16 赤の国ヘカサアイ王国

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16 赤の国ヘカサアイ王国

赤マントたちは私を馬車から降ろします。 「ここは……」 思わず見上げてしまいました。赤い岩でできた、城の壁がそびえたっています……。風は湿気を含んでいないため、熱風に近いです。 喉が埃っぽい感じがします。 城の兵に案内され、門をくぐると、緑豊かな庭が広がっていました。 城には贅沢に水を引いているのでしょう。池や噴水まであります。 城の中は……、外壁の赤い岩ではなく、白い艶々としている石で作られていました。 建物自体が冷たくひんやりしていて、暑さは感じさせません。どういう仕組みなんだろう。不思議……。 兵たちが私を囲み、どんどん城の奥へ連れて行きます。赤マントの人たちとは、ここでお別れのようです。タウルス様にご挨拶をと思って、赤マントの人たちの中にタウロス様の姿を探しましたが、いませんでした。 はやっ!!! 逃げ足というか、行動がというか……。諜報部員っぽい? タウルス様にも、なにか目的があるのかもしれませんね。 まあ、王族のすることなんてわかりませんからね。ふう。放っておきましょう。 中央のホールに通され、そのまま玉座へと続く道へ案内されていきます。あああ、やだなあ。顔が引きつっちゃいます。 まさか、今回の事件がヘカサアイの王室絡みとは……。戸惑ってしまいます。 「ここで待つように」 兵の1人に言われ、私はポツンと玉座の前に立たせられています。 「マジックポケット」 私はそっと詠唱して、マジックポケットを開きます。 周りをよく見回してから、ブラウンと王子を呼び出します。ここ大事! 「お嬢様、ここはどこですか?」 ブラウンがキョロキョロと見回します。 「たぶん、ヘカサアイだと思う。そして、ここは城で、玉座の間だと思う……」 「……」 ブラウンさーん、目が点になってますよ。大丈夫ですか? 「どうしてこんなことになったんですか」 「いやいや、わたしだって聞きたい……」 ブラウンと私はため息をつきました。 「まさかと思っていたんだけど……、ほんとうにヘカサアイだ」 王子も確認しています。 左の柱の向こうに何か動いた気配があります。かすかに足音も。複数の足音です。 「誰??」 私は思わず声をかけました。 ブラウンはさっとマジックポケットに戻り、王子は、サッと右の柱の影に隠れました。 「おお、これはアリス殿。お初にお目にかかりますな」 数人の男とともに、鮮やかな赤い衣装に包まれた、20代の男性が現れました。髪は黒く、肩よりも長い髪をしています。褐色の肌に整った顔……。モテるんだろうけど、傲慢な感じがします。 「寝ていたはずなのに、なぜ私がここにいるのでしょう」 にこやかに笑みを浮かべて、答えて差し上げましたよ。 「船に自ら乗ったのでは? おかしなこともあるもんですな」 大臣たちは笑います。 そんなわけないでしょ。ばかじゃない? と言いたいですが、我慢。 国際問題にならないように、家に穏便に返してもらえばいいのですから。 「……夜中に二階から落とされたと思ったら、ヘカサアイ王国ですわ。では、私、忙しいので帰らせていただきます」 「噂にたがわず、美しいね。アリス、興奮した様子も麗しい」 赤の王子が口角を若干上げます。 この人、何か企んでいる予感がします。早くここから逃げないと。 「美しい髪だ。我が一族にはない白い肌に金色の髪。金色はわが国ではよい色でな……。それにこのオレンジ色の瞳。見ようによっては金にも見える。吉兆だな。」 赤の王子は満足げにつぶやきます。 「アリスはラッセル公の長女だ。ハトラウスの中でも特にトラウデンや新領地は素晴らしい。しかもアリスは魔法の能力が高い。きっと我が国に役立つだろう」 赤の王子が私の方に近づいてきます。 ちょっと待って。こっちに来ないで。ヘカサアイのお役になんか立ちませんよ!! 「……来ないで!!」 広間は静まり返りました。 ゆっくり後ずさりをします。扉までそっと退散したい。 