7 王家からのご招待

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7 王家からのご招待

今日は、教会本部に呼び出されて、お父様と王都へ行ってきました。疲れて帰ってきて、いま夕ご飯中です。ちなみにうちの厨房長は凄腕だから、いつもご飯が楽しみなの。美味しいのよ。 教皇様が、婚約破棄されたことを気遣って、私たちを呼んだみたい。教皇様はとても優しくて、素敵な人でした。 このまま穏やかに終わるのかと思ったら、帰る間際にやってきたのが副教皇とその娘。なんか廊下がガヤガヤしているなと思ったら、大きな声でガハハハッとわざとらしく笑うオヤジ(副教皇)が入ってきました。 「こちらにラッセル殿と王子の元婚約者がいらっしゃると聞いてご挨拶をと思いましてな。教皇様とも久しくお会いしていないし、ちょうどよいかと」 副教皇はわざとらしく笑います。 イヤな感じ。 「初めまして、カトリーヌと申します」 顔に小さなそばかすのある、赤い髪をした女の子が大声であいさつし、スカートを軽く持ち上げました。 赤い髪に赤いドレス。ドレスにはピンクのお花がちりばめられ、レースのアクセントもついています。 うーん。ちょっと、おくどいおセンスですね。 全身真っ赤ってどうなんでしょうか。どうしてその色を選んだ? それに、誰かお化粧もみてあげてよ。お母さまやブラウンが見たら、絶叫するよ。ほっぺが真っ赤だし、同じくまっ赤に唇が塗られています。 「我が娘カトリーヌは現在の王子の婚約者であるぞ」 副教皇が一歩前にでてきて私たちに説明します。 ああ、そういうことね。はいはい。 多少ムカつきながら、私はまっすぐ副教皇とカトリーヌ様を見て差し上げたわよ。 「私たち、友だちよね」 カトリーヌ様が突然唱えます。 え? なんで? いきなり元婚約者と新婚約者が友達っておかしくない? 返事なんかできないわよ。どうすればいいの?  大混乱です。その後も副教皇とカトリーヌ様の攻撃は続きましたが、なんとか抜け出し、私とお父様はぐったりしながら帰宅したのでした。結局友達になったのでしょうか、わかりません。 「このチキン、美味しいわ。そうそう、お昼過ぎだったかしら。私宛に王室から使いが来たのよ」 お母様はナプキンで軽く口を押さえます。 セバスが封筒をお父様にそっと手渡しました。 王室ってどういうこと? なんで? 私、何もしてないけど。 もしかして、きょうの面会が王室まで漏れているとか? あり得そう……。でも、元婚約者の家にに手紙とかしないよね? お父様、真剣に手紙を読んでいます。 黙ーっています。顔色が悪いです。 手紙は短そうですけど。 もしも〜し、大丈夫ですか? 「さあ、アリス! 明日も王都へ行くわよ」 お母さまの顔がキリリとしています。 「今回は、私も行くわよ」 お母様は不敵な笑みを浮かべ、お父様は両手で頭を抱えて、うつむいています。 また王都ですか? ええええ? なんだかどーんと疲れがやってきました。 「王室から呼び出しよ。アリス、あきらめなさい」 「ぼくは? 僕は行けないの?」 フィリップはお母様に確認します。 「フィリップはお留守番になっちゃうわね。ごめんさいね」 フィリップは残念そうな顔です。 「せっかく面白そうなのに……」 フィリップ、心の声が出てますよ。なんだったら私の代わりに行ってくれてもいいですよ。 「だめよ、アリスは一緒に行きますよ」 お母様に先手を打たれてしまいました。 さすがお母様。お見通しか!! 「さて、これから明日の準備をしないと。ブラウン、アリスをピカピカに磨き上げて、明日着て行く服を用意しましょう」 お母様がほほ笑みます。 「もちろんでございます。王子に後悔させてあげましょう。アリス様の底力…見せてやりましょう」 ブラウンの眼が怖い。お母様の顔が怖いです。 さっき王都から帰ってきたばかりなんですけど。疲れてるんですけど。もうベッドで休みたいんですが。