4 究極魔法の野望

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4 究極魔法の野望

次の日。王都からお帰りになったお父様と、お母様に誘われ、お茶をすることになりました。 「アリスはきょうは何をして過ごしたんだい?」 お父様は優しそうに私とフィリップに視線を投げかけます。 「お姉様はきょう掃除をして怒られてた」 フィリップが可愛らしい声でわざと報告しています。 ひどい! 私を売ったわね。小悪魔め。 「掃除?」 お父様はお母さまを見ています。お母様はしぶーい顔をして、私を見つめています。 自分で言えって? はいはい、わかりました。報告します。 「いま、森でマジックポケットを広げて、究極魔法の練習をしているんです」 「それは頼もしいな」 「究極魔法をいつでも使えるようにして、ピンチの時に必ずつかえるようにしょうって考えたんです」 「たしかに、一理あるな。いざと言う時発動しなくては意味がない」 お父様はうなずきました。 そうでしょ? 目の付け所は間違いでなかった。 私ってば、天才! 「そこで、究極魔法が生活でも使えないかって考えたんです」 フィリップはくすくす笑っています。 もう、そんなに笑わなくてもいいでしょ。ちょっと失敗しただけじゃない。 「は、発想が、アリスだな」 どういう意味ですか。お父様。 お父様はそっとお母様の顔を見ると、お母様の顔は固まっていました。 「何も敵を倒すためだけに究極魔法を使わなくてもよいって思うんです。遠くに水を送りたい時もあるじゃないですか。そんなときのために、まず三キロ先に水を細く長くして送るということを始めてみました」 「ほ、ほう。面白いな」 お父様は興味深そうにしている。 お母様、頬がぴくぴくしてます。美しいお顔が台無しです。イライラしないでください。私が順番に説明しますから。 「それから、土魔法の研究も始めました。土魔法では遠くの粘土質の土を呼び寄せ……」 「呼び寄せる? どのようにだ」 お父様が不思議そうに尋ねます。 「欲しいと念じた地質が固まってきて、もこもこと土の塊が動いてくるんです。ミミズのように、モグラが潜った後のように……」 お父様とお母様が気持ち悪そうにしています。 「でも、それではちょっと見た目が気持ち悪かったので、ボール状の土にして呼び寄せてみたり、動物のような形にして呼び寄せたりも試したのですが、途中で壊れてしまうことも多くて……」 フィリップがケラケラ笑い出しました。 もう、フィリップってば。ウケすぎだって。 「というのも、動物型だと他の人に襲撃されてしまうんですよ。狩りで追われてしまったり。事故防止のために動物型はやめてみました」 あのね、私は大真面目なんだよ。わかってる? そんなに笑わないでよ。 フィリップをにらむと、フィリップは一応口を閉じる。 「それで? どうなったのだ?」 お父さまは茶色い瞳を輝かせます。 「そこで土塊を人型にしまして……、土を集めます」 「人型? 土をか?」 「はい、土人形です」 「まるで土偶だよ」 フィリップが土偶の真似をして見せると、お母さまが笑い出しました。私もうっかりつられて笑ってしまいました。 いかん、一緒に笑っては。私、けなされているのだよ。 「それから、集めた土を使って、一気に茶碗を精製します」 「……」 お父様が遠い目をしています。 「だいたい小皿が一気に数千枚ができます」 「アリスよ、小皿を作りすぎじゃないのか……。その皿、どう使うのかな」 お父さま、しっかり! 感動の場面ですよ。 その反応、なんですか。私は抜かりないですよ。 「大皿にしたら枚数が減りますよ」 お父さま……、大丈夫? 本当に、皿の枚数がだいぶ減るんですよ。え? そういう問題ではない?  たしかに私、センスはないですけど、あの皿は、普通に使う分には大丈夫なはずです。丈夫に作ってますとも。 なんだか家族からの残念な視線を感じます。 いいもんね、先に話を進めてやる! 気にしないもんね。 「それから粘土の皿を今度は一気に乾燥させるために、風の究極魔法を発動させました」 「土偶を作って土を運んだあと、皿なんだな……。ふっ。で、風はできたのかい?」 その「ふっ」っていうのはなんですかねえ。 気に入りませんが。 私も大人ですから、聞き流して差し上げましょう。 「はい。1週間ほど連続で24時間微風を送りつづけるという技を身に着けました。風の究極魔法を弱く継続してやるというのは初めてで……、加減するのが難しかったのですけれど、毎日少しずつやっていたら、うまくできるようになりました」 「継続は力なりだな」 「はい。継続しているうちに限界値が伸びて、一石二鳥です」 お父さまは愉快そうに笑っている。 そうです、アリスは褒められて伸びるんです。だから怒らないでくださいね。 「次に乾いた皿を火の魔法で三日三晩焼いてみました。長い時間一定の高温で焼くというのも、最初は難しかったのですが、今ではうまくコントロールできるようになりました」 私は持ってきてあった皿数枚をお父さまに見せてみた。 「おお、初めての割によくできたのではないか。シンプルだが……、きっと使い勝手がいいだろう。普段使いできるな」 お父様のフォローにフィリップはプププと笑っています。 シンプルでも使えればいいのです。