もう究極魔法出動させちゃうよ? いや、究極魔法を見せたら、余計、赤の王子に執着されちゃうかも。魔法はつかえない!! 「おびえなくてもよい。私は貴女に危害を与えるつもりはない」 赤の王子はうっすらと笑いを浮かべました。 怖い怖い怖い。 「その髪は、本当に金なのか」 赤の王子は私の首筋に垂れている、ハーフアップの毛を一束摘まみ、まじまじと見た後、ゆっくりと唇を落とそうとします。 その瞬間、王子が柱から飛び出してきました。えーん、王子、ありがとう。 「女性に無礼だろう」 「これはこれは。ハトラウスの王子。我が国に招待したつもりはないが……、突然の謁見とは、呆れた。そちらの方が無礼なのではないかな?」 「うちの城からアリスを拉致したのは、誰だ。たまたま、アリスと愛を語らうために、部屋を訪れていた最中だったのだ!」 王子と赤の王子が目を合わせて、バチバチしています。 え? そうだったの? ちょっと、恥ずかしいんですけど。 「……貴殿は婚約破棄したのでは? 我が従妹カトリーヌと新しく婚約したのではないか」 「そんな覚えはない」 王子がぴしゃりと否定します。 「ハハハ。だとさ、カトリーヌ。残念だったな」 赤の王子は大きく笑いました。 「私が、王子の今の婚約者なのに……。ひどいわ」 広間の奥の扉から、カトリーヌ様が走ってきました。 なんだか頭が痛くなってきた……。どういうこと? いったいどうなってるの? 「ひどいですわ。王子、婚約したばかりなのに、もうお気持ちが冷めたのですか」 「冷めたも何も、私は貴公を婚約者と認めていないし、思いを通じ合わせた覚えもないのだがね」 王子の言葉にカトリーヌ様が涙ぐんでいます。 「毒を盛って、私が熱でうなされているときに、父である王と副教皇がカトリーヌ様との婚約を成立させるよう、計ったのであろう。そんなのは無効だ。私の意志がないのだからな」 「私とあなたの仲が無効? ひどいですわ」 カトリーヌ様が訴えます。 王子、カトリーヌ様にまさか手を出したなんてことありませんよね? 「私とあなたの仲」って言ってますけど。 私のじとーっとした視線に気がついた王子が、慌てて首を振ります。 カトリーヌ様はよろよろと床に座り込んでしまいました。 「く、くやしい……。こんなに王子のことが好きなのに……」 大粒の涙をポロポロと床に落としています。 「赤の王子、そういうことだから、アリスは私の婚約者だ。残念だったな」 王子が赤の王子に向き合います。 「ふ、そんなの関係ない。欲しいと思ったら手に入れるまで」 赤の王子は冷たく言い放ちます。 「ちょっと待った! 勝手にお前らだけで話を進めるなよ」 タウルス様が飛び出してきました。 えええええ! もう、どうしてこんなことになるの? 誰かどうにかしてください。 「赤の王子は俺の妹と婚約申し込みしているだろう。どういうことかな」 タウルス様の目がキランと光っています。 どういうこと? 信じられません。いろんな意味で驚きです。 私は赤の王子を睨みつけます。 「この国は、男女ともに重婚が許されている。私は、特に気が強い女が好きなのだ。アリスのように美しい女も、情熱的なラティファも、二人とも欲しい」 赤の王子は美しく微笑みます。 こんな状態でも口説いてくるとは……。王子というやつは案外図々しいのかもしれません。重婚ってなんですか……。無理、無理。私には無理! 「ラティファとアリスを手に入れて、ハトラウス王国の孤立をねらったのか!」 王子は呆れています。 「そうだ。あいつはラティファに婚約を持ち掛け、周辺諸国を味方につけて、ハトラウスを撃とうとしていたんだ」 「タウルス、お前もアリスを狙っていただろう? アリスの凶行、吉兆の容貌。一目見て、気に入った。あれは、私にこそ相応しい」 赤の王子が私の方へゆっくりとやってきます。 ちょっと待って。凶行って何? ひどくない? 「お前は私の手を取るべきだ」 赤の王子の瞳は、深紅色で、キラキラと光っています。 「アリスは赤の王子にはやらない。残念だったな」 タウルス様が顎を撫でながら、私をちらっと見ます。本気ですか? 売り言葉に買い言葉ですよね? 「私となら、長く生きられるぞ。