聞いてない……。 次の日の朝。 「アリス、用意はできた?」 お母さまが階段から降りてきました。美人は何を着ても似合うけど、今日のお母さまは一段と綺麗……。 昼用のサーモンピンクのドレスは、お母さまの色の白さを際立たせて、華やかです。 私のドレスはライトブルーで、レースがあしらってあるドレスになりました。 ああ、いやだなあ。これが私の本音。どうせ王家だもの、王子もいるんでしょ。なんでフラれた相手とその両親とお茶しないといけないの? すんごい心が重いんだけど。 しかも、お父様もお母様も臨戦態勢よ。熱い闘志が透けて見えるの。隙あらばチクチク言うつもりだよ、きっと。 なんだか消えたくなってきました。誰か、なんとかしてください。 「ああ、ちょっと待って! お姉さま! はい、これ、持って行って……。僕の代わりだと思って」 出発間際、フィリップが微笑んで、何かをくれました。 私を心配してくれるのね。お姉さまは頑張ってきます。 フィリップから渡されたのは小さなビロードでできた袋でした。 え? もしかして、これって……。 フィリップは右に首をかしげてニコニコしています。 怪しい。ぜったい怪しい。何か企んでますね、その黒い顔は……。 中から出てきたのは、魔道具の一つ、遠見の珠でした。 「お姉さまだけ、ずるいよ。ぼくも見たいもの」 口をとんがらせて上目遣いしています。 「ごめんね、今回は無理なの」 か、かわいい。ズキュンときちゃうじゃないか。これがあざとさパンチってやつですね。参考にします。 「とりあえず、これ、持って行ってね。何かあったら、すぐに僕も行くからね」 「行くって……どういう……」 私は突っ込もうとしましたが、やめておきました。何がでてくるかわかりませんからね。 さて、もう出発しないといけません。 遠見の珠をポケットに入れると、フィリップはにっこりと笑いました。 「レディたち、準備はいいかな」 お父さまもビシッと決めています。つややかな黒の絹の上着に、白いシャツの刺繍襟が見えています。 行きの馬車は、お父さまとお母さまの作戦会議が繰り広げられました。あらゆる角度から王家との会話のシュミレーションをしています。 やれやれ。なんだか大事になってきました。 もう帰りたいと思うのは私だけでしょうか。 王都の目抜き通りを通り、城に着きました。馬車のドアが開かれ、私たちは深呼吸して降ります。 うわぁ、王城だよ。初めてみるわ。 頑丈そうな門を見上げます。 重厚で華やかな彫刻が施されています。 こんなところに住んでるんだね、王様たちって。すごいわ。 騎士様が護衛についてくれました。 騎士様、カッコいいわぁ。フィリップも服だけ借りて、その姿だけ描いてもらうっていうのはどうかしらねえ。 騎士様に案内され、真っ直ぐ進むと、広い場所にたどり着きました。 これが謁見の間と呼ばれる広間なのね! ゴージャスだわ。 部屋は金色と白を基調にした作りです。あー、キラキラしていて眩しいです。 私、閃きましたよ。冴えてます。 帰り際にでも、この毛足の長い絨毯のお掃除は、私の究極魔法を使うとすぐに綺麗になりますよと営業しよう。 騎士様は謁見の間を通り過ぎていきます。 「え? 今日は謁見の間じゃないの?」 「王妃が主催のプライベートのお茶会よ」 お母様は、そっと説明してくれました。 残念……。もっと謁見の間見たかったです。 キョロキョロしていたら、お母様にギロっとにらまれた。 お行儀よくしなさいってことね。すいません。だって初めてなんだもん。 ヒールの高い靴なんて久しぶりなので、足が痛いです。もううちに帰ろうよ。フィリップも待ってるしさ。この靴、脱ぎたい……。 お父様とお母様の顔を見ましたが、知らんぷりされました。 私の気持ちは無視して、一行はどんどん進みます。 あー、緊張してきたわ。私が悪いわけじゃないのに。いやだなあ。 お母様は澄ました顔で扇を広げていますが、眼光が鋭いのは気のせいですか?  廊下が長い。