をあて、微笑みました。
あわてて私も、もう一度目をつぶります。
ええええ? なんでタウルス様がいるの?
どうして、私はタウルス様に抱きかかえられて、馬車に乗っているのでしょう? というか、人質らしくその辺に寝かしてくれていいんですよ。
横に抱っこしたまま座らないでください。恥ずかしいですから……。赤面ものです。ほんと、やめて、やめてね。
耳まで赤くなっているのが自分でもわかります。
「アリス、真っ赤だね。起きているってバレちゃうよ。ばれないようにもっと抱きしめて顔が見えないようにしてあげるね」
タウルス様が楽しそうにささやきます。
「ひー!」
声にならない悲鳴を上げます。タウルス様……、刺激が強すぎます。
首をブンブンと振っていたら、タウルス様は「冗談だよ」とニコニコしていました。
「あの、すいませんが……、抱っこはちょっと……恥ずかしいので、もう下ろしてくださいませんか」
他の赤マントの人たちに気がつかれないように、ようやく抱っこをやめてもらいました。
心臓に悪いです。変な汗をかきました。どうして、王子といい、タウルス様といい、距離感が間違っている人がいるんでしょうね。
まあ、2階から受け止めてくれたことはありがたいと思いますけど……。
幌のついた荷馬車に詰め込まれているので、だいぶガタガタします。
「うわっ」
ガッタンと馬車が上下に揺れました。ちょっとでこぼこ道のようです。背中を打ちました。痛い~、涙がでます。
このまましばらく馬車に乗っているなら、そのうち身体がおかしくなりそうです。
「究極魔法・風、私の体の下に風のクッションを」
そっとつぶやいて、身体に風をまといました。
ふう。これで眠れます。睡眠不足はお肌に大敵です。それにね、物事がよく考えられなくなるの。寝ないとね。
タウルスは、私の風魔法に気がついたようでびっくりしていました。くちを開けて、絶句してます。
なんでタウルス様がいるのかしら。赤マントとお友達? うーん、まさかね……。海の民だもの……。
すいません、あとは……、また、あとで考えます。とりあえず……、寝せてください。
私は眠くて考えられなくなりました。次に気がついた時は、空がだんだん明るくなっているころでした。
少しは眠れたようで、体力も回復です。
改めて見ると、この馬車には、5人の男(うち一人がタウルス様)がいます。
タウルス様はワイルドな魅力を持ったイケメンですが、他はなんだかパッとしない面子だわと思ってしまいました。ずりずりと動いて、ようやく座ってみました。寝る姿勢ばかりはつらすぎです。
「あ、人質が起きたぞ」
男の一人が御者に伝えます。っていうことは御者も仲間なんでしょう。
「あの……、どこに向かっているんですか」
「……」
物おじしない物言いに驚いているのでしょう。いちいちおびえているフリなんてできません。あしからず。
「あの、喉が乾きました」
男たちがざわめきます。
一体生身の女性を何だと思っているんでしょうね。公爵令嬢だって、お腹もすくし、のども乾くんですよ。朝ご飯、食べたい。
「ああ、もうすぐだ」
一人が呆れたようにつぶやきます。
タウルス様は心配そうに見つめてきましたが、見ないことにしました。
今ごろ王子は焦っているでしょうか。せっかくの本屋に行く日なのに、よくも拉致ってくれましたね……。楽しみにしていたのに……。
「あと、お腹もすきましたわ。美味しいものがたべたいわ」
腹が立ったので、にこりと笑って、しれっと要求してみました。
男たちは、私の方を見ないで、諦めのようなため息をついています。ちょっと、失礼よね?
手足の拘束さえなければ、マジックポケットも開けられるし、空間切り裂き魔法で帰れますから、ちっとも焦ってはいないですけどね。いきなりブスっと剣で刺されなきゃ、多分生きて帰れます。
やがて幌馬車は止まりました。
ガヤガヤという喧騒の中に波の音がします。これは、リマーの港っぽい気がします。この前までいたのになあ……。また来たよ。
これからどこに連れて行かれるんだろう。ふと心配になります。
私…一応魔法力はあるんです。だから、逃げる気になれば、いつでも、逃げられます。
でも、私をつけ回している犯人がわからなくなりますから、まだ我慢でしょう。
しかし……、拉致られるのは、気分が良くありませんね。居心地も悪いし。
赤マントの男たちが馬車を降りて、準備をしています。
うーん、海路でいくのでしょうか。車輪の音や、往来の音……、荷物を積んでいる音がします。まさか、私、荷物として積まれるんじゃ?
ちょっとショックです。公爵令嬢、荷物として運ばれる……。
予想通り、船に馬車ごと積み込まれました。もう笑うしかありません。
えええと、私は到着するまでこのまま馬車の荷台にいるってことですか。
ちょっと、いやだなあ。ぜったい体が痛くなるよ。
荷台にいた男たちは、荷台から降りて行きました。きっと船の中でひとやすみですよ。うらやましい。
私一人、船内の倉庫で馬車にいます。思案した結果、手足のロープを解くことにしました。こういうことは得意なんですよ。究極魔法・風を細く、細く使って、ロープを動かすのです。ふふふ、成功しました。
身動きがとれるようになったので、あたりを見回します。どうやら、貨物船のようです。いっしょに鶏や牛もいて、にぎやかです。
両隣にも船があるみたい。海を眺めたりしたかったな。
ああ、これが初めての船旅……になっちゃうわけ? いくらなんでもこれはノーカウントよね。だって、貨物扱いの上、馬車ごと乗船って、いくらなんでもねえ。ひどくない?