平和ボケ、色ボケしたハトラウスや、仲良し主義のピュララティスはいずれ滅ぶであろう」 赤の王子は、私の目をじっと見てきます。 えええ? もう勘弁して。 王子とタウルス様の額には青筋が立っています。 私抜きで、ケンカしてください。キャパシティー、オーバーなので、退出してもいいですか? おうちに帰りたい……。 ふと見ると、カトリーヌ様が怖い顔で三人の男たちを見ています。 「お父さまは、私にアンソニー王子を下さるっておっしゃってました。それなのに……。赤の王子もアンソニー王子も、タウルス様も、アリス、アリスって……」 カトリーヌ様がすくっと立ち上がり、私の前に立ちはだかりました。 「カトリーヌ様?」 バチン 次の瞬間、私の頬が叩かれていました。 「アリス!」 王子が私に駆け寄ります。 「大丈夫です」 私は右頬を抑えます。ジンジンします。叩かれるって痛いものですね……。涙が浮かんできます。 これって、まさに修羅場ってやつでしょうか。ちょっと感動です。修羅場、初めて体験しちゃいました。 頬も痛いですが、嫌な気分です。 カトリーヌ様は涙を滝のように流しています。 なんだか私が悪いみたい……。よくわからない、罪悪感が綯い交ぜになります。 どうして、こんなことになったのでしょう。 「カトリーヌ様、アリス様をいじめてはだめよ」 トコトコと小さい子が出てきました。 え? この子だれ? フィリップよりも小さい……わね。目鼻立ちがクッキリとしていて、将来美人さんになること、間違いなし! でも、こんな大人の修羅場の中、小さい子が野放しなのは、危ないよ。ダメダメ、こっちに来ちゃだめ。 「お兄さまも、アリス様をいじめてはいけません。そんなやり方じゃ女の子は喜びませんよ」 女の子は、赤の王子をキッとにらみます。 「イリス……、どこから来た? 部屋にいなさいと言っただろう」 赤の王子は怒った口調でしたが、一瞬頬を緩めました。 「だって、イリス、お兄さまに会いたくなったんだもん。あと、アリス様と、隣の国の王子さまにも……。お客さまにご挨拶したかったんだもん」 イリス様は上目遣いで赤の王子を見つめます。 「やれやれ、困ったものだ。何かあってからでは遅いのだ」 赤の王子は相好をイリスと呼ばれた女の子を迎えに両手を広げます。 「おにいさま~」 女の子が赤の王子の方へ駆けだします。 なんて、可愛らしいの! お兄さま、大好きなのね。ほのぼのする絵面に思わずほっこりです。フィリップも昔はそうだったのよ。懐かしいわ。 いかん、いま、それどころじゃなかった! 「はじめまして。ヘカサアイ王国第二子のイリスでござぃます」 5、6歳の少女が私にカーテンシーをしてくれます。 初々しくていいです!  こんな小さい子がご挨拶してくれるのに、失礼な態度はできません。 「はじめまして。ハトラウス王国の、ラッセル公の長子のアリスです」 とりあえず私もにこやかにご挨拶をしました。 「アリスさまは……、お噂通り、素敵な方ですわね。お兄さまと結婚されるの? ラティファさまも、アリスさまも私のお姉さまになってくださるのね! わたし、とても嬉しいわ」 イリスさまは頬を赤くしています。 いやいや、あり得ませんから。 私が首を横に振っていると、タウルス様も首を横にして、否定されていました。 「アリスは私の婚約者ですよ」 王子が冷たい笑みを浮かべています。 相手は小さい子ですよ、王子。やさしくね。 「でも、婚約破棄されて、カトリーヌと結婚されるのでしょ?」 イリスさまは顎を少し上げて、両手を腰に当てました。 「いいえ、カトリーヌ様とは婚約が成立しておりません。そもそも私の意識がないときに仕組まれたのものですから」 「国のために結婚とか考えなくていいの?」 「不要です。外交戦略としての、結婚による平和維持の時代は終わっております」 「へえ、本当に?」 王子のセリフにイリスさまの口が歪みます。 見た目に騙されるところでした。5、6歳でも超・優秀な方のようです。 「僕は毒を飲まされ、ベッドに伏せている間に、副教皇とヘカサアイ王国の王家の血を引く女性との間にできた、カトリーヌ様との婚約が勝手に結ばれたんですから」 「ええ!」 