歩いても歩いても着かないです。 ドキドキしながら歩いていたら、アーチ形の柱の間から中庭らしきところが見えました。 咲かすのが難しいと言われている、バラランという花が咲き誇っています。 どんなお世話をしているんだろう。庭師さんにコツを聞きたいわ。 奥には人工的に作った森もあります。葉が一枚一枚キラキラ光るくらい、栄養状態もよさそうです。 あれ、黒い髪の人だ。 ということは、あの、馬もいる?? いるわけないか。 中庭に馬を解放するなんてことはないですからね。あの人、ここで何してるの? ここ、王城だよ? 普通の人は入れないはずだけど。 もしかして、黒い髪の人は、庭師なのかもしれない。勘よ、勘。馬について、ちょっと話を聞きたいんだけどなあ。今は、だめよね? お母様とお父様が早く来いと後ろを振り向いて待っています。ああ、話したかったのに。 「今、まいります」 慌てて、できるだけ早足で歩きます。 歩きづらいわ。く、靴が脱げる……。待って。 遠ざかるお庭。ああ、庭師の人。ずっとそこにいてね。帰りにもいたら、ちょっと話を聞きに行くからね。 騎士様が重たそうな扉の前で止まりました。 優秀な使用人を抱えるお城でも、私が究極魔法でハウスクリーニングをしたら、もっとピカピカになるかもよ……、なんて考えながら、扉を見ます。 ドアがでかい。細工が見事なドアで、黒っぽく光っています。 うちの扉よりも大きくて高いです。 王族って、みんな背高のっぽさん? それとも贅のきわみってやつ? ぽかんとしていたら、ドアの向こうから「どうぞ」と声がした。 お母様につつかれて、私も部屋にはいります。 もっと緊張するかと思ったら、お母様の不意打ちのせいで緊張も何もしないで、入っちゃったよ。 ああ、記念すべき王室のティールームの第一歩が。 カーテンシーをして、王さまたちに顔を見ないようにしました。王と王妃、それに王子がソファに座っています。 あ、圧がすごいです。 ひー。絶対目を合わせないでおこう。 「面をあげよ」と王さまに言われたので、私はつーっと視線をお母さまの方に向けると、お母さまの顔がこわばっているのが分かったります。 お父さまの顔も怖いんですけど。 私、全然平気ですから。ね? ケンカしないで帰ろうね。 「この度は婚約を破棄して申し訳ございません」 微妙な空気が流れる中、突然王妃がお詫びを始めます。 王は知らんぷりで、壁の絵を見つめています。 というか、王妃様、謝っていいんですか。王妃ですよね? 頭を下げるなんて……、お立場がありますよ。 王妃様にあっさり謝られて、お父さまもお母さまも毒気が抜かれたみたい。 「国王であるロドニエルが勝手なことをして、ラッセル家、アリスには大変ご迷惑をおかけしました」 王妃様は続けた。 いえいえ、大したことありません。じゃ、終わったことだから帰ろうよ。 私は首を横に振って、お父様とお母様を見ましたが、席を立つ気配すらありませんでした。 お母様とお父様は次の衝撃に備えている感じ。 謝ってくるってことは、何かあったんだろうってこと? それを聞く前に帰っちゃえばいいよね? だめ? 絶対面倒なことになるよ。わかるよね? 私が体をもぞもぞと動かしていたら、お母様が睨んできます。 王子はお父様と同じくらい、顔立ちはいい方なんだと思うけど、お父さまの方がイケメン……、なんてね。身びいきです。王子をうちの美形家族の中に入れても、大丈夫なくらいいいお顔です。なんか悔しいけど。 レースひらひら、やめた方がよかったのかな。 スカートのレースを手でこっそりもみもみしていたら、 「アリスは可愛らしいわね。ほんと、私にも娘がいたらと思うのよ。よく似合っているわよ、そのドレス」 と、王妃は褒めてくれました。 真顔で褒めてくれたから、これは本音ってことかしらね。 お母様の顔を確認すると、お母様はいちいち見るなビームを出してきた。 「駆け引きはしてないから、そのまま言葉通り受け取ってね」 王妃様は面白そうに笑いました。 