私は陶芸家じゃないから。これはね、いざと言う時の究極魔法の修行なの。 「皿の精製もできたことで、これはきっと何かに使えると確信したんです。いろいろ考えていたのですが、ようやくひらめきまして、さらなる実験に突入したのです」 お父様の顔色が変わりました。 フィリップが口元を手で隠して笑いを抑えています。 えええ、そんなにビビらなくても大丈夫ですよ、お父様? 私は常に前向きに努力してるだけです。本当に怒らないでくださいね。 「きょうは、水と風の、二つの究極魔法を使って……」 「はあ? 二つの究極魔法を同時に使ったっていうのかい? アリスは本当に規格外だな」 お父様は目を見開いたが、すぐに今更かという顔をしました。 そんな珍獣扱いしないでください。きっと毎日魔法の修行をしていれば、みんなできるようになりますよ。 「なんと、まるごと屋敷を掃除しました」 どやっ!といばって私が言うと、お父様は部屋の中を見回します。 「なんだか……、うん、さっぱりしているような気がする」 お父様は、ほっとしたみたい。ね? 大したことないでしょ? 「なあ? そう思わないか? マーガレット」 お父様はお母様の顔色を伺いつつ、私に微笑みました。 よかった。お父様、怒らなかったわ。 これって商売にならないかしら。お城丸洗いしますとか、どう? 私、冴えてるかもしれない。 「さっぱりしたのは掃除したからだけではごぜいません。いろんなものが水と大風によって壊れたのです」 お母様はお父様にため息まじりにつぶやいた。 私は肩をすくめた。 お父様がキョロキョロ辺りを見回した。 「本当に、さっぱりして、よかったですね。アリスが家宝の花瓶を一つ、割りましたけど……」 お母様がしれっと爆弾を落とします。 ごめんね、お父様。ちょっとは反省しているのよ。 「先日あなたが気に入って買った壺は、何とか無事です」 お父様は慌てて花瓶を見に行って、また戻ってきました。 「あと、階段のホールにあった、先代様お気に入りの、由緒あるタペストリーは、どこかに飛んでいきそうになって危なかったのですが、セバスがタペストリーの端をつかみ、全体重をかけて守ってくれました」 お母さまは申し訳なさそうにセバスを見ます。 「面白かったよ、タペストリーと一緒にセバスが風に揺れてるんだよ。人間も飛びそうになるところなんて、僕、初めて見たよ。お姉さまの技って、すごいよね。屋敷の中にね、竜巻みたいな渦があちらこちらにあって……」 フィリップが状況を報告します。 その状況報告、いらなくない? 私がフィリップを軽く睨むと、フィリップは気がつかないふりをして、お父さまのほうをずっと見ています。 セバスは何も聞こえないふりをして、ドアのところにいます。 お父さまはボソッと「セバス、すまなかったなあ」とこぼしました。聞こえてますよ。 なんだか私の旗色が悪いわ。残りもさっさと報告しちゃいましょう。別にやましいところなんてこれっぽっちもないですけど。でも、ちょっとやり過ぎちゃったかしら? 「まず、屋敷の外側をシャワーで洗いました。この水は黒い森の湖から持ってきた水をシャワー状にして、吹きかけたものです」 黒い森はうちの領地の端っこの方にあって、魔物がいるというところなんだけどね。マカミにサッと連れて行ってもらったんだ。 「屋敷の内側はやさしくミストシャワーで洗ってみました。水洗いが終わったところで、風魔法を行いました。弱風で屋敷の壁を乾かし、部屋ごとに小さなつむじ風を同時に発動させ、部屋の内部をやさしく乾燥……」 お父さまは私の言葉をすべて聞かず、また飛び出していきました。 「あああ、書斎は大丈夫ですよ……、お父様が行かれてしまった」 私はお父様へ手を伸ばしたけれど、遅かったですね。 しばらくしてほっとしたようにお父様が帰ってきました。 「書斎と仕事部屋は無事だった」 「はい、そちらは紙が多いのでやりませんでした。ご希望でしたら、ミストで掃除しましょうか?」 「いや、やらないでいい」 「そうですか? 必要でしたら、すぐに起動させますから、おっしゃってくださいね? お父様、お屋敷中が綺麗になったと思いませんか」 私はにこりと笑うと、 「絶対に思いません!!」 お母さまとセバスと私付きのメイドのブラウンが一斉に否定しました。 「アリスの丸洗いの後の片づけも大変でした。そもそも究極魔法を使って掃除はよくありません」 お母様は呆れたように私を見ています。 「たとえ上手に掃除ができたとしてもです。うちの使用人の仕事をとってしまうことになります。いいですか? 」 「はーい」 たしかに、雇用のことは考えていなかったわ。ノブレス・オブリージュですわね。それに経済を回さなくてはいけませんからね。 「それから……、アリスは究極魔法の利用方法をこれからもいろいろひらめきそうですが、人前でほいほいやってはいけませんよ。悪いことに利用しようとする輩もいるでしょう?」 「はい……」 お母様の怒りは止まりません。私は肩をすくめました。 「究極魔法を一気に発動させるのではなく、継続して細く長く発動できるということが分かっただけでも、収穫だな」 お父さまは顔をひきつらせながら、明るくふるまってくださいました。
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