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この雨が止むまで
――――あのときはまるで、血の雨が降っているようだった。
父が語る戦場の生々しい現実を、まだ幼い鍋丸(なべまる)は、体を震わせながら聞いていた。その目には、涙が溜まっている。
「すまないな、鍋丸」
父は鍋丸の背を撫でながら、ごく小さな声でつぶやいた。
「信長様の元で、天下統一のために働いている――――そう言えば聞こえは良いが、実際には私は、たくさんの人間を殺してきた。
私は決して立派な人間ではない。ただ、他の人間よりも多くの殺生をしてきたというだけだ……」
苦悩に満ちた父の声に、鍋丸は何も言うことが出来なかった。
それでも何かを伝えたくて、鍋丸は父の袖を掴んだ。
「父上。父上のおかげで救われた命も、きっと、たくさんあるはずです」
それを聞くと、父は少し困ったような表情で、小さく微笑んだ。
「ありがとう、鍋丸。お前が大きくなるまでには、必ず信長様の天下統一を成し遂げて、平和な世を作るからな」
父の声は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
「だからどうか、犠牲になった人たちのことを、覚えていてくれないか」
「はい」
「約束だぞ」
「はい、必ず」
鍋丸は大きくうなずいた。
そして幼心に、父の悲しみと苦しみをずっと忘れないでいようと決意したのだった。
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