婚約破棄は、王子の意志ではなかったの? 王子は王家を継ぐことができるただ一人のお方。それなのに毒を飲ませた? 誰がそんなことを……。カトリーヌ様はヘカサアイ王国の縁者だったの? ツッコミどころ満載なんだけど。 「アリスとの婚約解消を拒み続けたせいでしょうね。まさか毒を盛られるとは……」 王子はため息をつきました。 「王子があまりにも素敵だからですわ。ちょっと強い薬でしたが致死量ではありませんわ。死人を愛でる趣味はありませんから」 カトリーヌ様がうっとりと王子を見つめています。 「……」 王子が嫌悪感をあらわにします。 「お父様だって、私と王子が結婚した方がハトラウス王国の未来も明るいっておっしゃってましたの。ハトラウス王国を救うにはこれしかないんですの。アリス様は赤の王子と結ばれてくださいませ」 王子は軽蔑したようにカトリーヌ様を見ます。 「ヘカサアイ王国は、副教皇を使って、ハトラウス王国を乗っ取ろうとしていたのは明白。そんなの断じて許さない」 王子は赤の王子を睨みます。 「ピュララティス王国も、ハトラウス王国側につくぞ」 「当たり前だ」 王子はタウルス様の方を向きます。 「ラティファが不幸になるのを黙ってみているわけにはいかないし、アリスを赤の王子にやるわけにはいかんからなあ」 タウルス様は顎を手で触ります。 いやいや、こんな状況では、私は誰とも結婚しませんよ。 副教皇がカトリーヌ様を使って、ハトラウス王国の転覆をはかっていたんですか……。なんてことでしょう。 じゃあ、リリアーヌ様は? 王はどうなるのでしょう。王妃様は? 「お姉さまは僕のお姉さまだ! ヘカサアイには渡さないからな」 ま、まさか。この声は……。フィリップ!  小さな足音が走ってきます。それに続いて、複数の足音が響いてきました。廊下のあたりの、金属同士がたたきつけあう音が広間にも響いてきます。 回廊へ続く大きな扉が、ばんと開かれます。 「お父さま、お母さま、フィリップ……」 家族大集合になっております。 「大丈夫か? 遠見の珠でずっとみていたよ。アリス、よくがんばったな」 「お父様……」 お父様は、私とお母様に「下がっていなさい」と言いました。 「よく耐えましたね……」 お母様は涙ながら私を抱きしめます。 「僕も闘います」 フィリップはお父様の横に並び、剣を構えます。 緊迫した雰囲気です。 「お姉さま、ねえ、お姉さま」 フィリップが小声で私の袖を引っ張ります。 「え? どうしたの?」 「お姉さま、この子、誰? 小さい女の子がいるんだけど」 フィリップは怪訝な顔をして下を見ます。 あれ、イリスさま……。なぜ、こちらの陣営に? 赤の王子の妹なのに、いいの? 大丈夫なの? 今、ヘカサアイ王国VSハトラウス王国、ピュララティス王国、ラッセル家ファミリーなんですけど。 「綺麗……。天使様みたい。好き」 イリスさまがフィリップの顔へ手を伸ばします。 そうでしょ。分かってらっしゃる。うちの弟は世界一可愛く、美しく、天使のごとくです。 「ちょ、ちょっと」 フィリップは驚いています。 もしかして、イリスさま、フィリップに一目惚れ……? イリスさまはじっと潤んだ目でフィリップを見つめています。 「あ、おまえ、妹にくっついているんだ」 赤の王子が腕を振り上げ、つかつかとフィリップの前にやってきます。 フィリップがピンチです。 お父様がフィリップを守ろうと赤の王子の前に立ちふさがろうと前に出ます。 うわ、お父様と赤の王子のにらみ合いです。 「お父様、がんばって!」 お母様と私はお父様に声援を送ります。 「ねえ、フィリップさま、あちらでお茶でもしませんこと?」 イリスさまはのんきにフィリップに微笑みます。 えええ! 周囲の驚きをよそに、イリスさまはフィリップを外に連れ出しました。 私は遠見の珠をそっとフィリップのポケットに忍ばせます。いざとなったら、思念波が来るだろうけど、保険です。 「様子はこれでわかりますから」 お母さまにつぶやくと、お母さまが小さく頷きます。 赤の王子は大きなため息をつきます。 「ラッセル公、すまない。妹が面倒をかける。