「すいません、アリスは貴族社会に慣れておりませんで……」 お母様がほほ笑みます。 お父様の眼は死んでいます。すいません、雰囲気ぶち壊して。 王子は一生懸命笑いをこらえている様子です。 そもそもお前が元凶なんだよと王子に言いたかったけど、黙っておきました。私ってえらい。いや、元凶は王様なのか?  王様と王妃様の膠着状態は続きます。 テーブルには色鮮やかなマカロンやマドレーヌが……。おいしそう! 王城のお菓子っておいしいよね、きっと。 甘くて芳ばしい香りが鼻孔をくすぐります。よだれが出てきました。 でも、いま食べたら……、怒られますよね。会話の途中だもの、絶対、マナー違反になるわ。お土産でくれないかな……。くれないよね。このお皿の分だけでもいいんだけど。 自分からは言えないなあ。お土産に下さいって……。 私はお菓子たちを見つめた。さようなら、お菓子ちゃんたち。また逢う日まで。 「あの……、王の御寵愛を受けているお方が、どうして王子とうちの娘の婚約に関わってくるのですか」 お母さまがズバリ核心を突いた。 そうだった、こっちも佳境でした。会話に意識を向けなくては。 王妃は恥ずかしそうに扇子で口元を隠した。 「王の愛人リリアーヌが、副教皇の親戚にあたりますの……。副教皇とリリアーヌは、副教皇の娘であるカトリーヌと王子を結婚させたいそうですの」 王妃は扇子をパタパタさせた。 王妃様はイラついておいでのようです。でも美人って怒っていても美人よね。銀色のおくれ毛がふわりと風になびき、光の加減で菫色に輝く瞳がきれいです。うちのお母様と並ぶと、まるで女神たちが降臨したかのようになっています。 私はお父さまとお母さまをちらりと見ました。 お父さまもお母さまもどう答えるべきか、考えているみたい。 部屋の中が静まり返ります。 耐えられません、この沈黙。何かしゃべればいいのかしら? 話題は、新婚約者についてだから……。 「カトリーヌ様なら昨日お会いしましたよ、新婚約者の方と副教皇が教皇様のお部屋にいらしたので……」 私は耐えきれなくなって、先陣を切ってしまいました。 お父様とお母様の目が丸くなっています。すいません、つい、話してしまいました。だって、ほら、こういう雰囲気苦手だし。 失敗だった? だめ? 「ふふふ。アリスは正直ね……面白いわ」 王妃様は楽しそうにケラケラ笑います。 お母さまが私の腕のところを軽くつかみ、お父さまの目は遠くをみています。 もう話をするなってこと? 無理無理、もうしゃべっちゃったし。取り消せないし。 「ねえ、教皇室で新婚約者と会って、どうだった?」 王妃さまは食い気味で聞いてきましたよ。 「ええ、それは個性的な娘さんでした」 「そうでしょう?」 王妃は嫌味くさく王を見つめました。 「ロドニエルは……、若い愛人に丸め込まれて……。離婚だとか、婚約破棄に新婚約者とか、いったい何を考えているんでしょうかね」 王妃様の言葉は、王様には聴こえていないみたい。王様、パーフェクト無視です。 これって俗にいう修羅場ってやつですか? 初めてです。人生っていろいろありますね。 いたたまれなくなって、私も窓の方へ顔を向けてみます。 残念ながら、ブラックナイトはいないようです。 窓の外が見たいのに、王妃様に怒られて王様が窓際に避難したから、全然景色が見えないわ。 「私と王子の意向を全く無視して、王が勝手に婚約破棄し、強引にあらたな婚約が結ばれましたのよ。こんなひどいことって……、ありません」 王妃様はため息をつきます。 「う、うるさい」 王は王妃に言葉を投げつけました。 「こちらの事情で、娘さんの将来に傷をつけてしまって……ほんとうにお詫びします。こちらとしても誠意ある対応をさせていただきます……」 王妃様はすまなさそうにしています。息子の婚約問題、王の愛人問題と、王妃様も大変です。私は大丈夫です。これから楽しい領地開拓だし。王妃様、気にしないで! さあ、話は片付いた。 