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17 帰国してのんびりしております
「やっぱりのんびりは最高!」
数日、私はのんびりと実家のベッドでゴロゴロしておりました。お父様もお母さまも、フィリップも、ヘカサアイ王国で疲れた模様。
ブラウンは通常運転です。町に買い物に行って、マジックポケットの中身の補充にいそしんでいます。ブラウン、ありがとう。
新しい領地も気になりますが、シタラとマイヤがいます。今のところは問題ないみたい。ちゃんと報告はもらってます。魔法って便利ですね。
王子は大丈夫なのかしら……。いつ会えるのかしら。心がなんとなく涼しいような。
これって、寂しいってやつかもしれません。王子がそばにいすぎて、いるのが普通になっていたのかも。
ぼんやりとおやつを戴いていたら、1階が騒がしいです。
廊下がバタバタしています。気になります……。
こういうときって、何か起きるんだよね。まさかと思うけど、この賑やかさ。王都からじゃないよね?
とりあえず、おやつは確保、マジックポケットへ。
「アリス様! 支度をして今すぐ王城へとのことです」
ブラウンが廊下を走ってきました。
え?
はい?
今すぐ王城へ?
「城から使いが来ております。転移魔法で、うちまで来たようで……、このままアリス様を連れて、城へ戻ると言っております」
え?
私が目を丸くすると、ブラウンが急いでドレスを取り出します。
「お嬢さま、急いで!」
「は、はい」
のんびりお菓子三昧の時間はなくなりました。
ああ、さようなら、おやつよ……、また逢う日まで。
「さあ、できた。どこからどうみても、美しいお嬢さまですよ。私はマジックポケットにいるので、何かあったら言ってください。マカミも、いらっしゃい」
ブラウンはマカミを呼び寄せて、マジックポケットにスタンバイしました。
廊下をできるだけ歩いているように見せかけ、小走りです。
「お待たせしました」
額の汗をぬぐいます。
お父様とお母様が不安そうな顔で見つめています。
何があるんですか。えええ。嫌な予感しかしないんですけど。
「では、転移魔法でお城までお連れします」
「!!!」
ええ、説明なし?
お父様とお母様には話したんですか?
問う暇もなく、私は転移魔法で城まで連れて行かれたのでした。
「アリス……、会えてうれしいよ」
王子は私の姿を見るなり、抱きしめます。
私もうれしいですけど。でも、はずかしいから、ちょっと、離れてくださいって。
「恋人同士を引き裂くなんて言語道断。あなたは父親なんですか」
王妃様は冷たく王を見つめます。
ええと、まさか。ここは修羅場ですか。ちらりと王子をみると、「うん」とうなずきます。
「……。カトリーヌと王子が結ばれれば、ハトラウス王国のためになると……」
王はぼそぼそとうつむき加減に返事をします。
「ほんとうにそうお思いなんですか? カトリーヌもリリアーヌも、副教皇もヘカサアイ王国と通じているのに? あなた、自分の欲望のためだけに動いたのよ」
王妃様はじろっとにらみました。
「決して私利私欲ではない……。これが両国のためだと思ったのだ」
王は小さな声でつぶやきます。
「あなたは、自分の恋を優先して、王子の未来をつぶそうとしたのですよ。わかっていらっしゃるの?」
「……」
王は唇をかみしめます。
「どなたに言い含められたのでしょうね。両国のためだなんて……」
静かな緊張感が漂います。私達はだれも口を開きません。
しばらくして、王妃が小さなため息をつきました。
「ああ、オリヴィス。私はただ、リリアーヌを好きになってしまったのだ」
王は辛そうに話します。
「この国では離婚は認められておりません。リリアーヌ様に結婚を迫られてもできないのです。だからあなたは重婚ができ、離婚ができる、ヘカサアイ王国の宗教にハトラウスの宗教を変えようとしましたね」
「……」
「そのことが、何を意味するか、王としてわかっておいでですか?」
王妃様は続けます。
「国民はどうなるのです。ヘカサアイはハトラウス王国を乗っ取ろうとしていたんですよ」
王は俯いて黙っています。
「……否定はなさりませんのね。とても残念です。また、王家の護符の損傷から、リリアーヌ様があなたに魅了の魔法をかけていたのは明白です。魔法の痕跡が残っています。それでも、リリアーヌ様をお庇いになりますか」
王妃は傷がついた護符を見せました。
「そこまで、オリヴィスは知っていたのか……」
王は寂しそうに言いました。
「ええ、教皇様がお持ちでした。副教皇に証拠を隠滅させられる前に保管しておいてくれたのです」
「魅了をかけられたのは最初だけだ。私も気がついていた」
王は寂しげに笑います。
「父上……、そんなことをされても、リリアーヌ様がお好きなのですか!?」
王子は悲痛ともいえる声を出して問います。
「ああ、リリアーヌを愛している。カトリーヌはアンソニーを好いていた。みんなが丸く収まるにはこれしかなかった」