無事、ちゃんと帰すからな。安心せよ」 赤の王子がお父さまに宣言します。 それより、赤の王子? 私を拉致ったことに対して謝罪はないんですか。 私は赤の王子を見返しました。 「アリスは義理姉になるかもしれないな」 赤の王子はニヤッと笑います。 「わが国ではいつでも婚約も結婚もできるからな」 「え?」 「ハトラウスとちがって、我が国は年齢制限はない」 赤の王子の返答に私は冷や汗が出てきました。 お父様とお母様も顔を見合わせて、焦っているご様子。顔には出ていませんけどね。家族だからわかるんです。 「うむ……おもしろいかもしれんな」 赤の王子は、玉座に座り、足を組みました。 「全然、何も面白くない」 王子が応えます。 「俺がアリスと結婚、妹がフィリップと結婚すれば、ハトラウス王国のラッセル公の親戚となる。ラッセル公は最近領地拡大に成功したらしいな」 くう、赤マントの奴らめ。しっかり告げ口していたみたい。 「これで、ハトラウス王国の台所に食い込めるってわけだ。包囲網を敷いて、ハトラウスと争わなくても、無血で外交が進みそうだな」 「アリスは渡さない」 「そうだぞ、おまえ、順番は三番目だからな」 タウルス様が口をはさむ。 「俺の結婚相手はアリスと決まっている」 王子の答えにタウルスと黒王子は笑みを浮かべています。 はあ、なんだか面倒なことになってまいりました。逃げたいです。 ……フィリップ、大丈夫かな。 イリスさまはフィリップのことが好きそうだから、危害を与えることはないと思うけど……。少し心配です。 男同士の会話が続きそうなので、私は遠見の珠の映像を見ることにしました。追跡魔法まで付加されているので、フィリップの居場所もわかります。 あら、フィリップったら、なんだか素敵なところでお茶をしているじゃない? ここ、図書室?? ヘカサアイの図書室! 見てみたい! 目をキラキラさせていたら、赤の王子が大笑いしています。 「アリスは本が好きなんだな。よいよい、では、図書室に案内しよう。よりによって、図書室でお茶とはな……。勉強熱心だ。フィリップもなかなか有望だな」 「アリスが行くなら、僕も」 「俺も」 王子とタウルス様も提案にのっかります。 お父様とお母様は毒気が抜かれ、呆れています。赤の王子は女官に命じて、お父様とお母様用にお茶を入れさせています。 「ああ、これは毒は入っていない。気になるなら、銀器にいれてもいいし、毒見役に飲ませてもいい。だいたい、俺は毒など好かんのだ」 赤の王子はうっすら笑い、カトリーヌ様を見ます。 「騒がしいと思って来てみたら、正解ね」 リリアーヌ様が現れました。 なんであなたがここにいるのですか……。一緒に図書室まで行く気ですか? カトリーヌ様とリリアーヌ様と距離をとっておこうっと。危ない危ない。 図書室は、本当に素敵でした。 見たことがない文献が山のようにあります! 端から端まで本棚を見ていきます。ああ、目移りする。眼福です。 うおー、この本読みたい。欲しい。 目を輝かせて見ていたら、 「うちの図書室もすごいぞ。ピュララティス王国に見に来るがいい。アリスなら、読み放題だぞ?」 タウルス様がつぶやきました。 「え?」 本当ですか? 行きたい! 私が顔をあげると、タウルス様が甘く微笑んでいます。 「ちょっと待った! アリスが、ピュララティスに行くなら、僕も行くからな」 王子が宣言しました。 ああ、そういうこと。タウルス様のお誘いは婚約前提? もしくはお付き合い前提? いや、結婚前提?ってこと? あ、危ない危ない。 そうですよね……。そう簡単に王室の図書室に外国人を出入りさせてくれませんよね。 タウルス様は小さく「ちっ」とつぶやきます。 この本には、スキンケアやエクサイサイズなどが事細かに載ってます。王都の本屋にも、うちの町にもない分野の情報です。 これ、売れるんじゃないかしら。 熱心に見ていたら、イリス様が「すでにお美しいお姉さまには不要だと思いますけれど、差し上げますわ」と言って、『毎日楽しいエクササイズ』と『基本のスキンケア』という本を私にくれました。 ブラウンがドヤ顔して、うなずいています。ええっと、スルーしておこっと。 