え? まだ続く? 「はい……。王妃様直々にご説明いただけて……恐縮です」 お父様が感情を表に見せないように応えます。 「アリス……、ほんとうにごめんなさい」 「いえいえ、いいんです。大丈夫ですから(これからの人生楽しみますから)」 王妃は私の手を握りました。 ほんと、婚約破棄されてムカついてはいましたが、傷ついてなどいません。アリスはこれからもたくましく生きていきますよ。 「アンソニー、あなたもこちらに来て、なにかおっしゃい」 「はい……」 何しゃべるんだろう。私たち、しゃべることないよね。 王子は黙っています。 もう婚約者でもないし、話すことなんてない。そもそも今日初めて会ったし。 「アリス……」 うわ、なんか話す気だよ、この人。元婚約者と。黙っていればよかったじゃないか。そうしたら、親たちが気を使って終わったのに。 「はい」 「お菓子はお土産にあげるから心配しないでね」 お父様とお母様は王子の言葉に苦笑いしています。 王妃様は慌てて扇子をたたみ、王子の膝をたたきました。 「失礼でしょ」 「……そうですか? ああ、そうですねえ……」 王子は上を向いて何か考えている。 「僕たち、友だちになりませんか? いい考えでしょ」 「えええええ!」 思わず顔がひきつる。 どの辺がいい考えなんでしょうか。教えてほしいんですけど。 「アリス、声に出ています」 お母様が扇子で顔を隠して私を注意します。 いったいどうしたらいいの? こんな会話、想定していません。 貴族会話集にも載ってない! 教わってないわ。 えー、縁談断ったくせに、どういうこと? ここはご縁がなかったねで終わりでいいじゃないか! 速やかにお互いの人生を保全すべく、離れるのが最善では? 「僕と、友だちはいやですか?」 王子が上目遣いで私を見ました。 くそぅ、無駄にイケメンパワー使いやがって。フィリップの方が可愛いし。こんな攻撃効かないよ。 嘘です。王子ですから。断れません。 ねえ、誰か助けて。 「め、滅相もございません。もったいなさすぎて……、即答できなかっただけです。おーほほほほ」 史上最大のやけくそです。 「うちは何もないところですけれど……、よかったら遊びに来てください」 お母様、ナイスアシスト! お父様もうなずいています。さあ、貴族的ご挨拶も終わったし、帰ろう!! 「ラッセル領は王都の台所。一度自分の眼で見て見たかったのです」 社交辞令だってわかっているはずなのに、王子はしれっと返してきます。 お父様もお母様も絶句です。私だって社交辞令ってわかるよ。おいおい。 「そうですか……」 次の言葉が言えません。 「近々そちらのほうへ伺う予定があるので、寄らせていただいても構いませんか」 王子はさらに話をすすめてきます。 「まあ、そんなに突然言ったら、ご迷惑よ」 王妃が王子を止めました。 「アンソニー王子、我々はいつでも喜んで歓迎します」 お父様は笑って応対しています。もしかして、お父様もやけっぱちですか? 王子だし、あちらも社交辞令ですよ。きっと、どうせ、たぶん来ないと思ってますよね。王都から遠いし。 「行くときはお忍びでまいりますので、平常通りで……お願いしますね。アリスにはラッセル領の町を案内してほしいな」 おい、なぜ貴様がアリスと呼ぶ。私は許可した覚えはないぞ。どうして右に首をかしげて、可愛らしさを演出しとるんだ。私は騙されないぞ。 お忙しいでしょうし。来ないでくださいね。よろしくお願いします。 ううん? なんか廊下がガヤガヤしている。 大きな声でガハハハッと言っているこの声は……。 そして、このパターン。私は知っています。まさかね……。 「ロドニエル王、王様!……」 ばーんとドアを開け放ち、見知らぬ女性がご登場しました。派手なドレスを着ていらっしゃいますがよく似合っています。妖精のように華奢な方です。 後ろには副教皇とカトリーヌ様もいらっしゃいます。うわぁ、来ちゃったよ、この人たちも……。 「なんですか、突然。