王は一拍おいて「アンソニー、すまない」と目を伏せました。
「宗教を変え、僕の婚約者を変えさせ、母上と離婚し、国民を大混乱へと導きヘカサアイの侵略を許すのが、平和への第一歩というわけですか?」
王子は拳を震わせます。
「リリアーヌは王に魅了をかけ、カトリーヌは僕に毒を盛ったというのは事実です。ヘカサアイの縁者が王と私に危害を加え、国家転覆を図ったと見做されますが、それでよいですか」
王子は王に詰め寄ります。王様はつらそうに目を伏せています。
「父上……、私のことが嫌いでしたか? 母上のことが嫌でしたか? 私達は、この国は、そんなに恨まれていたのですか」
王子は小さくつぶやきました。
「そなたたちを疎ましく思ったことなどない。ただ、愚かにも恋に落ちただけだ」
「父上には王の座を退いていただきます」
王子は悲しそうに告げました。
「ああ、覚悟はできている」
王は肯きます。
「あなた、バカね……。リリアーヌは、もう逃げたかもしれないわよ」
王妃様は呆れたようにつぶやきました。
「カトリーヌとリリアーヌはヘカサアイに戻っただろう」
「副教皇もですよ……」
王子はため息をつきました。
「信じられないわ……、バカ、バカよ。あなたは……」
王妃様の目にも王子の目にも涙がたまっています。
「最後に、王として、父としての仕事がしたい」
王は王妃様と王子の顔を見ます。
「ここにカトリーヌとの婚約は無効を宣言する。さあ、アンソニー、アリスと幸せになるといい」
王子の顔が一瞬、綻びます。でもすぐに厳しい顔になりました。
「父上……」
「ああ、アンソニー、わかっている。辛い仕事をさせてすまんな」
王はアンソニーを優しく見つめます。
「これより王は遠隔地で療養にはいる。私、アンソニーが王位を継承するとここに誓う」
王子も王を真っ直ぐに見つめます。
「大丈夫だ、アンソニー。お前ならできる。オリヴィスとともにハトラウスを頼んだぞ。それから、幸せになってほしい」
王は私を見て、微笑みました。
*
王子は……、新国王となりました。
「新国王、万歳!」
王都やラッセル領からそういった声が聞こえるようになりました。
王子の、新国王のよい評判を聞くと、私もほっとするというか……。王子の気持ちや働きが民に伝わってよかった。
私はというと、新領地の運営にてんてこ舞いで……、学校を作ったり、病院を設けたりと、忙しい日々を送っています。
領地の運営というのは、1日で成らずです。
ええと。皆さんが気にされている王子との仲ですが。現在、婚約中で王都の混乱が収まり次第結婚という話になってます。
忙しい新国王ですが、転移魔法で、私のところに毎日のようにお顔を出してくれます。
「お疲れになると思うので、毎日私のところにお顔を見せていただかなくても大丈夫ですよ」
「アリスの顔を見ないことには不安なのだ」
なんだかアンソニーの勢いがすごいんですけど。
アンソニーはじっと私の顔を見ます。
「……きょうもアリスが健やかでよかった」
アンソニーは腕を広げて私を大きく包みます。
ああ、聞いてない。聞こえていないことにしているっぽい。
もう、アンソニーったら。心配性なんだから。
「ねえ、聞いている? アリスがまたいなくなったら、困るんだよ。僕はどうしたらいいのか……」
「いや、いなくなりませんから……。新領地もありますし」
もう、そんなにギューッとしないでください。近すぎ。
「ねえ、僕のことが好きだから、ずっと一緒にいますって言ってくれないの?」
アンソニーが私を甘く追い詰めます。
美形の上目遣いは反則! 犯罪!
胸がキュンとしちゃうじゃないですか!
「……、ええと、はあ、まあ。そういうわけです。特に異議はない……ですよ」
「え? 聞こえない。どういうこと?」
アンソニーは意地悪そうに私を見ます。
ぜったいわざとだよね。
私が片方の頬をふくらませると、ちゅっと軽くキスされました。
「ねえ、教えて?」
アンソニーの綺麗な青い瞳に私が映っています。
「だから、その……、好きだから、ですよ」
アンソニーは顔を輝かせ、私を抱きしめました。
「しかし、いつでもどこでも危険があるからな」
アンソニーは顔をゆがませます。
「そんな……、危険なんて滅多にないですよ。たぶん」
考えすぎですって。
「タウルスも怪しいし、赤の王子も不穏だ。赤の王子は重婚できるって言い張るし。それじゃ、アリスが妻になっても危ないじゃないか」
「そんなことないですよ」
思わず苦笑いです。
「アンソニー、私はあなたのそばにずっといますから」
「本当か」
「はい」
私はアンソニーの瞳を見つめます。アンソニーの顔が近づいてきます。私は瞼を閉じました。
「君だけがいてくればいい」
王子はキスしながら、甘くささやいたのでした。
【了】
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