本、うれしいです! ありがとう。家に帰ったら早速読みたいと思います。 「こんな素晴らしい本、頂いて……、本当に構いませんか?」 「ええ、将来のお姉さまなら……。」 イリス様はフィリップの腕に自分の腕を絡めています。 フィリップは絶賛苦笑中です。 赤の王子は私に近づいてきました。 「是が非でもアリスをぜひ手に入れたくなってきたな」 王子は赤の王子を睨みつけます。 「そうだ、恨まれるのは筋違いだと言うことを伝えておこう。アリスを手荒にヘカサアイ王国に連れてきたのは、カトリーヌとリリアーヌだ」 「……、やはりそうか」 王子は面白くなさそうな顔をします。 「……ハトラウス王国も大変だな。これからどうするのか、高みの見物としよう」 「くうう」 王子はぐうの音も出ません。 王子の腕を触ると、王子は眉根を寄せてうなずきました。 「アリス、そんな面倒な王子は捨てて、うちにくればいい。金はいくらでもあるぞ。お前が嫁いでくれば、我が国はいまより農産物が多く出回るだろう。ウィンウィンの関係だ」 「……いいえ。私はハトラウス王国の、ラッセル領の人間です。それはできません」 私は首を横に振りました。 「考え直す時間をやろう。どうせハトラウスの王子は、アリスのことなど構っている暇もないだろう。しばらくの間、いそがしいだろうからな」 赤の王子はふと笑います。 王子は唇を噛み締めながら、切なそうに私を見つめました。 「土産話をもう一つしてやろう」 赤の王子は王子と向き合います。 「お前に毒を盛ったのはカトリーヌたちだ。私は毒を使うのは好きではない。人によって効き目に誤差があるからな。やるならこっちだ」 赤の王子は玉座そばにある刀を目で示します。王子はやっぱりと言う顔をしていました。 「……。なぜ、僕に犯人を教える?」 「ヘカサアイの侵攻がハトラウスにバレて、ピュララティス王国にもバレた。婚約候補のラティファも、この事態に怒っているに違いないからな。この辺で挽回しておかないと。外交だよ、外交」 赤の王子は笑います。 「それ以前に、ラティファはお前に嫁がせる気もなかったがな」 タウルス様が突っ込みます。 「ハトラウス王国の孤立、侵攻が無理になったのなら……。それならそれで、戦略を変えるまでだ」 赤の王子はにこりと笑いました。整った顔の人が悪い笑いを浮かべても、醜くはないんだなと感心してしまいます。 王子は赤の王子を睨みます。 「アリスは私の婚約者だ」 「ハハハ。まだ結婚はしていないだろう? それにアリスが望めば、私は重婚できる身だ。チャンスはいくらでもある」 王子は悔しそうにしています。 重婚はお断りします……。あり得ませんから。 私が激しく首を横に振ると、赤の王子は大笑いしています。 「ヘカサアイ王国の印象が悪いのは、今後の付き合いによくない。だから、少しだけ、情報提供をしたまでだ。それに……、イリスがフィリップと結婚するなら、また局面が変わってくるだろう」 赤の王子は、カトリーヌ様とリリアーヌ様の方を一瞥をくれました。 カトリーヌ様とリリアーヌ様は赤い顔をして手を振るわせ、ドアを乱暴に閉めて帰っていきました。 フィリップとイリス様も私たちのところに戻ってきました。そろそろ私たちも撤収です。 「アリス……、また会おう」 赤の王子はひざまづいて、私の手に長々と唇をつけます。 ちょ、ちょっと長い! やれやれです。もう疲れたので、私は帰りたいです。 「チュッ。消毒……」 赤の王子を押しのけて王子が跪き、私の手の同じ箇所に唇を落とします。 あわわわ。もう、王子は……。 身体中の血が熱くなってしまいます。 この気持ち、なんといっていいか、わかりませんが……。王子にきゅんとしてしまいました。こんな状況で、私をドキドキさせるのは、勘弁してください。 赤の王子に見送られ、私はお父さまたちが乗ってきた馬車に乗り込みます。王子はブラックナイトに、タウルス様も馬に乗っています。 はあ、なんて一日なんでしょうか。 グッタリでございます……。
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