きょうはリリアーヌ様をご招待したつもりはございませんけど」 王妃様がブリザード攻撃。先手です。 「王様。リリアーヌ、寂しくってきちゃった」 リリアーヌ様は王妃様の攻撃をかわして、王へラブラブ攻撃です。 王様はリリアーヌが駆け寄ってきたのでうれしそうに抱きしめます。 この方がリリアーヌ様……、王のご寵妃。 でも、王妃様の前でそれやるの? ひどくない? わざとだよね。 リリアーヌ様、初めて見ましたよ。 小さな顔に黒いつぶらな瞳、赤い唇、エキセントリックな雰囲気で可愛いらしい……。 リリアーヌ様の魅力は、王様に遺憾なく発揮されていて、王様はデレデレです。 「王妃様、これは手厳しい。失礼は私に免じてご容赦を。こちらに婚約破棄されたはずの御令嬢、アリス様がいるとのことで、私たちといっしょにリリアーヌもはせ参じた次第です。実はアリス様とは、きのうカトリーヌが友達になったようでしてね……」 副教皇が王様の顔を見ます。 やっぱりカトリーヌ様とは友達なんでしょうか?  これは社交辞令でしょうか。私にはまったくわかりません。 お父様、お母様。アリスは疲れました。キャパシティを超えました。 もう魂の抜け殻です。帰るとき、お声をかけて、連れて帰ってくださいまし。 不愉快そうな王妃様はすくっと立ち上がり、 「もう、ご公務のお時間でしょ。リリアーヌ様とご一緒にご退出なされた方がよろしいんじゃありませんか」 と言って、王様とリリアーヌ様を追い出してしまいました。 これで少しは混乱が落ち着くかと思ったら……。 副教皇とカトリーヌ様は堂々と居座って、お茶をメイドに要求しています。 あんたらも帰っていいですよ。いや、この場合、私が帰るべき? 私は招待されてるから、やっぱりあっちがご遠慮するべきよね。 「ああん、王子さま~ん。おひさしぶりです」 カトリーヌ様が甘い声で王子に近づくと、王子は一歩下がります。 「昨日もお会いしましたね……」 王子、にこやかに否定します。 「そんな……。一日もお会いできなかったんですよ。私、寂しくて」 カトリーヌ様が手を近づけようとすると、王子はそっと手を払います。 こわ! なにこれ。こんな攻防戦をしているの? びっくりです。 あからさまに王子から嫌がられても、カトリーヌ様はまったく気にしていないようです。うわ、メンタル強い。 あれぐらい神経がないと、恋愛はできないのかもしれません。私には無理無理。 王子が私を見ますが、私は何もできませんからね。 元婚約者ですし、私に期待しないでください。 私のことは、いないものとして、ほおっておいてくださって結構です。 「実は、アリスと僕は友だちになったんだ。とても仲がいいんだよ」 王子はわざとらしいキラキラ笑顔です。 いえいえ、王子と友だちじゃありませんのよ。仲良しでもなんでもないですから。カトリーヌ様、睨まないで! ほんと、ほんとうに、何の関係も一切ございませんから。私のことなど気になさらず。 私はプルプルと小さく首を横に振って全否定しました。 「実は私たちもお友達ですの。意気投合しましたのよ」 カトリーヌ様も攻めます。 お父様、私、帰りたいです。もうおうちに帰ろう。 お父様をちらりと見ると、お父様は副教皇に教会の窮状を訴えられていて、うんざりの御様子。 お、お母様。頼みの綱はお母さまです。ここはバシッと帰りましょうと言ってください。 お母さまを確認すると……、お母様は王妃様の愚痴を聞いておりました。 どんなお茶会だよ。きょうも大混乱です。 王子にもカトリーヌ様にも私たちお友達じゃありませんと言えたら……、どんなにスッキリするでしょう。でも、言ったら貴族社会での立ち位置なくなるから……。言えない。言えない。貴族社会で私、抹殺されちゃうから。 うっすらと笑うしかできない私。 こうなったら、ここのお菓子、食い尽くしてやりますからね!
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