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夕闇に消えた手紙
夕闇の迫る路地裏で、私は密かに手紙を捨てた。
朝顔に水をやるふりをして水溜まりを作り、その中にそっと手紙を浸す。
小さな封筒は水の中で、徐々にその形を失っていった。
水に溶ける紙に書かれた手紙なのだ。
『この手紙を読み終わったら、水の中に捨ててほしい。そうすれば手紙は溶けて、跡形もなく消えるから』
彼女は手紙の最後にそう書いていた。
だから私はこうして今、彼女からの最後の手紙を捨てている。
『さよなら』と書かれた一文さえも見なかったことにして。
夕焼けが消えて夜闇が来る頃、私は水たまりの前から立ち上がった。
手紙はもう、跡形もなく消え去った。
彼女の書いた『さよなら』を目にしたのは私だけだ。
私もきっと、数日後にはこのことを忘れるだろう。
他ならぬ彼女自身が、それを望んでいるのだから。
真っ暗になった路地を歩き、私は一人で家に帰る。
二人で家路についたあの日々はもう戻らない。
それでも私は泣いていない。
彼女は見知らぬ遠い街で、生きていると信じているからだ。
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