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8 町の探索へ
次の日、王子がうちに来ちゃいました。ははは。本気だったんだすね。
「ようこそ。おいでくださり、光栄です」
カーテンシーをしてお出迎えです。
「ああ、正式なご挨拶は結構です。非公式に、ただ町の様子を見せてもらおうと来たのですから……。散策にはもってこいですね」
王子はニコニコしています。
おい、うちの都合も考えろ。
と言いたいが……。王子だもんね。言えない。これも言ってはいけないやつ。どうしてこんなやつが王子なんだろう。
なぜうちに来たの? 本当に散策目的?
私が婚約破棄されて、常日頃ぶつぶつ言っていたのがバレた? バレてないよね? そんなの知っていたら、怖すぎる……。
私は首を傾げて考えていると、後ろからぴょこっとフィリップが顔をのぞかせました。
「君はアリスの弟の……、フィリップ君かな。君はお姉さまが大好きなんだね。僕とアリスは大親友になったんだよ。」
大親友って言っていたよね? ……私、あなたといつそんなお名前の関係性になりましたか? 元婚約者なだけですけどね。
王子と大親友とか、ほんと無理。
こっそり逃げちゃおうかな……。
それがいいですよね。私はそんなに神経太くないの。お父さまとお母さまがいれば、王子の応対は完璧なはずです。
王子とフィリップが話をしているうちに、私はそっと気配を消すように扉に向かいます。
フィリップは早く逃げてと私にウィンクしてくれました。
ありがとう、フィリップ。なんて頼もしい弟なんだろう。お姉ちゃん、いつか恩返しするからね。
扉まであと3、2、1歩……。
ノブに手をかけようとした瞬間、王子がくるっと振り向きました。
「できたら、アリスに町を案内してほしいな」
がーん、がーん、がーん。
くちが開いたまま閉じません。
この場合の「できたら」は「絶対に」という命令です。もうちょっとで退出できたのに……。
「はあ……」
私は声を絞り出しました。
恨みがましくお父様を見ましたが、あきらめろとお父様の顔に書いてあります。
しかたなく、一度退出して、町歩き用の服に着替えることにしました。
「ほら、お嬢様。綺麗にしないと」
鼻歌メロディーつきでブラウンが私を急がせてきます。
ああ、やる気ないんですけど。綺麗になんかしなくてもいいですよ。元婚約者で、ただの友達ですから。
「ふふふ。本当は王子様はうちのお嬢様に夢中なんですわ。きのうの今日で、追いかけてきたじゃないですか」
「……それはないんじゃないかな」
「そんなことありません。あれはお嬢様を欲している目です」
どんな目ですか? そんな目、いつしてましたか。王子はずっとフィリップとじゃれあってましたが。
「王子はもうお嬢様しか見えてません」
どこにそんな素振りがありましたか。王子、そんな風に一切見えませんでしたよ。
ブラウン、だいぶひいき目にみてませんか? 希望と願望で読み違えてますよ。
せっかくの可愛らしい町娘スタイルだけど、なんだか心が晴れません……。売られていく子牛の気分です。
「いいですか、アリス様。リベンジマッチです。お嬢様の魅力でメロメロにするんですよ」
ブラウンは気合が入っています。
「はあ……」
ブラウンの意気込みにびっくりです。私によりを戻すなんて高級テクニックありませんからね。
これからの私の人生に、王子なんかいなくても別に影響がないんです。だって、私、領地開拓に行くんですから!
「なんですか……、その返事は」
ブラウンが睨んできました。
「えー」
ブラウン、本気ですか。王子には新婚約者がいるんですよ。
「せっかくの、わざわざの御指名なんですよ。王子は……、本当は結婚するならアリス様がよかったんですわ。うちのお嬢様は世界一ですから」
ブラウンの鼻息が荒いです。
「うちのお嬢様との婚約を破棄して、うちのお嬢様の未来をつぶしやがって……と思っておりましたけど、頑張って、王子のラブをゲットしてきてください」
脳内から願望が飛び出てますよ。ブラウン。
町探索用の服は、丈の短めのスカートに黒の胸当てスタイル。なかなか可愛いと思うわ。
ちょっとテンションが上がってきました。鏡の前でくるりと回って見せた。
「いってらっしゃいませ! お嬢様。よいご報告、お待ちしてます」
うう。まあ、頑張るよ。期待しないでね。
苦い顔の私をよそに、ブラウンは満面の笑みで送り出してくれました。
「お待たせしました。王子、町には歩きでもよろしいですか」
私が扉から現れると、王子は目を見開きました。
へへへ。私、そんなに驚くほど変身しましたか?
「町娘スタイルですか。いいですねえ」
王子が褒めてくれました。
「歩いたほうが町の熱気に直接触れられますから。王子の馬は、うちの馬小屋で休ませてあります。このままお預かりしてよろしいですか」
お父様が確認します。
「アリス、王子にけがをさせたり、トラブルに巻き込まないように十分注意すること。いいですか?」
「へいへい」
適当に返事をするとお母様が眉を吊り上げました。
私は究極魔法が使えるし、いざとなったら闘えますからね。お任せを!
それに王子のほうが腕っぷしは強いと思うものよ。
王子は身体も鍛えているみたいだもの。えらいわ。あいにく、私は究極魔法専門で、身体の方はちょっとね。ほら、向き不向きってあるじゃない? あんまり運動は得意じゃないの。
「いい? 真面目に、ちゃんとご案内するのよ」
「わかりました」
目じりをきりっと上げてお母様は私を見ました。
お母様の本気度にビビってしまった。
うう、こわ。
王子にさらっとうちの町を見せてくればいいんでしょ。
「まるでデートみたいね」
お父様とお母様はウキウキしながら話している。
デートじゃないですよ。接待です。業務です業務。勝手に盛り上がらないでください。婚約破棄された相手ですからね。
私は王子をちらっと見ると、王子は嬉しそうに甘く私に微笑みます。
なんだこれ? 何が起きた? どうなってる? 胸がザワめいたわ。
若干私の心が乱れていたところに、マカミがドスドスと玄関ホールへやってきました。
あまりご機嫌が麗しくないみたい。鼻筋をたてているもの。
私と王子を交互に見て、俺も連れて行けとわたしのスカートを足で引っ張ります。
「王子をただ町を案内するだけだよ。マカミは退屈かもよ?」
マカミはイヤイヤと首を振ります。
「ぜったい一緒に行く? でもなあ、マカミは大きすぎるのよ。わたしと二人ならいいけど、王子も一緒だよ。目立ちすぎるよね?」
私はマカミの眼のラインに合わせてしゃがみ、背中をなでなでしました。ふわふわの毛が気持ちいい。石鹸の匂いがした。ああ、このままうずもれたい。
毛の中に手を入れるとマカミのほんわかした体温が伝わってきます。
「そうですねえ」
王子はマカミをちらりとみて考え込みます。
「そうだ、マジックポケットにマカミも入る? それとも小さくなる? 無理だよね……」
とりあえず提案してみたら、マカミは「ワン」と吠えて、みるみるうちに小さくなっちゃいました。
「きゃー、なんて小さいの! 可愛い!」
私は思わずマカミを抱き上げます。
小さい身体にくりっとした目。ふわふわの毛はそのままで、びっくりです。
私が抱っこすると、マカミは安心したように静かになりました。
「帰ったら、私も小さいマカミを抱っこしたいわ」
お母様がうらやましそうに言うと、マカミはうれしそうにしっぽを振りました。
王子は苦笑いです。
さて、これで出発できるかな。
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