お! ちょっとした隙間を発見! よくは見えないんですけれど、小さい穴から隣の船に金属製品の入った積み荷が運ばれていくのが見えます。ああ、箱のふたをちゃんとしないと、中身が落ちますよ。
やっぱり、落ちました。雑に扱うから……。
男たちが慌てて拾い集めています。
あれ、あれって、トラウデンの金属加工職人のサミダのものじゃないですか?
腕の立つサミダの細工は、半端なく細かく、幾何学模様とツタ植物を絡めた独特のデザインが表面にほどこされているので、すぐに分かるんです。
もしかすると、あれはサミダの製作途中のものなのかもしれません。
しかし……、サミダの金属製品が入った箱や荷物、それに、隣の船はどこに行くのでしょう。
首を傾げながら、私は荷台に戻り、マジックポケットを開きます。
「お嬢さま! ご無事でしたか?」
ブラウンが涙目になって、私の身体を確認します。
「大丈夫ですよ」
ブラウンが私の身体を抱きしめてくれます。
「ええええええええ! 王子!」
なんと、王子もマジックポケットから出てきました。びっくりしている私を見て、王子は「無事でよかった」ときつく抱き締めます。
「誰がこんなことを……」
王子が唇を噛んでいます。
ブラウンは困った顔でため息をつきました。
マカミもポケットから出て来て、小さめ位の大きさになりました。いつものサイズだと窮屈だからね。
「マカミもいたので、様子を見ておりました。何かあったらあいつら始末しましょう……と思っていましたが、アリス様がご無事でよかった」
ブラウンがマカミを抱き上げて、撫でています。
「あのさ、お腹すいちゃった」
私の欲望を告げると、ブラウンは頬を緩めます。
「そうですね。お嬢様、朝ご飯にしましょう。マジックポケットにいらしてください」
私たちはマジックポケットに入り込みました。
なんと、ブラックナイトもマジックポケットにいました。私の顔を見て小さく嘶き、長いしっぽを振ってくれました。
「そうそう、赤マントのなかにタウルス様がいらしたの」
もぐもぐと食べながら報告すると、王子が紅茶を大きく咽ました。
「ううう……ゴホンゴホン」
「だ、大丈夫ですか」
王子の背中をさすって差し上げます。
あああ、かわいそうに。王子の咳き込みは止まりません。変なところに入ってしまったんでしょうか、王子は涙目です。
「ううう、タウルスがいた? 本当か」
王子は口をナプキンで押さえながら、話します。
「はい。捕まった私をいろいろ気遣ってくれました。逃がしてはくれませんでしたけど」
王子とブラウンは腕を組んで考えています。
まあ、タウルス様がなぜいたのか、全く理由は皆無です。
王子は何か知っているのでしょうか。
「とにかく、私を狙っている犯人が分かれば、きっとタウルス様の目的もわかると思うし、さっさと朝ご飯を食べてしまいませんか?」
私の誘いに王子は渋々首を縦に振ったのでした。
「ねえ、どうして王子がブラックナイトとマジックポケットにいるの?」
ブラウンにこそっと尋ねました。
「アリス様が寝た後、離れに王子が訪問されたんですよ」
「え?」
未婚女性の夜の部屋に? よくそんな大胆なことができますね。思わず眉根を寄せます。
「何かお話があったみたいなんですが、入り口で私が応答しているうちに、アリス様はお眠りになり、襲撃されたので、慌ててマジックポケットに王子とブラックナイトが……」
「なるほど、そうでしたか」
私は腕を組みました。
「で、何の用事だったのか、聞いた?」
「聞いてません。私が聞けるわけないじゃないですか」
ブラウンは困った顔をします。
そうですよね……。王子ですからねえ、聞けませんよね。
王子の方を見ると、夜通し起きて、私のことを心配してくれていたみたいで、今はソファーで仮眠しています。私に何かあったらマジックポケットから飛び出してくれるつもりだったに違いありません。
毛布をそっと王子にかけてあげました。
「無理されないでくださいね」
私はそっと王子の髪をなで、音を立てないように船の馬車に戻ります。
マカミとブラウンたちには、マジックポケットで待機してもらうことにしました。すでに2時間が立つ頃ですから、そろそろ男たちが様子を見に来るかもしれません。
ということで、私は孤独に荷馬車です。
売られていく子牛の歌を思い出します。合いの手に牛や鶏、羊が泣いてくれます。
一通り歌い終わると、荷台でやることがなくなりました。暇です。絶賛ひまひま中。
もうひと眠りしようかとも思いましたが、なんだか揺れるんですよ。船だから。
ぶつぶつ言っているうちに陸地に着いたようです。縄を巻きなおして、スタンバイ、OKです。
赤マントの男たちがやってきました。
タウルス様はというと、フードを深くかぶっていますが、無事のようです。
船着き場で、馬車が降ろされました。海とは違う、水の音です。そういえば、海の匂いがしません。これは、川なんでしょうか。あと、なんかあまり嗅いだことがない匂いがします。何の匂いかな。あとは、なんだか暑いです。どこまできてしまったんだろう?
スパイシーで、すこし甘い香り……。
幌の隙間からのぞくと、赤い土が見えました。ハトラウス王国ではないようです。
ああ、マジですか。外国に来ちゃったよ。
お父さまたちに報告しないとね! びっくり、どっきりです。で、私の運命はどうなるんでしょう?
「あの……。ここってどこですか」
きょろきょろする私が赤マントの男たちに聞くと、男たちはぎょっとした顔になりました。
「ヘカサアイ王国だ」
タウルス様がぼそっとつぶやきました。突然話しかけてすいません。
それに、サミダの金属加工品の乗った船も、私たちの船の前につけられています。みんなまとめてヘカサアイ王国か……。
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